国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

音の響き

(6)聖なる楽器  2013年8月1日刊行
福岡正太(国立民族学博物館准教授)

ゴン・スカティの演奏=インドネシア・チルボンにて福岡正太撮影

イスラム暦第3月12日は、預言者ムハンマド生誕の日だ。インドネシア、西ジャワ北海岸の町チルボンにあるカノマン王宮では、この日までの5日間、ゴン・スカティとよばれる聖なる楽器を演奏する。演奏は1日7回、それぞれ1時間10分ほど続く。毎日8時間以上演奏し続けなければならないので、結構な重労働だ。

1989年、私はゴン・スカティの演奏を初めて聴いた。ぜひビデオに収めたいと思い、事前に許可を願い出たが許されなかった。聖なる楽器の音はムハンマドの生誕祭以外に響かせてはならないというのがその理由だった。

19年後、私は再びゴン・スカティを聴く機会を得た。王も代わり、演奏者にもほとんど知った顔はなくなっていた。「駄目で元々」と思いビデオで撮影する許可を願い出たところ、今度はあっさりと許されてしまった。

演奏が始まってみると、集まった人々は手にビデオカメラや携帯電話を持って、思い思いに撮影をしていた。なるほど、これでは撮影を禁止する方が難しいだろう。かつては、「録音しようとしたが、音が入っていなかった」という話もよく聞いた。しかし、日進月歩の現代のテクノロジーは、聖なる楽器の力をもしのごうとしているのかもしれない。

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