国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

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異文化を生きる

(2)行動様式の違い  2020年11月14日刊行

飯泉菜穂子(国立民族学博物館特任教授)


所属企業の社内研修会で手話通訳する筆者(右)=1990年、研修会主催部門担当者による記録写真から

手話で会話する時は、まず、相手と視線を合わせること(アイキャッチ)が必須だ。手話話者(ろう者)にとって視線を合わせる/集めることこそが「これから会話/情報提供を始めます」という合図になる。視線を「合わせない」「外す」ことは「私はあなたと会話する気持ちがありません」ともとられかねない。

会話対象を明示する時には「指さし」がためらいなく使われる。「触れること」もそれほど禁忌扱いされない。軽く相手の肩や腕をたたいてアイキャッチを促すことは失礼に当たらないし、年齢や性別にかかわらずいわゆる「ハグ」にも抵抗がない人が少なくない。

太っている(太った)/痩せている(痩せた)、老けた/容貌が変わったといった視覚的特徴やその変化は聴者文化では明言を避ける傾向が強いが、手話話者の間では指摘(言語化)が許容されやすい。また、イエス・ノーがはっきりしていて文脈に依存しないコミュニケーションを好む傾向がある。

ただし、これらはあくまでも「日本の聴者文化と比較した時に」ということであり、許容の程度には個人の判断や差があるのが手話学習者にとって難しいところだ。通訳者にとっては、このような文化の違いをどう翻訳するかが、悩ましくも腕の見せ所ということになろう。

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