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在学生の研究内容 玉山ともよ 平成21年度 海外学生派遣事業研究成果レポート 2


玉山ともよ

海外学生派遣事業研究成果レポート

1. 事業実施の目的
海外学会参加

2. 実施場所
ノルウェー オスロ市 オスロ大学

3. 実施期日
平成22年3月15日(月)から3月22日(祝)

4. 事業の概要
 今回参加した学会の名称は「第7回北欧現代日本社会研究会」と言い、毎年北欧のいずれかの国において、日本人の研究者を交えながら北欧の研究者を中心に、現代の日本社会全般について論じるものである。参加者は北欧以外にもポーランドなどの東欧、そして米国から、今年は計30名あまりの会議出席者があった。学会としては小規模であるが、日本の大学院で学んでいるキューバ人留学生も発表を行うなど、参加メンバーは国際色に富んでいる。また当学会において発表された内容も多岐に渡り、特に現代日本の政治・経済問題から、文学や映画といった文化的なものに関するもの、またはアニメやゲームといった最近の日本を代表的に表象するジャンルのもの等、多種のものが盛り込まれていた。そこで私は「現代日本の有機農業」について発表した。
 発表形式は、その場で発表するというものではなく、事前にメールを通じて各自が他の発表者の原稿を読み、議論だけをその場で行うというものであった。個々の発表全てにコメンテーターが付き、まず発表者が自分の書いたペーパーについて5分間コメントし、次にコメンテーターがそれぞれ5分間コメントし、その後フロアーの参加者に回して、質疑応答ならびにコメントをする時間が設けられ、合計30分間が各発表の持ち時間ということで進行が行われた。つまり学会発表に多い、その場で内容を発表するというものではなく、事前に精読を行い、少人数で議論に重点を置かれた発表構成となっていることに特徴がある。発表するペーパーについても、出版等の公の活字となって出される直前の、ほぼ完成に近い原稿の区分<セッション>と、内容についてはまだこれから検討する必要のあるという区分<ディスカッション>に分かれ、私は後者において発表を行った。
 そして発表と発表の合間にゲスト講演があり、第1日目が京都大学の中西寛教授による「民主党による政権交代が行われた後の現代政治情勢」について、第2日目は明治学院大学の四方田犬彦教授による「黒澤明映画」について講演が行われた。
 学会参加者は、発表者であると同時にコメンテーターとしての役割も与えられ、私の担当は「日本の1980年代90年代のNGO/NPOの発展について」というテーマのポーランド人研究者によるペーパーであった。80年代から90年代にかけての特定非営利活動推進法が1998年に制定される以前の状況において、環境・開発系NGO/NPOの活動が盛んになってきたことに関して論じていた。発表者が、小泉内閣発足後NPOの数が急速に増加したことについて、いわゆる民営化が大きく影響を与え日本の市民社会の成熟度が増したという論点のみしか記述していなかったので、私は90年代初頭のNGO/NPO発展要因の一つとして日本のODA批判のことが含まれていないこと、そして官業(パブリックセクター)のコストシェアだけが民営化後結果として優先され、市民社会の成熟度という点については疑問が残るという二点についてコメントを行った。
 全体として、2日間を通じ計18の発表における活発なディスカッションが行われた。
<参考:NAJS「北欧現代日本研究会」ウェブサイト: http://www.najs.jp/default.html

5. 学会発表について
 私自身の発表内容は、「現代日本の有機農業について」(英語タイトル:”Go Local” or “Shindofuji身土不二”: A Study of The Japanese Organic Agriculture)ということであった。本テーマは博士論文とは直接関係ないものの、発表者の実生活(有機農業専業農家)に基づいており、日々の暮らしがフィールドワークであるということもあり、あえて挑戦した。本発表は、食に関する文化人類学的研究の一つとして発表を試みた。特に地域性(locality)ということを、地産地消型農業の発展系である日本の有機農業の提携運動について、過去約30年の運動の歴史から現在の衰退傾向の特徴について有機JAS認証がもたらした影響、ならびに現在海外のCSA(Community Supported Agriculture)等との有機農業者同士の交流が高まっている現在の状況等を報告した。
 発表の元となるコンセプトは、日本のローカルな地産地消を考える時に、「身土不二」*と呼ばれる元々は仏教概念の広まりが元になっていることがあるという点であった。またその「身土不二」を「一物全体」といった考え方と共に具体的に採り入れているものとして、有機無農薬で栽培されたものを中心に使ったマクロビオティックあるいは正食と呼ばれる菜食料理法が、日本独自に発展したことを事例としてあげた。
 そして日本の第二次大戦後の有機農業は、「身土不二」を基とした地域内自給から発展して、産消提携という比較的近隣の農産物生産者と消費者が直接手を結び、仲買やマーケットを通さない流通方式とり成長したことについて言及した。すなわち各地域でできたものを地域で食べることを基本としながら、公害問題の出現で安全な食品を求める消費者に呼応して農産物を産地直送し、生産者と消費者の顔の見える関係の構築がなされた。逆に言えば、戦後日本の農業は、農薬と化学肥料の普及そして機械化が格段に進み、有機農業はもはや主流ではなくなり、食習慣の西洋化と共に食品の工業化が一層行なわれた中で、有機農産物が市場から占め出されたことによるものであった。よって消費者にとっては有機農産物が手に入れにくいものとなってしまったために、また同時に生産者にとっても形状等で規格外のものが多く生まれる有機農産物を出荷し現金化する手立てが、産消提携しかなかったという、両者のニーズが合致して生まれたという背景についてふれた。しかし、そうした約30年前の状況が、有機農産物を取り扱う店舗が増えたことと、提携運動に携わった生産者・消費者の双方が高齢化し、とりわけ有機JAS認証制度が実施された後で、より一層従来の産消提携運動が衰退していった点について論じた。
 時代の流れとして、人々の健康志向や食の安全を求めるということが、フードトレイサビリティーやフードマイレージ等を含んで、環境問題への関心の深まりと共に世界的に高まってきており、有機農業への関心も同時に大変高まっている。しかし、そのような状況の中においても、一方で有機農産物の流通は全農産物流通の約1%でしかなく、他方では農業に従事する人口の高齢化、地方の過疎化が進んできており、日本の場合は農業生産物の国内自給率が40%に満たないという状況があることを踏まえると、日本の有機農業の実態は日本農業とともに依然として厳しい将来があると考えられる。
 そのような新規就農者の減少が指摘される中、有機農業セクターにおいては、非農業者による農業志向・願望が高まっているということを、二つの事例を紹介し明らかにしようとした。一つは、WWOOOF(ウーフ)というオーストラリア・ニュージーランドで盛んに行われ、日本でも行われている取り組みについて論じることを通じて、もう一つは「半農半X」という半分農業・半分エックスという方法で生計を支えることや、天職と呼ばれるようなやりがいのある仕事を両方することを紹介・推進している事例などを通じて、有機農業に従事する人口の裾野を広げる活動を説明しようとした。
 発表の結論は、有機農業における産消提携運動が衰退していっている中においても、1.国内の食料自給率を少しでも上げ、2.過疎化の進む農村の活性化を促し、3.食の安全と安心を確保し、4.健康を増進し、5.田畑を存続することで自然環境を保全することに、最も効率よく貢献することができるのは、非農家を取り込んだローカルな有機農業の取り組みであるとした。そして適正規模における生産者と消費者の直接的なつながりが、農産物だけでない有機的なコミュニティーの再生を可能とさせるのではないかと論じた。さらに、日本の提携運動に元々アイデアを得て広がった海外のCSA農場の成功が、逆に日本の有機農業への良い刺激になり、互いにIFORM(国際有機農業連盟)やURGENCIといった国際的な連携にもつながっていっていることについて言及した。よって地元のものを食べることを推奨する有機農業における地域性は、すでにグローバルなものであり、その中で日本の「身土不二」をあらためて見つめなおし、世界に向けて発信していく意義・可能性があるのではないだろうかということが論点であった。
*「身土不二」=身体と土(環境)は不可分であるとし、その土地のものを食べることが健康につながるという考え
参考: 
・日本有機農業研究会:http://www.joaa.net/
・アイフォーム・ジャパン(IFORM Japan):http://www.ifoam-japan.net/
・ウージャンシー:URGENCI (An Urban - Rural Network: Generating new forms of Exchange between Citizens) : http://www.urgenci.net/index.php?lang=en(英語)
・WWOOF(Willing Workers On Organic Farms)ジャパン:http://www.wwoofjapan.com/main/
・半農半X研究所(塩見直紀):http://www.towanoe.jp/xseed/

6. 本事業の実施によって得られた成果
 本発表については、もっと入念な先行研究を行い、理論的枠組みをもっとしっかりさせる必要があるとのご指摘を受けた。博士論文以外の研究テーマであり、事前の研究・準備が全くできていなかったことに対し、弁解の余地はない。そしてどのような先行研究のもと、どのような学問的貢献がなされる可能性があるのかについてより深く検討し、いかに次につなげることができるのかということについて貴重なアドバイスを受けた。そして発表した短いペーパーの中では、多くの事例や議論について、それらを詳細に説明することに限界があること、また個別の概念・事例のいずれにおいても分析がまだ弱いということについてコメントをいただいた。いずれにおいても納得のいくコメントばかりであって、発表者としては真摯に受け止め、次のステップへつなげていくことができればと考えている。いずれにせよペーパーを発表直前に提出し、準備が不十分で大変申し訳なかったと反省している。しかしそれにもかかわらず、全体としてはペーパーを好意的に受け止めていただき、発展的なエンカレッジメントをいただけたことが大変有難かった。そして有意義なディスカッションとなったことは幸いであった。今後とも博士論文執筆終了後に、余力があれば是非取り組みたいテーマとして、研究の芽を残しておくことができればと考えている。
 加えて英語で発表するということは、日本語で取り組むのと違い大変良い勉強になった。今後の国際学会へ発表するチャンスがあれば、今回の経験を生かしたものにできればと希望する。
 
 私自身は1歳の娘を連れての参加であり、初めての北欧ということもあって大変緊張して学会に参加した。幸いオスロ大学の大学院生の人たちに、学会主催者の方のお計らいで、主に私が発表している間、託児をしていただくことができ、大変感謝している。子連れで行くと色々な方に声をかけてもらうことができ有難い反面、やはり子どものリズムと大人も行動のリズムが全く違うので、困難に感じることも少なくなかった。実際、学会開催中において何度も退出しなければならなかった。そのため聴くことのできたセッション・ディスカッションが大幅に減ってしまうこととなった。全プログラムを聴講することができなかったのは、残念であった。しかしこれも最初からわかっていたことでもあり、仕方のないことだと考えている。
 結果としては、(準備も含め)子連れで学会に参加することの困難さを実感し、連れて行く以外の選択肢がなかったため実行したのではあるが、今後の海外での学会発表を行うチャンスがもしあるとするならば、教訓としたいと思う。

7. 本事業について
 学生に海外での学会発表の機会(渡航費+宿泊代の補助)を与えてくださり、総研大にこのようなプログラムがあることについては大変感謝している。
 今回の発表の経緯は、元来「北欧現代日本研究会NAJS」が、平成21年度の「魅力ある大学院教育」イニシアティブ、総合日本文化研究実践教育プログラムの中の、研究科選定国際会議派遣事業において指定されていた国際会議であり、聴講が可能なのではないかと考えたことによる。本学の比較文化学の修了生が、今回参加した学会の中心メンバーとなっており、当学会に私は以前から関心があった。しかし実際参加しようと決めた際には、地域文化学・比較文化学の両専攻においては、ペーパーを発表することが参加ならびに渡航の条件とされていた。これは学生により大きな課題を与えるものである。重要国際会議あるいは学会と研究科が選定した場合は、本来発表が前提とはならなくても、参加・聴講する機会があるだけで、大変良い学問的刺激を学生に与えることができると想定されているものではないだろうか。ペーパー発表が旅費等の支給の要件となるのであれば、事前にそのことをプログラムにおいて、専攻によって事情が違うということを説明する必要があったのではいかと感じた。よって発表することを当初予定していなかった私は、急遽、現代日本のことに関して自分が発表できることについてペーパーを書くことにした。だが、「日本の有機農業」については従来よりあたためていた構想でもあり、本プログラムへの応募に至った次第である。
 また他に指摘したい点として、初めてノルウェーに滞在してわかったことは、大変物価が高く自費負担が増えたことである。規定の学生の宿泊費は上限が6千円と決まっており、世界中どこの地域に派遣されても変わらないとのことであるが、オスロでは1万円以下の宿泊先を探すことはとても難しく、この点について地域別に考慮していただけることをお願いしたい。海外学生派遣における学生の派遣先の経済事情は、各国によって著しく異なっている。実情に見合ったものに制度を改善していただくことができれば、より効果的な滞在(ひいては研究の質の向上)がより期待できるのではないかと考える。