国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

陸を越え海を渡ったモノ(7) ─イオニア海の金柑(きんかん)─

異文化を学ぶ


イオニア海に浮かぶケルキラ島(ギリシャ)。狭い海峡と対岸はアルバニアとの国境だ。のっぺりした山肌は木々に覆われ、海岸には砂浜も道もない。貨物船や漁船が通る海峡の中央に、突然、激しくわきたつ潮目が現れた。2月末だったが、地中海の明るい日差しを浴びた波頭は、ひときわ白く見えた。

夏季にはビーチリゾートでにぎわう景勝地も、さすがにこの時期、市内のホテルは一斉休業中。1軒だけ、郊外の貸別荘が見つかった。2階建て10戸ほどの集合住宅だった。周囲には、店など何もない。

管理人がワゴン車で我々を近くの村のカフェに案内してくれた。クッキーを添えたコーヒーしかない。それが朝食になった。それからパン屋に寄って水などを買った。酒類もある。ラベルに金柑を描いた瓶があった。持参したガイドブックにもKoum-Kouatと紹介されていた金柑酒で、この島の特産品だ。「これ何?」と聞くと「クンクァ」の一言。約 100年前に日本から持ち帰った者がい たのだという。グレゴリオス・マノスだろうかと思った。アジア博物館に有田焼の優品など日本の美術工芸品約8000点を寄付した貿易商である。

村内を散策してみると、生け垣にしている家もあった。我々は、彼のコレクション調査が目的で来島したことを忘れて、しばし、金柑の芳香を満喫した。

国立民族学博物館 近藤雅樹
毎日新聞夕刊(2008年9月17日)に掲載