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(2)大理のペー族と回族  2014年4月17日刊行
横山廣子(国立民族学博物館准教授)

回族の新郎とペー族の新婦=中国雲南省大理で2012年1月、筆者撮影

中国雲南省大理盆地の農村は、その9割以上が少数民族、ペー族の村だが、回族の村も若干ある。私が調査するペー族の村の南隣りにも、回族の村がある。村境の田畑で作業をしていれば、礼拝時刻を知らせる呼びかけの声、アザーンが聞こえてくる。

大理の回族は、13世紀の半ば、色目系の人々を含むモンゴル軍が、大理盆地を中心に中国西南部に栄えた大理国を征服し、その後、駐留したことに由来する。回族は、一般的には中国語を母語とする中国のイスラム教徒だが、大理盆地内でペー族の村に隣接する回族は、日々、ペー語で生活する。

大理では「ローヨウ(老友)」という擬制的親族関係を結ぶ慣習がある。ほぼ同年齢の者同士がローヨウの契りを結び、以後、家族間で親戚のように交流する。回族もローヨウを結ぶが、その相手は大半がぺー族である。豚肉をはじめとして食生活に禁忌がある回族のローヨウ家族をもてなすため、ぺー族が特別の鍋と料理、食器を用意したこともあるという。

ある回族の老人の祖母は、19世紀後半、清朝に反抗した回族の政権が倒され、回族が虐殺された際、ぺー族のローヨウの家に逃げて助けられた。大理の人びとは、日々の生活の中で、互いを尊重し、柔軟に共に生きるすべを磨いてきたようだ。

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