国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

二つの通貨の間で〜キューバ〜  2019年6月1日刊行

鈴木紀

今年の3月、カリブ海の社会主義国キューバを36年ぶりに訪問した。首都ハバナの博物館の展示資料を見学するためだ。以前の訪問は1983年。まだ冷戦のさ中で、外国人の受け入れは限定的だった。それと比べれば今のハバナは別世界だ。クルーズ船がつぎつぎに到着し、船からは千人単位で観光客が街に繰り出してくる。両替屋では外貨をクックという外国人用の通貨と交換してくれる。しかしキューバにはペソという通貨もある。二つの通貨の間でキューバではなにが生じているのだろうか。

 

私は1万円を89クックに交換した。1クックは約112円だ。観光客用のレストランで食事をすると料理と飲み物で10クック以上かかる。ある日、博物館の見学を終え、外にでるともう午後2時近く。どこかでランチをと思って歩いていると、「魚」とかいた看板が見えた。魚定食の値段は30。ずいぶん高いと思ったが、これはペソの料金だった。1クックは25ペソなので、この値段はわずか1.2クック(約135円)だ。味はまずまず。私にとっては格安のランチになった。店では地元の工員風の人たちがサンドイッチをほうばっていた。代金をクックで支払うと、お釣りはペソで戻ってきた。

 

クック経済とペソ経済では、明らかに物価水準が違う。この差は、物価を安定させつつ観光産業から外貨を獲得しようとするキューバ政府の戦略の結果である。観光客に接するキューバの庶民は、この差をどう見ているのだろうか。

 

ハバナの博物館を2カ所まわり、どちらでも同じ経験をした。入館料を払って見学をはじめると、案内役が付き添い、展示内容をきちんと説明してくれるのだ。そしてその後、チップを求められた。申し訳程度と思って1クック札を渡したが、それはよく考えれば25ペソであり、庶民の店にいけば一回分の食事代くらいにはなるのだ。

 

これは、国家に管理された二重通貨制度から、少しでも利益を引き出そうとするキューバ庶民の知恵といえるかもしれない。

 

鈴木紀(国立民族学博物館教授)

 

◆関連写真

ハバナ港を出港するクルーズ船(撮影:鈴木紀)


 

「魚」レストランの看板(撮影:鈴木紀)


 

魚定食(撮影:鈴木紀)