国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

在学生の研究内容 林麗英 平成22年度 海外学生派遣事業研究成果レポート


林麗英

海外学生派遣事業研究成果レポート

1. 事業実施の目的
台湾東部のパイワン族村におけるアワの契約生産制度についての考察

2. 実施場所
台北市、台東市(県)

3. 実施期日
平成22年7月13日(木)から9月13日(月)

4. 事業の概要
  • 調査の背景
     筆者は、2008年より太麻里郷X村のパイワン族の人たちを対象に、行政院原住民族委員會や行政院勞工委員會が推し進めた政策とのもと実施されてきたアワ(イネ科)の復興栽培プロジェクトを注目してきた。なかでも特に、アワの商品化をめぐる従来の民族とキリスト教会との関係性の強化や、「原住民族」民族や宗教を超えて新たに再編しつつある共同体について考察した(表1)。
     X村で行ったアワの復興栽培プロジェクトは2009年12月をもって終了し、自立運営をする時期を迎えた。しかし、2009年8月3日に台風MORAKOT8号(莫拉克)が発生し、台東県太麻里渓流域の太麻里郷、金峰郷および大武郷の原住民の村は水・土砂災害に遭った。そのため、災害地域の村を主な対象とし、原住民の村のアワの生産活動につながる復興支援を進めることになった。その後、2010年1月よりY基金會取締役のS氏(男性40代)と執行長のL氏(男性30代)(二人ともX村出身のパイワン族)が、3年間の「台東原?災後重建計劃」のもと、アワの商品化を進めていくことになった。
  • 目的
     本調査の目的は、台湾原住民族のパイワン族の村落における土地の利用が、彼らの社会ならびに外部社会との関係において、どのようになっているかを明らかにすることである。具体的にはアワの契約生産制度に焦点をあて、村のアワに関する生産様式とその展開を考察する。
  • 調査地概況(図1)
     太麻里郷は、台湾の中央山脈大武山麓と太平洋にはさまれた、台東県の南端に位置する。面積は南北約35キロ、東西約6キロの細長い地形であり、総面積は96,6522平方メートル、耕地面積は5,613ヘクタールである。地勢は山がちで標高約300メートル~1,400メートルの山岳、丘陵地帯となっている。気候は他の地域に比べ、熱帯気候型である。年間の平均気温は24度-28度、5月から9月までの台風が多い。年間降水量の平均は2000mmである。交通は、南迴公路の台9号線(太麻里402.920k)と南迴線(南部の屏東県枋寮郷の枋寮駅から台東市の台東駅に至る台湾鉄路管理局の鉄道路線である)がある。本郷は9カ村を有し、総戸数4,464戸、人口12,339人であり、そのうち、主要調査地X村では、総戸数366戸、総人口は1117人、そのうち159人はパイワン族、181人アミ族(約30%)、残り777人は中国系漢人(約70%)が居住している。住民の信仰はキリスト教、道教、仏教などがある。
     X村のパイワン族の住民の経済活動として農業は主要な地位をしめており、シャカトウ(バンレイシ科)の生産がもっとも大きい。また、ショウガ科のキンマの葉(?葉)・キンマの花実(?花)に必要な労働生産にはパイワン族やアミ族の農事者が多く携わっている。一方で、パイワン族が従来から栽培してきたアワやモロコシ、イモ類などは、現在わずかな農家しか栽培しておらず、そのほとんどが自家消費用である。近海にて漁労と養殖がおこなわれており兼業的な漁労活動がみられる。
     金峰郷は山に囲まれ、東は太麻里山と金崙山に沿って太麻里郷と接している。西は中央山脈北大武山、南大武山などを挟まれ、西部の屏東県霧台郷、泰武郷、来義郷に接している。南は同県達仁郷に隣接しており、北は知本渓上流域を同県の卑南郷と隣接している。総面積は361,7943平方メートル(台東総面積の約10,8%を占めている)、耕地面積1,068.63ヘクタールである。全郷は山がちで丘が平坦地より多く、最高海抜約3,096メートル、最低150メートルである。太麻里渓下流域沿いの地域の気候は熱帯気候に属している。年間平均温度は24度-28度である。夏の雨量が多く、冬は乾季である。年間降水量は2000mmである。5月から9月までの台風が多い。本郷は5個の村を有し、総世代数833戸、総人口3361人のうち、パイワン族80%、他のルカイ族10%、プユマ、アミ族など2%、中国系漢人8%を占めている。主要調査地のJ村は総戸数397戸、総人口1,344人、郷公所の所在地、戸政事務所、派出所の所在地である。村人の宗教は、外来宗教のカトリック、キリスト教、循理會などであり、従来のシャーマニズムはわずかである。
     J村の住民の経済活動として農業は主要な地位を占めており、ショウガ、レモングラス、ヤシ、トウモロコシ(飼料用)、シャカトウなどの商品作物を生産したが、現在、洛神花(アオイ科)の生産がもっとも多いようである。伝統作物のアワやモロコシ、タイワンアカザ、イモ類、キマメなどはほとんど自家消費用である。一方、近年は外部から村のアワを定期的に購入する傾向がある。また、J村の女性農事者にとってもう1つの労働生産は、村近辺の菊の花畑、キンマの葉畑、シャカトウ畑の収穫作業で得られた収入である。
  • 調査対象
     本研究の調査対象は、おもにアワの契約生産制度にたずさわるX村とJ村に居住する原住民族であり、また、これに関連する公的機関、民間組織と当事者も含まれる。訪問先兼協力機関・施設の名称については、現地の中文名称に準じて下記の通りに記す。
     台北市 :行針院原住民族委員會、行針院農業委員會、國立政治大學/台東市・縣 :國立台東史前文化博物館、台東地區農業改良場豐里試驗所、金峰?公所、財團法人原?部落重建文教基金會、太麻里地區農會、拉勞蘭部落小米工藝坊
  • 生産グループの構成
     アワの生産グループはふたつの班に分けられ、ひとつは太麻里郷流域に近隣する太麻里郷と隣の金峰郷の班と、大武渓流域に接する大武郷の班である(以下は小米班とする)。小米班の栽培面積は10ヘクタールであり、他の契約農家の栽培面積は30ヘクタールに達するという。小米班のひとつ班は、2人で1組で4組8名、ふたつの班を合わせて合計16名の班員である。太麻里渓流域の班は8名のうちパイワン族6名(女性1名、男性5名)であり、ルカイ族2名(女性)である。年齢が最年長70代(女性)、最年少20代(女性)である。班長はルカイ族のO氏(50代)であり、彼は農作業の経験が豊富で、自宅でもアワ栽培を行っている(写真1)。こうした豊富な経験があったために、小米班の班長となったそうである。
     Y基金会がアワ栽培に取り組んでいる目的は、①被災地の人々に仕事、収入を与える②アワ栽培を通して被災地の土地を回復させる③災害復興のプロジェクトに若者も参与してもらう(O班長は8月8日水害の被災者の1人である。)
     アワの生産契約制度における契約種類は以下の2タイプである。
    1. 小米班員の契約:月給制、月に台湾ドル18,000元(日割りで1日800元/約2240円)、週休2日、保険つき(農民保険か労工保険)、手当なし、Y基金会が支払う。
    2. 生産農家の契約:一般農家が収穫した未脱穀の穂のみ1キロ40元/約110円(休耕3年後農薬使用しない場合、1キロ80元/約220円)でY基金会に売る。
  • 農地の状況
     もともとひとつの班に4組8名の体制が、さらにそれぞれ2組4名ずつに分けられる。4名ずつの組は0.5ヘクタールずつの農地(旱地が多い)を管理する。つまり、太麻里渓流域の栽培農地総面積は2ヘクタールである。アワの契約栽培に使われる土地は、基本的に農事者か農事者の親戚が所有する土地である。X村の栽培農地はY基金会の取締役S氏が所有地であり、3ヘクタールの土地が集中している利点がある。J村の農地は山間部に分散しているため、生産管理が面倒であるという。これらの農地の多くは旱地である。
  • 小米班と台東地区農業改良場(農改場)との関係
     アワ生産に関する整地、撥種、間引き、除草、収穫までの一連作業は小米班の役割であり、また、栽培に関する品種の選択、栽培と管理は基本的にO班長の指導のもとに進める。
     契約生産制度のもとで、台湾における有機農産物(土地とアワに無農薬の検定作業がある)の規定に基づき、生産管理を行う。こうした基準に従い、小米班は農改場により提供した有機肥料以外、ほかの農薬品を一切使用せず、すべて手作業で行う。また、農改場が2009年に育種したアワの新品種「台東8号」は、1単位面積での生産量が高く商品開発に適する特徴があるため、今回の生産プロジェクトに期待された。
  • 労働体制
    ふたつの小米班は、同じ時期にアワを播種せず2-3週間をずらして播種するという。これは農繁期に必要となる労働力を集中できるというのは、1 枚ずつの農地に除草や間引き、鳥をおいはらい、収穫作業を4組8人のローテーションをする。このような労働分配の体制は従来村でおこなわれていた労働交換に近いものであり、現地のパイワン族語はmalaijolaijoという。
  • 栽培方法
    2010年春先にアワを播種し、夏に収穫する。選択された品種には、農事者が持つ在地の品種と農改場の試験所で育種した「台東8号」である。種子の撒き方は、従来の撒播方法で行う。O班長によると、現在、村に残された12在地品種名のうち、パイワン族4種(ウルチ性1種、モチ性3種)、ルカイ族8種(ウルチ性Ⅰ種、モチ性7種)である。台東8号ははじめてJ村で試作した。これらの商品用に選ばれた在地品種には、すべてモチ性のアワであり、食感がよく酒づくりやモチ類食品に合う品種という。O班長によると、日常生活に頻繁に食用されない品種に対し、畑に混作することがある。
  • 台東8号の試作結果
    台東8号の試作結果によると、太麻里郷X村で収穫できたが、金峰郷J村ではうまく収穫できなかった。班長によると、生育期間中のアワは干ばつにあったし、J村の地質と気候の適応性も関係ある。また、台東8号の食感について、村人からはまちまちの評価が出ている。
  • 結果とまとめ
    今回調査した結果は、下記の通りである。
    1. 土地利用においては、これまでの焼畑生産様式ではなく常畑である。また、従来パイワン族の長子相続、ルカイ族の長男相続といった民族的特色は、現在の婚姻関係、核家族、親族関係、収入などの諸変化の影響で、必ずしもかつて人類学が提言してきた民族的特徴に当てはまるとは限らない。
    2. アワの基本的な栽培方法は、民俗的知識に基づいており、品種の選択や播種、間引き、収穫といった農作業となっている。また、村人の食生活・文化的習俗に好まれて定着したモチ性のアワは、商品化の対象となり、村の商品作物として新たな試みをおこなっている。
    3. 農繁期におこなった労働分配体制は、従来村でおこなったmalaijolaijoによく似ており、このプロジェクトの労働生産において重要な1つの要素である。
    4. 被災地の復興活動には、公的インフラを除いて、村人の生活生計がもっとも重視されている。アワの生産活動をきっかけに、ほかのタイワンアカザ(アカザ科)(写真2)、キマメ(マメ科)といった伝統作物も商品化の対象となりつつある。
J村O班長が栽培する多種のアワの在地品種 条撒型タイワンアカザ畑
写真1.J村O班長が栽培する多種のアワの在地品種 写真2. 有機農産物にむけて-条撒型タイワンアカザ畑
  • まとめ
     今年X村、J村で行ったアワ栽培は干ばつのため不作でありとくにJ村ではじめて試作した新品種台東8号もうまく育てられなかった。おなじく、2010年、金峰郷公所農業観光課が主導の「莫拉克(MORAKOT)災後重建區?業重建計畫-原?特色?業においては、農改場の指導のもとに、J村13軒の農家もアワの在来品種と台東8号を試作した。しかし、台東8号の収穫量は在来品種より低く、その理由は以下のようである。①播種したあとの生育期間中の雨量不足。②収穫期には連日雨で太麻里渓下流域の水位が上昇したため、農家が山間部の畑まで収穫にいけなかった。③台東8号は、風土に合わずうまく育てられず、半数の農家が収穫できなかった。つまり、不作の理由について前述にとりあげた小米班の試作結果と共通する。
     しかし、2009年8月8日の水害に遭ったJ村の農家の土地や家が流されたため、農業から月給制のパートタイムに切り替える農家も少なくなかった。こうした状況で金峰郷公所の農業観光課がJ村の民間自治体と連携し、災害後の復興政策を推し進めた。そのひとつは、村人にとって馴染みがあるアワの栽培である。本郷が推し進めたアワの復興栽培に関しては、最初の調査計画の段階では予定していなかったため、J村で行った有機農産物に関する基本データは、農業観光課の資料を参考した。
     また、金峰郷でおこなったアワの復興栽培と、本調査のアワの契約生産活動には、農改場の指導のもとに台東8号を試作、さらに有機農産物の生産を目指す共通点がある。従来、パイワン族、ルカイ族の村で慣行的に栽培してきた多様な伝統作物は、有機農産物という生産概念の導入をきっかけに、アワ、タイワンアカザ、キマメを商品化に転換させつつある。太麻里郷近郊にある豊里試験所のC研究員によると、アワを有機農産物として試作したのは、2008年からであり、台東県達仁郷、太麻里郷のいくつか村で行った。現在、有機農産物の対象はアワのみならず、タイワンアカザ、キマメも試作の対象となり、試験所で育種実験を行っている。ちなみに、本試験所は、台湾で唯一アワの品種改良を行う研究機関であるため、台東地区の原住民の村々で有機農産物を推進する場合はもっとも有利である。かつて、パイワン族、ルカイ族の生活儀礼に欠かせないアワ酒(vava、kapavawane)とモチ類食品avai,qavai,abai,chinavu特産品として開発されつつあり、調理・加工など、変化に富んでいる。
     以上、述べた村人の現金収入の変化や地方政府と研究機関と民間組織の横の連携、また、アワのモチ類食品、アワ酒を有機食品の開発の進展は、村の畑作農耕の新たな展開においてもっとも代表的な事例として挙げられる。

5. 本事業の実施によって得られた成果
 アワの生産プロジェクトに関わってきたそれぞれの組織のなかで、台東大学の農漁牧?品檢驗中心は多重農薬残留の分析と報告を行った。また、花蓮の東華大学の学生たちによるアワ栽培の体験実習や農改場による新品種台東8号の試作、行政院農業委員会による設備のサポートは、現地の人々と外部の人々との技術や情報交換の機会となった。また、X村にあるアワ商品の運営施設「小米工藝坊」(工坊)が製造しているアワの商品には、アワ酒(商品名:小米酒)をはじめ、真空パックの粒アワ、モチ性アワで作った食品avai,qavai,chinavu(商品名:小米粽か祈納?)(写真3)、粒アワを粉にして小麦粉と混ぜたクッキーとケーキ、小米酒の粕で漬けた味付けの焼き肉、小米酒の粕で作ったソーセージまた、タイワンアカザ、キマメもある(写真4)。さらに、2010年、台東市にある酒製造社と提携し、工坊の名前で小米酒を商品(伊娜麻樂法Ina・Maleva)として正式に売り出すようになった。 これまではX村のパイワン族出身のスタッフがアワの商品化を主導していたが、2010年から中央政府レベルの機関から民間の基金会に変わったことで、自立した生産事業の一組織となっていくことが想定される。しかし、工坊のLマネージャーによると、事務所の設備や商品開発にかかわる技術投資や品質管理、流通の拡大といった問題が発生しているため、上述したさまざまな機関や企業、研究者による情報や設備、そして技術などのサポートは今後の経営に欠かせないと考えられる。そのため、補助政策のプロジェクトが終了しても、現在の経営状況が自立することにはならないと言う。 つまり、アワの商品化プロジェクトについてまとめると、X村のような多元的な民族社会では、ほかのパイワン社会と比べると比較的特殊であり、アワの復興栽培を通じてさまざまな民族を超えた社会関係が築かれてきたことがわかる。
手作りのモチ類食品 キマメ
写真3 工坊で手作りのモチ類食品chinavu 写真4. 商品にする前選別されるキマメ
  • 研究成果について
     従来、原住民族社会において文化の核として強調されたアワの生産は、現在、村人の生活生計にかかわり、村の在地農業として見直されている。その影響は、タイワアカザやキマメなどもこの商品化の波にのるようになったことがわかった。さらに、外部の社会との接触によって、生産道具や生産技術も次第に変わりつつある。しかし、こうした形式的な変化のなかに、村人が持つ民俗的知識、労働分配の概念、自然資源の自己管理は決して新しい生産システムと入れ替わってはいない。したがって、X村、J村におけるアワをめぐる従来の農耕生産と消費パターンや利用法は、現在のアワの復興栽培プロジェクトとの密接に重なっている点を提示できると思われる。
  • 発売予定
     本研究調査の結果の一部は、2010年11月に台湾台北市にある国立台湾大学で開催された海外レクチャーでポスター発表した。ただ、本レクチャーの研究発表では、動物研究(自然科学)が多く人文学系の研究発表が一人だったので、意見交換をする機会がすくなかった。
組織図
表1 X村におけるアワ商品化にかかわる組織図
周辺の地図
図1 調査地所在地とその周辺の地図 (引用先:財團法人原?部落重建文教基金會)