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喪帽と若き官僚の悲しみ

1929年に蔚山(ウルサン)で収集された喪服と帽子は、現在の韓国の葬儀では見ることのできない、かつての喪礼に用いられた貴重な服飾資料です。同時に、それは日本植民地期の朝鮮社会を生きた個人の記憶を伝える大切な遺物でもあります。とりわけ「李太王ノ喪中ニ用フ」と記された白笠(ベクリプ)は、朝鮮高宗(李太王)の崩御に際して国喪で用いられた官帽であり、一人の官僚の人生と重なることで、歴史的な重みを感じさせます。

この資料を収集したのは、蔚山出身の姜鋌澤(カンチョンテク)でした。彼は結婚式の礼服や喪服、農具、楽器など幅広く生活用品を集め、民俗資料の保存に尽力しました。韓国に帰国後、彼は農林部次官として農地改革を推進するなど優れた才能を発揮しましたが、朝鮮戦争中に北朝鮮に拉致され、消息を絶ったと伝えられています。

2024年のある日、姜鋌澤の曾孫が国立民族学博物館を訪れ、収蔵庫でこの喪服一式を確認しました。その中には一般的な喪中用の帽子(H0015144)のほかに、それとは明らかに異なるもの(H0015147)が含まれていました。これは、庶民の葬礼において喪主が頭に着用する麻製の頭布(幅巾)とは異なり、官僚や士人層が国喪の際にのみ着用した「白笠」でした。曾孫はこの帽子を見て、家族に伝わる話を語ってくれました。それは、姜鋌澤の叔父にあたる人物が朝鮮王朝最後の国王、高宗の崩御(1919年1月21日)後に官職を退き、国を失ったにも等しい悲しみを抱えて酒に溺れ短命に終わったというものでした。彼は話に聞いていたものを実際に初めて目にして胸がいっぱいになったと述べ、その姿に私も深く心を動かされました。

この白笠は単なる服飾資料にとどまらず、国喪の実際と一人の官僚の悲しみ、そして近代の激動期に一知識人が民具を収集した熱意が重なり合う証です。死を悼む品々がとりわけ強い意味を宿すように、この白笠もまた、一時代の痛みと記憶を静かに物語っています。

諸昭喜(国立民族学博物館准教授)

関連ウェブサイト

日本民族学協会附属民族学博物館(保谷民博)人物/資料データベース



関連写真

姜鋌澤による収集品に関する写真資料を
研究者たちと曾孫(写真左から2番目)が検討している。
(全京秀、神奈川大学日本常民文化研究所、2024)