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峠を越えて壁画と出会う

2026年4月6日刊行
末森薫(国立民族学博物館准教授)

2022年9月の半ば、カルドゥン・ラの峠には季節外れの雪が降っていた。この峠は、インド北部ラダック地方の中心都市レーと、その北部にあるヌブラ渓谷を結ぶ重要な通行路である。海抜5359メートルあり、かつては車が通ることができる最も高い峠とも称されていた(実際にはもう少し高い所がある)。
峠の道は車がすれ違うのがやっとの幅であり、雪道に備えていない車はあちこちで滑っては止まり、大渋滞が起きていた。一つ間違えば急斜面に落ちてしまう道を、隊列をなすヤクのキャラバンのように進んだ。

我々がこの峠を越える旅に出た目的は、20年にヌブラ渓谷で発見された壁画と対面することであった。その壁画は、ヌブラ川沿いにあるエンサ寺の近くで起きた小火により、藪(やぶ)の中から偶然発見された仏塔の中にあった。仏塔入り口正面の壁面には1体の仏と2体の菩薩(ぼさつ)、向かって右側の壁面には菩薩や人物の頭部などが描かれていた。

ラダックは、9世紀以降に衰退していた仏教の復興に貢献した経典の翻訳官リンチェン・サンポ(958~1055年)が寺院を建てた場所として知られる。リンチェン・サンポが取り入れたカシミール様式の壁画は、今でも訪れる人を魅了し続けている。エンサ寺で発見された壁画は、ラダックに残るそれらとは一線を画すものであった。

色彩は中央アジアに残る仏教壁画に近く、またインドに由来する表現が見られる。発見者らが行った炭素年代測定では8~9世紀にさかのぼるという結果が出た。この年代はラダックに残る仏教壁画の中で最も古く、ラダックにおける仏教の伝播(でんぱ)や展開を明らかにする上でも極めて重要な発見となった。

ヌブラ渓谷・エンサ寺で発見された壁画=インド・ラダックで2022年、
筆者撮影

エンサ寺に到着した我々は、本堂を参拝し、仲良くなった僧と昼食を共にした後、目的の仏塔を探して寺の周囲を散策した。エンサ寺には数えきれない仏塔が乱立しているが、壁画は予想外の場所にあった。石積みに泥を塗った窯のような箱型の空間に安置され、その上にはトタン屋根が設置されていた。後に、この構造物は発見者らが応急的に行ったもので、本格的な保存対策が必要であることが分かった。25年から京都市立芸術大学の正垣雅子准教授を代表として住友財団の助成を得て、現地関係者と協働で保全事業を始めた。壁画を信仰の対象の場に戻すことを目指している。

この3月、みんぱくで交易をテーマに含む二つの展示が始まった。一つは中央アジアを舞台とする特別展「シルクロードの商人(あきんど)語り―サマルカンドの遺跡とユーラシア交流―」、もう一つは企画展「ドルポ――西ネパール高地のチベット世界」である。古来、ラダックは中央アジアとチベットをつなぐ要衝であった。二つの展示を跨(また)いで、山間の通行路にも思いをはせてもらいたい。

関連ウェブサイト

特別展「シルクロードの商人(あきんど)語り―サマルカンドの遺跡とユーラシア交流―」
企画展「ドルポ――西ネパール高地のチベット世界」