国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

館長だより

館長だより
2016年06月09日

オーストラリア国立博物館長の訪問

 オーストラリア国立博物館長マシュー・トリンカ(Mathew Trinca)さんが、企画展「ワンロード:現代アボリジニ・アートの世界」の開幕式に出席するために6月9日に本館を訪れた。私は、トリンカ館長とは今年(2016年)の1月にキャンベラのオーストラリア国立博物館でお会いし、本館の企画展の展示についての説明を受け、同館に展示中の民博の企画展に出品するアボリジニ絵画を紹介された。
 トリンカ館長は、西オーストラリア生まれで、豪英の社会文化関係史の専門家であるが、ものの保存・展示・映像撮影など博物館学にも関心があり、西オーストラリア博物館で学芸員とマネージャーを務め、同地域のアボリジニの芸術運動を支援してきた。2003年からオーストラリア国立博物館の主任学芸員になり、2013年から館長に就任した。トリンカ館長は、大変気さくな方で、「オーストラリアで有名な民博がワンロード展の日本での最初の開催館になってくれた」と心から感謝していた。
 今回の企画展(6月9日~7月19日)のプロジェクトリーダーの大役を本館准教授の丹羽典生さんがになってくれた。作品の据え付けと演示はオーストラリア国立博物館の国際プログラム担当のサラ・オゾリンズ(Sarah Ozolins)さんら3名が実施した。美しい図録の監修は神戸大学国際文化学研究科教授の窪田幸子さんが行ってくれた。
 本企画展には、西オーストラリア州で活躍するアボリジニの60名余の芸術家たちが描いた色彩豊かな絵画34点が展示されている。その絵画の制作には、次のような社会文化的な背景がある。
 
 今からおよそ100年前、西オーストラリア砂漠の北に位置するキンバリー地域の牧場の牛を南の畜産市場へと運ぶために砂漠を縦断する1850キロメートルもの「キャニング牛追いルート」(The Canning Stock Route)がつくられ、52か所に井戸が掘られた。この砂漠の一筋の道は、1906年からその建設のために調査を行ったアルフレッド・キャニング(Alfred Canning)にちなんで名づけられた。この道路建設と井戸の掘削は、数万年前からその周辺の泉や水辺に住んできたアボリジニの人びとの土地とのつながりをもとの形に取り戻すことができないほど大きく変えてしまった。
 この牛追いルートの周辺には15のアボリジニの集団が暮らしていたが、泉などの水源は枯れ、白人と初めて接触し、牛追い人夫に徴用されるなど迫害され、大きな環境と社会の変化を体験した。そのために、多くのアボリジニは、キリスト教ミッション(missions)や町(towns)や居留地(settlements )などへの移住を余儀なくされた。
 離散したアボリジニの子孫たちは,1970年代から自らのドリーミングと親たちから聞いた歴史を絵に表現しはじめた。そして、集団ごとにアートセンターをつくってアクリル絵具で色彩豊かにカンバスに絵を描く芸術家が出現した。この芸術運動に注目した西オーストラリアの州都・パースで活動するNPO・FORMとオーストラリア国立博物館が、牛追いルート建設100周年を機に、2007年から2010年にかけて「キャニング牛追いルートプロジェクト」を企画した。この企画は、砂漠出身の芸術家たちが祖先の住んだ故郷へ里帰りし、聖なる土地と泉、神話上の7人姉妹やヘビ、迫害された場所など、現場に身をおいて親たちの声や語りや家族の歴史を絵に表すプロジェクトである。
 この企画には80名の芸術家が参加して127点の絵を創作した。オーストラリア国立博物館はこの絵を収集し、2010年に特別展「ワンロード―キャニング牛追いルート」を開催して22万人が観覧する成功を収めた。今回の企画展は、このコレクションから34点を借用したものである。
 アボリジニの絵の伝統は、民博のオセアニア展示場にある絵画のように、一定の様式のもとに同じ歴史の長さを、地味な色あいで描く画法である。それに対し、このワンロード展の絵画は、白人や入植者の語る歴史を正すだけでなく、ドリーミング時代から近現代の出来事まで、芸術家たちの経験した歴史や思い出されるイメージが鮮やかな色彩で「自由奔放」に描いている。これらの絵の特徴は、従来のオーストラリアの歴史観や世界観とは異なり、アボリジニ自身が人と土地とのつながりや過去から連なる現在と未来を表現している点にある。これらの作品は、アボリジニ絵画に新しい風を吹き込む「現代アート」で、そこに込められたアボリジニのメッセージを読み取る楽しみがある。
 
 今回の企画展は、駐日オーストラリア大使館の支援を受け、開幕式には、駐大阪オーストラリア総領事キャサリン・テイラー(Catherine Taylor)さん、駐日オーストラリア大使館参事官アレクサンドラ・シダル(Alexandra Siddall)さん、同広報文化部マネージャートク・ヒトミ(徳仁美)さんも参列した。この企画展は、民博開催のあと、香川県立ミュージアム、市原湖畔美術館、釧路市立美術館を巡回する。
 なお、オーストラリア国立博物館は、オーストラリア連邦結成100周年を記念して2001年に首都のキャンベラに創設された。巨大なアーチが入館者を迎え、オーストラリアの多くの民族の歴史が結び合わさった円形の建物、中庭にはアボリジニの砂絵が施されている、近代的でカラフルな博物館である。

2016年06月09日 10:57 | 全体 新着記事