国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

在学生の研究内容 今中崇文 平成21年度 海外学生派遣事業研究成果レポート


今中崇文

海外学生派遣事業研究成果レポート

1. 事業実施の目的
国際学会での研究成果発表、博士論文研究のための調査活動

2. 実施場所
中華人民共和国雲南省・昆明市、陝西省西安市

3. 実施期日
平成21年7月26日(日)から8月20日(木)

4. 事業の概要
学会の内容PHOTO.2
 中国・雲南省昆明市の雲南大学で開催されたThe International Union of Anthropological and Ethnological Sciences (IUAES、通称ユニオン)に参加した。IUAESは人類学の国際組織としては最古のものであり、1948年の発足以来、5年に1回の本会議と、その間に開催される中間会議などの活動を主に行っている。今回参加したIUAES2009は、もともと昨年7月の開催が予定されていたが、1年間の延期により2009年7月27日から31日の5日間で開催される運びとなった。今回の会議は“Humanity, Development and Cultural Diversity”というテーマのもと、91カ国から3,600名が参加者し、日本からは報告者を含めて175名が出席した。
 7月27日の午前9時から行われた開会式の後、6名のkeynote speechがあり、28日から30日にかけては毎日5~6名の学者によるDistinguished Lecturesが開催されていた。各セッションは27日の午後から31日午後までの常時開催となっていた。大会ハンドブックによると60教室で200以上のセッションが行われるとのことであったが、延期の影響からか発表辞退が相次いだようで、プログラムに記載されておりながらも実施されていないセッションが数多く見られた。また、プログラムに開催時間が記載されていないセッションが多かったことから、参加の予定を立てることが非常に困難であった。報告者は自分の博士論文研究との関係から、主に都市人類学やイスラーム系少数民族・回族を対象としたセッションへの参加を考えていたが、当たりをつけていた都市人類学のセッションは発表者全員が辞退したため開催されておらず、残念な結果となってしまった。一方、回族を対象としたセッションにおいては、発表者の半分が辞退したことにより、残る2名が規定の時間を大幅に超えての発表を行うことが可能となり、思いもかけず充実した報告を聞くことができた。
 これら講演やセッション以外にも、学内の各所ではいくつかの興味深い展示が行われていた。大学内の人類学博物館で開催されていた「中国人類学民族学百年歴程」と題した展示では、19世紀末に中国へ伝わってからの人類学の成果を、豊富な写真資料を中心に提示されていた。また「国際人類学与民族学聨合会60周年回顧展(IUAES60周年回顧展)」と題された展示では、IUAESのこれまでの軌跡がまとめられていた。

調査の内容PHOTO.2
 上述のIUAES2009が閉会した翌日(8/1)、調査地である陝西省西安市へと向かい、20日間の調査活動を実施した。今回の調査においても、昨年1年間にわたって調査を実施した際と同じく、南郊外にある陝西師範大学に滞在しながら、市内中心部にある回族集住地域、そしてそこにあるモスクの1つである化覚巷清真大寺やインフォーマントの自宅を訪ねることにした。滞在先となった陝西師範大学では、かつての受入機関である西北歴史環境及び経済発展研究センターにおいて関連資料の収集を行った。
 今回は、IUAES2009で報告した西安の回族集住地域における観光開発について、昨年の調査では確認しきれなかった部分とその後の進展についての情報収集を目的として、インフォーマントへのインタビューを中心に調査を進めた。主なインフォーマントとして、昨年の長期調査で知り合うことのできた化覚巷清真大寺の宗教指導者と一般信徒、政府関係者(回族・漢族ともに)、在野の研究者(回族・漢族)といった方々への再インタビューを行うとともに、彼らに紹介を依頼して、これまで接触することのできなかった人々へのインタビューも実施した。在野の研究者へのインタビューを実施した際には、最近出版された関連文献についての情報も収集している。
 また、これまでと同様、金曜日には必ず化覚巷清真大寺を訪れて、午後に行われる集団礼拝の参与観察とともに、顔見知りの一般信徒の方々と交流しながら、ここ半年の変化について情報収集を行った。インタビューの予定が入っていない場合にもできるだけ化覚巷清真大寺に訪ね、日々の礼拝の参与観察と一般信徒の方々との交流に努めた。その途上には、回族集住地域内を歩き回り、昨年帰国してからの景観上の変化について確認を行った。
 今年は8月20日ごろからラマダーン月(断食月)に入るため、滞在期間中、化覚巷清真大寺や宗教職能者、一般信徒の自宅では関連するいくつかの儀礼が営まれていた。そのうち、8月7日の夜に化覚巷清真大寺で営まれた「拝拉提夜」、そして一般信徒(8/8)と宗教職能者の自宅(8/10)で営まれた「拝拉提」と呼ばれる儀礼に参加することができたため、参与観察とビデオカメラでの撮影を行った。さらには帰国間近になって、インフォーマントの1人である回族男性が病気で亡くなったことから、他のインフォーマントの勧めもあって、その葬式の一部始終についてビデオカメラでの撮影を実施した。
 

5. 学会発表について
発表題目:Tourism and Urban Renewal: In the Case of Xi'an “Muslim District
発表の概要
 報告者はIUAES2009の3日目(7/29)午前中に行われた“Tourism and Glocalization”というセッションで発表を行った。世界各地で観光目的の開発が行われている昨今、都市の開発計画においても観光的側面が重視されていることが指摘されており、中国においても、1978年の改革開放以来、中央政府の政策転換を受けて各地で観光開発が盛んに行われている。報告者がフィールドとしている中国西北部の都市・西安市でも、とくに都市中心部を対象として観光業の発展を主な目的とした大型プロジェクトが進行中である。今回の発表では、このような行政指導の、観光開発を主目的とした都市開発プロジェクトの中で、そこに住む少数派の文化的背景が異なる地元住民が、自らをどのように位置づけ、それらプロジェクトにどのように対処しているかについての報告を行った。具体的には、西安市の中心部に一大集住地域を形成しているイスラーム系少数民族、回族を対象としている。この集住地域は「回坊」や「回民街」と呼ばれ、公的に認められた地区ではないものの、西安市民の間ではよく知られている地域である。
 発表の内容は以下の通りである。
  1. 西安市は2003年に「皇城復興計画」という都市再開発プロジェクトを発動させた。このプロジェクトは、市の中心部に位置する城壁に囲まれた旧市街地の保護、開発を行い、観光業の更なる発展を目指すことを目的としている。そこでイメージされている古都の景観とは、西安市の歴史上最も栄えていたとされる唐の長安のものである。しかし、旧市街地内には唐代の建築物は現存しておらず、明代・清代のものばかりであることから、旧市街地においては明・清時代の古建築物を保護、再現することによって景観を統一することが図られている。
  2. 西安の回族集住地域の開発は1990年代後半から始まっているが、その対象とされた地域はきわめて限定された範囲であった。その理由としては、この地域には清代の官庁や商人の旧邸宅が多く現存しており、その保護の必要性が叫ばれたために、早くから注目が集まっていたことが考えられる。その後、2002年に制定された歴史的景観の保護を目的とした条例により道路の改修と建物の外観統一が進められ、市内他地域との景観上の区別がつきにくくなってきている。
  3. 景観の統一が進められている回族集住地域において、とくに目を引くものが「牌坊」と呼ばれるゲート状の建造物である。この地域内では同様の建造物が4つ存在しているが、それらの設置場所によって囲まれる地域は一般的に考えられる「回民街」の範囲と重なっている。これらの建造物はイスラームの行事の1つである「開斎節」を記念して、各地域の回族が個人、もしくはコミュニティを単位として、2000年ごろから建て始めたものである。最初の数年間はそれほど立派なものではなく、行事が終わるごとに撤去していたが、2005年からは行事が終わっても撤去されることなく常設されるようになった。それらの建造物の上部にはすべて「回坊」という文字が書かれている。
  4. 観光開発という目的のもと、西安市内の旧市街地の景観は徐々に統一されつつある。それは回族集住地域においても例外ではないが、自らが出資して「牌坊」を建造することにより、これまで公的には認められていなかった地域を具現化することが可能になった。そこには、行政の開発計画を唯々諾々と受け入れるだけでなく、その観光目的の開発という性格をうまく利用して、自らの生活空間を守っている回族の姿が見える。
 発表終了後、セッション全体の総括を行ったNelson Graburn氏からコメントをいただくことができた。また、セッション終了後、同じセッションで発表を行った方々と各自の研究との比較を通しての意見交換を行った。  

6. 本事業の実施によって得られた成果
 本事業を実施することによって得られた最大の成果は、学会発表をすることによって昨年の長期現地調査で得られたデータを系統的に整理分析し、その後の現地調査によってその不足部分を補足することができたことにある。
 今回の学会発表では2003年に発動された西安市の都市再開発プロジェクトを中心に分析を行ったが、現地調査中に実施した政府関係者へのインタビューによって、そのプロジェクトはすでに事実上撤回されたような状態にあり、現在はそれを継承・発展させた新たなプロジェクトのもとで再開発が進められていることが明らかになった。それに加えて、化覚巷清真大寺の宗教職能者及び一般信徒へのインタビューにより、過去にさかのぼって、開発が実施される以前の回族集住地域の景観の変化について確認した。
 また、昨年10月に帰国してから10ヶ月ほどの短い期間ではあるが、その間も回族集住地域においてはさらなる開発が進んでいることが観察された。そこでは、これまでのような景観の統一を目的とした商店の改修や道路の舗装だけでなく、一般住宅の改築工事も盛んに行われていることが確認された。化覚巷清真大寺の一般信徒へのインタビューから、一般住宅の改築工事は厳格化した建築物の高さ規制に対応するためのものであり、今年10月に迫った建国60周年を記念する国慶節に間に合わせるため、すべての工事がこれまで以上に急ピッチで進められていることが明らかとなっている。
 もともと調査計画には入れていなかったものの、インタビューの合間を縫って化覚巷清真大寺に足繁く通うことにより、期間中に行われたいくつかの儀礼の参与観察を実施する機会を得ることができた。とくに回族の葬礼は、これまで2度ほど撮影を実施しておりながらもすべての行程を確認できておらず、補充調査が必要な儀礼のひとつであった。今回インフォーマントの方々のご配慮により、これまで入ることのできなかった部屋への入室を許可されたため、故人に最後の別れをする場面など儀礼の細部まで映像におさめることができた。それら儀礼の詳細については宗教職能者を中心に確認を取っている。
 さらに、陝西師範大学での収集作業と在野の回族研究者へのインタビューを通じて、日本では入手不可能な、現地で出版された書籍と学術雑誌を収集している。
 なお今回の学会発表において報告した内容は、調査活動の成果をもとに修正を加え、今年度中に出版予定のSES(Senri Ethnological Studies)に論文として投稿する予定である。  

7. 本事業について
 往々にして資金的な問題がつきまとう海外での研究活動であるが、今回は本事業により海外での学会発表と現地調査を円滑に実施することができた。これらの研究活動の成果が、今後の研究の推進と博士論文の執筆に果たす役割はたいへんに大きい。今後ともこのような事業が継続して行われることを願っている。