国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

油の香り ~中国~  2020年4月1日刊行

奈良雅史

「油っこいから要らないよ」
わたしが好きな中国の食べ物に油香(ヨウシャン)と呼ばれるものがある。ある時、油香をたくさんもらったので、友人にあげようとしたところ断られた。油香は主に回族と呼ばれるイスラーム系少数民族のあいだで食される揚げパンのようなものだ。油香は宗教儀礼や冠婚葬祭の際に配られるハレの食べ物であると同時に、日常的なお菓子でもある。それがどうも最近はあまり人気がないようだ。

 

油香は小麦粉を練って薄くのばし、それを油で揚げたものである。わたしが調査している雲南省では砂糖を加えた甘いものが食べられている。揚げたてもサクッとした食感で美味しいが、一般的に冷めたものが食される。冷めた油香もしっとりとして味わい深い。甘さも控えめだ。ただ、確かに油っこいといえば油っこい。

 

イスラーム法で飲酒が禁じられていることもあり、回族のあいだでは嗜好品として甘いものが好まれる。そのため、回族が多く暮らす地区に行くと、必ずといって良いほど、お菓子屋がある。ハラールといえば、豚肉やアルコールを使用しないといったようなイスラーム法に則ったレストランなどをイメージする方が多いかもしれない。実際、中国でもハラール(中国語では清真)を冠する場所としてはレストランが多いのだが、お菓子屋もそれに次ぐくらいに多い。

 

最近流行りのお菓子屋は、クッキーやケーキ、タルトなどの洋菓子的なハラール・スイーツを扱う店だ。今では手土産としてもこうしたハラールの洋菓子が好まれている。また近年、中国では健康志向が高まり、油っこい食べ物が避けられる傾向にある。冒頭の出来事は、こうした回族のあいだでの食嗜好の変化の一端を示唆するものだといえるだろう。

 

ただし、儀礼の場で配られるのは今も油香だ。その意味で、ほんのり甘くて少し油っこい素朴な味は、食嗜好が変化するなかでハレの食べ物としての油香の性格をいっそう強めているのかもしれない。

 

奈良雅史(国立民族学博物館准教授)

 

◆関連写真

油香屋(2011年、筆者撮影)


 

結婚式の食事に出された油香(2010年、筆者撮影)