国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

出会い、交流の場としての研究公演  2018年10月1日刊行

寺田吉孝

2014年7月にみんぱくで開催した研究公演「アリラン峠を越えていく―在日コリアン音楽の現在」は、観客と出演者の双方にとって貴重な体験となった。企画を担当した高正子(神戸大学)と私は、ある思いをもって演奏ジャンルや立場の異なる演奏家を招くことにした。語り芸パンソリの唱者である安聖民、シンガーソングライターの李政美、そして金剛山歌劇団(以下、歌劇団)の3組である。特に、歌劇団は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の援助で1955年に設立された老舗グループである。60年以上の歴史をもつこのアーティスト集団は、才能ある在日コリアンの中高生を毎年夏休み期間中に平壌の音楽舞踊大学で学ばせる「通信教育」とよばれる制度を運用することで、高い芸術レベルを維持してきた。

 

在日コリアン社会は朝鮮半島の政治的な対立関係を反映する形で分断されているため、歌劇団が安聖民や李政美と一緒に舞台に立つことはそれまでなかった。これは演奏者の政治的心情とは無関係だが、同一のイベントに双方が招かれることは実質上ないので、お互いの存在を知ってはいても、音楽上の交流がなかったのだ。企画当初から、コミュニティ内にある壁を少しでも越えるために、双方から演奏者を招き共演を実現することを公演の目的としていた。ここで重要なのは、歌劇団の参加を可能にした理由の一つが、会場が政治的に中立な公的博物館であったことである。

 

公演当日、演奏者たちは未経験の共演に緊張していたが、リハーサルと公演を通して打ち解けあい、打ち上げでは将来の共演の可能性を語るまでになっていた。公演を振り返って、安聖民は、「『私達はやっぱり同胞』などと言う必要はない。感じてそれを持ち帰ればいい」と述べ、出会うことの大切さを語ってくれた。たった一度の共演を過大評価するのは慎まねばならないが、通常では接点のない演奏家たちが一緒に創りあげた素晴らしい演奏に触れ、観客もまた希望を感じたのではないだろうか。

 

研究公演で始まった演奏家たちの交流は、今でも続いている。2017年11月には、安聖民と李政美がジョイント公演を東京で開き、そこに歌劇団の宋明花が飛び入りで参加した。みんぱくで初めて共演した3人の歌姫が、再び舞台をともにしたのである。研究公演が契機となった人々の出会いと交流、またその意義や背景をより広く共有するために、高正子と私はドキュメンタリー映像番組「アリラン峠を越えていく―在日コリアンの音楽」を制作した。すでに館内で公開されており、館外でも複数の上映会を計画中である。また、海外でも上映できるように英語、韓国語字幕版を現在編集中である。上映会の情報はみんぱくHPなどでも随時提供されるので、是非多くの人々に観ていただき、感想をお寄せいただきたい。

 

寺田吉孝(国立民族学博物館教授)

 

◆関連写真

みんぱく研究公演で共演する安聖民、李政美、金剛山歌劇団(2014年7月)


 

安聖民


 

李政美


 

宋明花


 

◆関連ウェブサイト
みんぱく公開講演会 [2018年11月2日(金)開催]
「音楽から考える共生社会」
研究公演 [2014年7月20日(日)開催]
「アリラン峠を越えていく―在日コリアン音楽の今」(開催時のサイト)