国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

旅・いろいろ地球人

モンゴル草原奇譚

(4)大シャーマンの最期  2021年1月30日刊行

島村一平(国立民族学博物館准教授)


尼僧らと語らうツェレン・ザイラン(右)=モンゴル国ドルノド県バヤンオール郡で2000年10月、筆者撮影

モンゴルでシャーマニズムに少しでも興味のある者ならばツェレン・ザイランの名を知らぬ者はいないであろう。ドルノド県の草原で数多くの弟子を育てたブリヤート人の大シャーマンである。ザイランとはブリヤート人たちの間では最高位のシャーマンを指す。

巨大な体軀に鋭い眼光。初めて会ったとき、彼は70歳を過ぎていた。しかし巨大な体を揺らしながらシャーマン・ドラムを打ち鳴らし踊り跳ねる姿は圧倒的だった。海外の研究者たちの間でも有名で、招かれてヨーロッパ諸国やロシア、韓国など多くの国を訪ねた。

その彼が亡くなった。私が訃報に接したのは2006年春のこと。パリで学術会議に参加していた時、モンゴル人の学者から思いがけず伝えられた。実はその年の前の夏、私はモンゴルでザイランに会っている。3年ぶりの訪問にザイランはいつになく柔和な表情で出迎えてくれた。昔話に花を咲かせた後、「そろそろ帰ります。また来ますね」と別れを告げようとした私に彼は言った。「もうお前に会うことはないだろう。俺はこの冬を越すことはない。仏のところに行く。」驚いたが彼は真顔だった。

遊牧民が暮らすモンゴルの大草原は「無医村」だといってよい。その環境が人をして死期を悟らしめるのか。それともシャーマンだからか。いずれにせよ彼は言葉通りに逝ったのだった。

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