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豪州・トレス海峡と日本 調査隊の写真が語る歴史

2026年9月7日刊行
丹羽典生(国立民族学博物館教授)

オーストラリアのグレートバリアリーフは、世界最大級のサンゴ礁として知られ、有名な観光地でもある。そのすぐ北側、オーストラリアとパプアニューギニアの国境に位置するのがトレス海峡(ゼナドスケス)である。ここには、オーストラリア大陸部の先住民(日本ではアボリジニやアボリジナルと呼ばれる)とは異なる、独自の文化を持つ先住民が暮らしている。

実は日本人とも縁のある土地である。このトレス海峡にあるワイベン島には、明治時代から多くの日本人が移住し、高級ボタンの原料となる真珠貝を求めて海深くへと潜った。日本では木曜島として知られる島である。第二次世界大戦前には、日本人が島で最大規模の人口を誇り、大規模なコミュニティーが形成されていた。こうした数奇な歴史的出来事に関心を持った人物の一人に、小説家の司馬遼太郎がいる。彼は、この地を舞台に『木曜島の夜会』という小説を執筆している。また木曜島の真珠貝ダイバーについては、NHKで番組化もされたため、どこかで目にしたことがある人もいるのではないだろうか。

オーストラリア・クィーンズランド州のカダール島で1979年、大島襄二撮影

オーストラリア・クィーンズランド州のカダール島で1979年、大島襄二撮影

戦後になると、ボタンの材料としての天然の真珠貝採集は衰退した。代わりに発展したのが、真珠の養殖業であった。真珠の養殖の発明に日本人研究者が関わっていることは比較的知られているが、日本人は木曜島を含めた北部オーストラリア一帯でも、身につけた技術を生かして活躍を続けた。

独特な民族・文化の異種混交状況、大陸部とは異なる先住民の存在、水産養殖業の展開、そして日本人との深い関わり。こうした地域に強い関心を寄せたのが、日本の地理学者を中心とする学術調査隊である。もともと水産業に関する世界規模での比較地理学的研究を行っていた彼らは、次なる主要な調査地としてトレス海峡地域に目を付け、1970年代に3回にわたって大規模な調査を行った。これが現在、トレス海峡調査隊として知られるトレス海峡の総合的調査である。世界的にも19世紀のイギリスの調査に次ぐ、画期的な総合調査として記憶されている。

みんぱくで10日から開催される企画展「トレス海峡(ゼナドスケス)と日本――大島襄二写真コレクションから見た交流と歴史」(12月15日まで)では、トレス海峡調査隊を率いた人物の一人である地理学者、大島襄二(1920~2014年)が撮影した膨大な写真資料(みんぱく所蔵)を中心に、島々の暮らしが様変わりする姿を紹介する。時代をへるなかで、これらの往時のトレス海峡を記録した写真は、現在ではゼナドスケスとも呼ばれるようになった現地の先住民にとって自らの過去を知る貴重な手掛かりとなっている。本展示では、写真を通じて、今もなお続く日本と現地社会との絆や、歴史を未来へつなぐ取り組みも紹介する。ぜひ足を運んでいただきたい。

関連ウェブサイト

企画展「トレス海峡(ゼナドスケス)と日本――大島襄二写真コレクションから見た交流と歴史」