国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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生き物

(5)牛とともに  2014年7月3日刊行
朝倉敏夫(国立民族学博物館教授)

かつてはどの農家にもあった牛小屋=韓国・都草島で1990年11月、筆者撮影

1980年代、韓国の農村で調査をしていた頃、どの家でも牛を飼っていた。夏になると牛小屋のハエがすべて、寝ている部屋の壁にとまり、白い壁が黒く見えるほどだった。おまけに天井裏ではネズミが運動会をしており、最初はなかなか寝つくことができなかった。

韓国には「牛のように稼いでネズミのように食べろ(苦労して金を稼ぎそれを節約して使え)」という諺(ことわざ)がある。牛は農作業にとって欠かせないものであり、ネズミもそのおこぼれを食べて、人間とともに暮らしていた。

昨年の冬、ひさしぶりに調査地であった韓国農村の崔さんの家を訪れた。いまや農作業はすべて機械化され、牛はいない。かつては便所が家から離れたところにあったのだが、家が改装され、風呂場と便所が家の中に設けられている。ベッドに横たわり、静かな部屋で賑(にぎ)やかだった30年前を想(おも)った。

当時は7人家族であった崔さんの家も、今はおじいさん、おばあさんが亡くなり、子ども3人もソウルに住んでおり、夫婦2人暮らしである。ムラの人口も、85世帯、400人であったのが、42世帯、80人になってしまった。牛もネズミもいなくなったこのムラは、ほとんどが老人の単身世帯になっている。

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