国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

ストリートの精霊たち  2018年4月1日刊行

川瀬慈

エチオピア北部の都市ゴンダールのストリート。そこは人々の経済活動の母胎であると同時に、人が生き抜くために、したたかに自己を表現する劇場でもある。私は、このゴンダールのストリートを舞台に繰り広げられる芸能者たちと街の人々の濃密かつ豊かなやりとりを対象にした人類学的研究および、民族誌映画の制作を行ってきた。そのようななかこの4月、拙著『ストリートの精霊たち』が世界思想社から出版される。

本著は、現代アフリカの都市のストリートを生活の基盤とする人々の生きざま、夢、希望を、私と彼ら/彼女たちとの交流を軸に描く。主な対象となるのは、ゴンダールにおいて“精霊たち(コレウォチ)”と呼ばれるストリートに息づく人々、すなわち物乞いや物売り、音楽を職能とする人々である。本著のベースは、私が2001年以来継続してきたゴンダールでの人類学的なフィールドワークであるが、本著の語り口は必ずしも、実証主義的な論文や民族誌の形式をとらない。そのかわり、短編小説であったり、随筆であったり、複数の人物による対話など、様々な語り口を実験的に試みている。

折口信夫は、高安長者伝説をもとに創作、執筆した短編小説『身毒丸』(死者の書・身毒丸、1999、中央公論新社)の付言のなかで、伝説の研究を表現する方法として、小説の形式を使ったと述べている。「世界」を多層的にとらえ考えることを我々にうながすことが、文学の役割の一つだとしたら、それは人類学の営みとも呼応するだろう。論文の様式に依拠しない表現形式からこそ豊かにたちあがるアフリカの文化の動態。本著がめざす地平はそこにある。

川瀬慈(国立民族学博物館准教授)

 

◆関連写真

『ストリートの精霊たち』川瀬慈著、世界思想社、定価1,900円(税抜)、4月20日発売