国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

民族学者の仕事場:Vol.4 近藤雅樹―モノがもつ魂

[10/16]
モノがもつ魂
近藤 調べはじめてわかったことは、かみさんが生まれた姫路あたりでは、それがあたりまえで、結婚するときは「絶対に父親の紋ではいかない。母親の紋でいくという。受け入れる側も、それを当然として迎える。だから、冠婚葬祭の場で夫妻の着物の紋がそろわない。関東では、嫁ぎ先の家紋を問い合わせてから嫁入り道具を用意しますから、夫婦の紋がそろう。紋をそろえるのが、嫁ぎ先の人間になるという意思表示なんですよ。
─ ふん、ふん。
近藤 その後、成城大学の教授だった平山敏治郎さんの『民俗学の窓』(学生社 1981年)を読んで、上方の女性たちのあいだにも同じ習慣があることを知って、調査範囲をひろげました。すると、瀬戸内海周辺地域からも出てきました。いろんなバリエーションがあることもわかりました。
娘に伝えていく「おんな紋」の習慣がきわだっていたのは、京阪地方と播磨地方、岡山県から広島県にかけてです。で、祖母が岡山県備前市の人だったというお嬢さんが「女三界に家なし、と言われるけれども、女の人の魂は、母方をじゅんぐりにたどっていって、母方の先祖のもとに帰っていく。そのためにおんな紋が必要なんだと聞いて育ちました」と教えてくれたときに「そうか! これなんだ」と思った。
─ でも、どこまでたどれるのか・・・。
近藤 よくわかっている人で五代前くらい。そのへんで止まるんですが、じつは、その止まったところが、たいてい、発生源だったんですよね。
─ 五代前といったら、江戸時代になりますね。
近藤 はい、かみさんの「おんな紋」も、追跡してみたら姫路藩の大庄屋だった某家にたどり着きました。江戸時代になって、武家から足を洗って帰農した有力者の一族が、その後は大庄屋みたいになって続いた。山中鹿之助が先祖だと言う鴻池氏のように、町民になった者もいますけどね。そうした人たちが、もとの家柄を誇るために紋章にこだわっていたんですよ。世が世なら大名のお姫様。そういう感覚なんですね。
そういう家だと、嫁入り支度は、当然、派手になりますよね。そして「おんな紋」をつけて持参した嫁入り道具は、嫁ぎ先の財産にはならないというのが、またふるっている。大坂の船場では、とくにこれがはっきりしていて、店がつぶれて家財道具を売り払っても、お嫁さんの嫁入り道具には、決して手をつけない。「そんなやつは男の風上におけない」っていう風潮があったそうです。それに、離縁されたら全部実家にもって帰る。
─ 「おんな紋」は、いってみれば、家の格をあらわすという感じだったわけですね。
近藤 そうですね。でも、じつは、着物などに「おんな紋」をつける習慣は、昭和20年代から急速にひろまるんです。「娘にはもたせてやった」という例がたくさんでてきたんですよね、アンケートをとってみると。だれもが、経済的に豊かになったからです。で、それまで自分の「おんな紋」をもっていなかった人たちは、たいてい「五三の桐」を着けるようになります。呉服屋さんにすすめられてそうするんです。近ごろは「おんな紋ゆうたら、五三の桐や」って答える人が多くなりました。本来はそうじゃなかったんですけどね。
もともと、女性の着物には、紋は着いていなかった。自分で糸を紡いで縫いあげる着物が女性の財産だとされていたころには、喪服など立派な晴れ着をつくることは、男が家を建てるのと同じくらい価値があった。そういう意味の財産だった着物は、文字通り人が着るものだし、つくった人のおもかげが残るので魂がこもっているように思えてくる。「形見分け」で、なくなった女性のもっていた一番上等の着物が、一番近い身内の女性に与えられるのは、そういう意味があるからですね。
─ モノには、魂だとか、象徴的なものがいっぱい入っているということの好例ですね。とくに着る物は大事。
近藤 着物以外だと、鏡台です。鏡掛けにも紋を入れるんですね。「姿見」ですから、これも魂がこもっていると感じられる。ちなみに、一番先に嫁ぎ先に運び入れる嫁入り道具は鏡台だったんです。
─ そうなんですか。鏡掛けは必ずありますよね。ずっと見えっぱなしでは困る。
近藤 そう。「鏡を休める」といって、手鏡だったら蓋をし、鏡台であれば掛け布をしますが、それらにも「おんな紋」を入れる。

 
【目次】
千里ニュータウンと地域の農具美大でおぼえた民具の図解神聖視される酒造の道具描いているうちに、絵よりモノのほうがおもしろくなったイラストレーター時代民具の最初の現地調査栴檀は双葉より芳し民具とはなにか?空き缶も民具になる母から娘へ伝えられる「おんな紋」モノがもつ魂博物館で展示企画にあたる「人魚のミイラ」――標本資料の真贋少女たちの霊的体験の研究「人はなぜおまじないが好き」海外の日本民具を調査近代日本のへんな発明 ─『ぐうたらテクノロジー』*(参考資料)さまざまな画法*