「ゼナドスケス」と呼ばれる海峡――企画展「トレス海峡(ゼナドスケス)と日本」に寄せて
トレス海峡は、1606年にこの地を航海したスペインの探検家ルイス・バエス・デ・トレスにちなんで名付けられた。しかし、この名は外部の探検家の名に由来する、植民地主義的な歴史を背負ったものでもあった。
この名称に異議を唱えたのが、後にこの地域の文化的指導者のひとりとなるエフライム・バニである。彼は、トレス海峡という地域名にかわり「ゼナドスケス(Zenadth Kes)」という呼称を提唱した。月刊みんぱく2023年12月号の記事(ジュリー・ラーン、山内由理子「先住民が名付けた水のとおり道」4-5頁)でも紹介されているように、ゼナドスケスは、トレス海峡にある言語の要素を組み合わせて作られたアクロニム(頭字語)である。南を意味する「Zey(ZE)」、北を意味する「Naygay(NA)」、場所や側を意味する「Dagam(D)」、海岸線を意味する「Thawathaw(TH)」、そして通り道や水路を意味する「KES」という言葉で構成されている。
これらを組み合わせることで、ゼナドスケスは「ふたつの国の北と南の海岸線のあいだにある通り道/場所」という意味を持つことになった。これはまさに、この地域がパプアニューギニアとオーストラリア本土という大きな陸地に挟まれた島嶼部であるという地理的状況を、的確に表している。実は、トレス海峡の旗も、陸地に挟まれた海を象徴的に表現しており、その一致が非常に興味深い。
こうして先住民の文化的アイデンティティを尊重する地名を案出したバニだが、実は本企画展で紹介する日本のトレス海峡調査隊のメンバーが現地で深く交流していた人物のひとりでもあった。ゼナドスケスという名に込められた歴史や思想を知ることは、日本の調査隊が現地で触れた文化の深さや人々との繋がりを読み解くうえで、重要な鍵となる。そうした文化的転換期に現地を訪れた調査隊の足跡にも、ぜひ注目されたい。
関連ウェブサイト
企画展「トレス海峡(ゼナドスケス)と日本――大島襄二写真コレクションから見た交流と歴史」
関連写真
※キャプション先頭の番号は国立民族学博物館 所蔵資料の写真番号です

