国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

先端研究プロジェクト (1998-2003)

「先端研究プロジェクト」は、1998年度(平成10年度)の研究部改組によって新たに組織された先端民族学研究部の教官が各自のテーマに沿って調査をおこない、研究会やシンポジウムを組織して、6年間の任期の間に成果を挙げた活動です。その研究テーマは、最も現代的な課題、あるいは緊急の解決を要するような課題が選ばれました。

※先端研究プロジェクトは2003年度をもって終了いたしました。

先住民資源問題多文化社会の問題グローバル化と『国境』なき人びと
観光問題難民問題 | 機関研究index |

 

先住民資源問題(開発・利用・管理)(1998-2003)

代表者:松山利夫、岸上伸啓

これまで世界の先住民は、それぞれの地域において国家や外来者によって、様々な形で伝統的な資源占有権や所有権を侵害されてきたが、今日の国際的、社会的な変動の中で、相互に連帯しつつ、それぞれの権利回復運動を展開し始めている。こうした先住民の社会と文化について、民族学・人類学はそれぞれの生活様式や家族・親族集団、男女の分業などの社会生活について膨大なデータを蓄積してきた。しかし、それらは伝統的な慣習や集団構造が中心であり、今日の急激な国際的、社会的変動に伴う人間関係や集団の在り方の変化に積極的に取り組んできたとは言い難い。先住民の資源問題もこうした現代的変化を前提にした解決が求められているのである。
この問題を取り扱うためには、世界各地の先住民が資源をいかに利用し、管理してきたかを歴史的かつ生態学的な視点から明らかにする必要がある。その上で、現在、先住民が資源問題として直面している生業と商業の問題、先住民権と資源利用の問題、行政法と慣習法の対立、資源開発、持続的な資源管理と保全の方法そして環境問題など現在的な諸問題の実態を調査、検討し、それらの問題解決の糸口を探る。


多文化社会の問題(宗教的価値)(2002-2003)

代表者:立川武蔵

グローバル化現象は、好むとこ好まざるにかかわらず、今後も急速に進むと思われる。地球規模の均質的な市場ができあがるのか、そのような市場形成に対して大規模な反撃が生まれるのかは不明だ。しかし、多文化間の接触、特に異なった宗教的伝統がこれまでには見られなかった激しさでぶつかり合うことは確実であり、その激突はすでに起きている。各宗教が「聖なるもの」と考える神、悟りなどは、しばしば数千年にわたる伝統の相違を反映しており、短期間の対話によってその相違の溝は埋められそうもない。しかし、これからの社会は、程度の差こそあれ、その相違の相互理解の上に成り立つものでなくてはならない。
本研究は、多文化社会における宗教の役割を日本の伝統文化の中で明らかにしようとするものである。日本には、仏教、神道などの宗教的伝統があり、その伝統はユダヤ・キリスト教やイスラム教における「聖なるものの価値」とは異なった価値を有してきた。この異なった宗教的価値の考察のために、「行為と時間」という操作概念を設定し、行為を世界観、目的、手段という三要素から考察することにしたい。行為と時間というより一般的な操作概念によって東アジアの宗教的価値観を分析するのが本研究の目的である。


グローバル化と『国境』なき人びと(2003)

代表者:陳天璽

本研究は、移民、移動者、ディアスポラ、無国籍者など、国家や文化のはざまに生きる人々とグローバル化社会が有しているダイナミズムとの関係を探求しようとするものである。国境を越える人、物、金、情報の流れがボーダーレス化し、個人を認識する際にも、その人を単一の国家や文化のメンバーとしてカテゴライズすることが難しくなっている。また、非領土的なアイデンティティが形成されつつあることも見逃すことができない。これまで国内外における研究は、マイノリティーを国家の枠組み内の問題として分析してきたが、本研究は、難民や無国籍者などどの国にも所属しない人々や、移民やディアスポラの結果複数の国に所属する人々に注目する。彼らが、いかに発生し、いかなるアイデンティティを持っているのかを明らかにし、また、はざまに生きるがゆえに、国家間の紛争や国際社会の変動により、個人の帰属がいかに揺れ動き、再構成されるのか、そして、こうした人々の意識に基づいた活動が、国家やグローバル化社会にどのような影響を与えてゆくのかを、文化、経済、政治、法などあらゆる観点から包括的に分析すること試みる。
なお、本研究の対象である無国籍者など、脱国家的なアクターを、ありのまま理解するに必要な新しい人類学的視点を模索する。


観光問題(開発と生存)(1998-2001)

代表者:石森秀三

1980年代の後半からの特徴的な現象の1つに人口移動の増加がある。この背景には、情報通信の発達による情報のグローバル化が急速な進展を遂げたことがある。衛星通信の普及が情報の同時共有性を世界的に拡大し、世界の人々の情報への欲求を急激に高めた。また同時に交通機関、とりわけ航空機の発達が著しく、高速移動が容易になった。こうした要素が重なり、人々の移動が急激に増加する結果となったのである。このような人口移動の中で注目される現象の1つが観光現象である。現代は世界的な観光ブームといっても過言ではないほど観光人口は増加の一途をたどっている。しかし、この観光ブームによる人口移動の背景にある、先進工業国社会と産業化や工業化をなしえなかった開発途上国社会との間の軋轢も見逃せない。とりわけ開発途上国社会においては定かな経済資源がない中、地域の自然や民族文化が観光資源として注目され、国家的規模で開発がなされる例が少なくない。そして、それはしばしば地域の自然環境の破壊や民族文化の無用な商品化を招く結果となっている。 情報のグローバル化に呼応して起こってきた世界的な観光ブームも、それぞれの地域において環境問題や民族文化の変容の問題に直面しているのである。本研究においては、観光のもつ人類史的な意義を多方面から分析し、自然環境や民族文化を破壊することのない観光を通じた地域開発の可能性を総合的な観点から探る。

  • 公開シンポジウム「文化遺産はだれのものか:考古学遺跡はだれのものか」
    (1999年11月27日 大阪大学コンベンションセンターMOホール) 基調講演「ナスカの地上絵を追って」楠田枝里子
    パネルディスカッション「文化遺産はだれのものか」
    パネリスト:楠田枝里子、鳴海邦碩、小山修三、関雄二
    コーディネーター:石森秀三

難民問題(境界と文化の再編)(1998-2001)

代表者:中牧弘允

1990年代に入って急激な変化として注目を浴びるようになったグローバル化現象は、地球規模における情報やモノの流れ、そして人の移動によって引き起こされている。なかでも、民族学・人類学にとって重要なのは言うまでもなく人の移動である。近年ではその多くが負の移動とでもいうべき内戦や内乱による難民流出、経済的動機に基づく合法・非合法の移住や労働移民であり、国や地域を越えて大規模に進行している。また、東南アジアやアフリカ、中南米の開発途上国社会では、情報化の進展と相まって都市への人口流入が急増している。こうした大規模な人口移動はしばしば国家や民族の境界を越えて起こり、地域や民族の解体や再編を余儀なくしている。また、開発途上国社会における急激な都市化は環境破壊や犯罪の多発化、農村の疲弊、人々のアイデンティティの喪失など、深刻な文化・社会問題を引き起こしている。しかしその一方で、人口移動や都市化は、伝統文化の相互接触や融合といった新しい文化を生み出す一面もある。 本研究では、流動化する世界情勢のもとで、難民の抱える政治的・社会的そして文化的な問題とその解決に向けて実践的な情報の収集と難民問題の文化的・歴史的背景について、境界と文化の?編という観点から幅広い検討を加え、地球規模での新たな秩序を探る。