国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

伝統と電灯

(7)ポンプの功罪  2012年4月19日刊行
三尾稔(国立民族学博物館准教授)

ポンプは豊かさのシンボル?=筆者撮影

インドの農村部では電気は今も希少な資源である。所有する電気製品は裸電球一つだけという家も珍しくない。夕方電球が灯(とも)るとき、家族がそっと手を合わせ、電気に感謝する姿には今も心打たれる。

そういう農村で灌漑(かんがい)に電動ポンプを使うことは、まさに夢のようなことだった。乾燥地域の農業生産は、雨期は雨水、乾期は井戸からくみ上げる地下水が頼りだ。井戸水のくみ上げは、雄牛を使うのが伝統的な方法である。2頭立ての雄牛に大きな釣瓶(つるべ)をくくりつけ、井戸口から緩やかにつけられた坂道を歩かせる。すると徐々に持ち上げられた釣瓶の水が井戸脇の側溝にあけられる。雄牛はゆっくりバックして釣瓶はまた水底へ。こののんびりした方法では日がな一日雄牛を使っても灌漑できる範囲は限られる。

電動ポンプはこの手間を省き、灌漑可能範囲を一気に広げる。ポンプを設けられる農家はもともと豊かだが、ポンプの有無で貧富の格差はさらに広がる。経済成長に伴い、ポンプを設置する農家が増えてきているのも事実だ。

だが、電動ポンプの増加は、地下水位の低下を引き起こしている。電気はありがたいが、環境バランスを壊しかねない。農民たちの抱える悩みは深刻なままである。

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