歌と「勲功祭宴」の輪 インド北東部 棚田の集落
2026年7月6日刊行
岡田恵美(国立民族学博物館准教授)
インド・デリーの空港から2度の乗り継ぎを経て、北東部ナガランド州へ向かう。さらに車で5時間ほど山道を進むと、私が調査を続けるチャケサン・ナガの人びとが暮らす、ミャンマー国境近くの山岳地帯にたどり着く。第二次世界大戦末期の日本軍のインパール作戦で進軍ルートとなった地域でもある。
州最大の水稲栽培地帯であるこの地域には、幾重にも連なる棚田が広がる。農業機械や役畜は現在も用いられないため、田起こし、代かき、田植え、収穫といった作業は、「ムレ」と呼ばれる同世代集団による助け合いで行われる。これは、かつての若者宿に由来する集団組織の名残とも考えられる。作業や休憩中には、1人が歌い始めると、仲間たちが異なる声部やリズムを重ね、自然と合唱が生まれる。とにかくよく歌う人びとだ。協働作業が欠かせない地形や、雇用関係や明確な階層を持たない社会構造の中で、「ともに歌う」という行為は、連帯や相互扶助を支える社会的な役割も担っている。そして、そのヨコのつながりは、歌だけにとどまらない。
チャケサン・ナガ社会には、チョクリ語で「ゾットゥムザ」と呼ばれる慣習が継承されている。これは人類学で「勲功祭宴」と呼ばれるもので、共同体への貢献を社会的威信として可視化する仕組みだ。裕福な夫妻は、富を独占するのではなく、宴席を設けて、牛肉などの「ハレ」の食材でごちそうを集落の人びとにふるまう。その貢献をたたえて、夫妻には集落の行事の際に刺しゅうの施されたショールを着用することや、ミトゥン牛の角を模した屋根飾りを掲げることが許される。さらに3度にわたって宴席を提供した夫妻には、集落総出で巨石を贈る「石曳(ひ)き」の儀式が執り行われる。
私も調査時には、お世話になる家族へ肉を持参する。夕食には、納豆に似た発酵大豆を加えた料理やタニシの煮付け、揚げ餅などに舌鼓を打ち、時にはおそるおそる芋虫やコオロギの素揚げにも挑戦する。ごちそうが並べば人びとが集まり、やがて歌が始まる。孤独とは縁遠そうな山岳農村の暮らし。ごちそうと重なる歌声の輪に囲まれ、豊かさや幸せとはなんだろうか、ふと考える瞬間がある。
棚田で歌うチャケサン・ナガの男性ら
=インド・ナガランド州・2022年・筆者撮影
屋根飾りのある家屋
=インド・ナガランド州・2022年・筆者撮影
