国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

徳之島の民俗芸能に関するフォーラム型情報ミュージアムの構築

研究期間:2014.6-2016.3 / 強化型プロジェクト(2年以内) 代表者 福岡正太

研究プロジェクト一覧

プロジェクトの目的

このプロジェクトは、民博において蓄積してきた徳之島の民俗芸能の映像記録を基に、フォーラム型情報ミュージアムによる記録の公開を通じて、関係者ならびに研究者等が蓄積してきた資料および知識の集積を進めて徳之島の民俗芸能に関する知見を深めるとともに、それらを芸能関係者が気軽に利用できるようにして、民俗芸能の伝承に役立てることを目的としている。過去の民俗芸能の映像音響記録は、関係者にとって「お手本」として機能することがあるが、逆に1つの記録が伝承を画一化してしまう可能性ももっている。このフォーラム型情報ミュージアムは、記録を複数化し、様々な立場からの知見を蓄積することで資料を歴史化しつつ、芸能の上演や伝承の過程にこれらの記録を位置づけることを目指している。さらに、研究機関の権威をバックにした一方向的な情報提供ではなく、当事者が民俗芸能に関する知の形成に主体として参加できるシステムの実現を目指したい。

プロジェクトの内容

初年度は、主に天城町教育委員会と協力してフォーラム型情報ミュージアムのモデルを構築することに集中し、システムのデザインと開発を進める。同時に、2年度目にデータを充実させる準備のために関係機関等との折衝をおこない、協力者ネットワークの構築を図る。2年度目には、伊仙町および徳之島町の関係機関、および大学等の研究機関や研究者からの協力を得て、情報ミュージアムのデータの充実を図りたい。
初年度の具体的な計画は次の通りである。

  1. 連携研究による徳之島の民俗芸能の記録映像のデータベース化
    申請者が代表者となって進めている人間文化研究機構連携研究「人間文化資源」の総合的研究、「映像による芸能の民族誌の人間文化資源的活用」により作成したマルチメディア番組「徳之島の歌と踊りと祭り」に収録された徳之島25集落の歌や踊りの映像記録をフォーラム型情報ミュージアムのシステムによりデータベース化し、主なデータの英訳を進める。このデータベースシステムを、徳之島天城町の教育委員会と協議の上、徳之島においても公開し、現地関係者にとってのこのシステムの有用性を評価しながら、システムの発展の方向性を探る。
  2. 徳之島の民俗芸能の映像音響資料の発掘と協力者ネットワークの構築
    天城町教育委員会等と協力しながら、徳之島の民俗芸能に関する映像音響資料の発掘をおこない、それらの資料をシステムに載せて公開するにあたっての諸課題の検討を進める。調査を進めるにあたり、現地各集落、関係各機関、研究者等とのネットワークの構築に努め、ファーラム型情報ミュージアムへの潜在的ニーズを探り、システムのデザインと開発に生かすこととする。
  3. 芸能の伝承における映像音響資料の意義についての研究会の開催
    ファーラム型情報ミュージアムは、研究機関が所蔵する資料を、広い意味で人類文化の創造過程に生かしていくことを究極の目的としていると考えられる。そうしたミュージアムの意義を確認し、あるべき方向性を探るために、芸能の伝承における映像音響資料の意義を例として取り上げた研究会を開催する。今日、一般市民の映像に対するリテラシーは非常に高い。そうした中で、商業的な映画やテレビ番組とは異なる、学術的な記録映像の意義を認めてもらうためには、資料を生かすための組織的な努力が必要である。そうした手段の1つとなりうるフォーラム型情報ミュージアムの意義について議論を深めたい。
期待される成果

このプロジェクトで構築するデータベースは、徳之島の各集落に伝承されている歌および踊り、そして関連する祭りを主なデータとする。集落の人々にとって、自分の集落の芸能は珍しいものではないが、このシステムにより様々な世代の知識や経験、外部の人々の関心や知見を蓄積すること、また、他の集落の芸能との比較などによって、自分たちの集落の芸能を見直し、上演や伝承に新たな工夫を加えていく契機になるだろう。さらに、徳之島以外の人々や研究者にとっても、複眼的に深く徳之島の芸能について知ることができるはずである。歴史的な資料の蓄積や様々な立場の人々の知見の集積は、他の地域で民俗芸能にかかわる人々にとっても、伝統的な芸能の維持に多くのヒントを含んでおり、ひいては無形文化遺産の伝承についての議論を深めていくことにもつながるものとなるはずである。

2015年度成果
  1. 最終年度の研究実施状況
    これまで現地での意見交換に基づき、伊仙町馬根集落の十五夜およびイッサンサン行事、天城町西阿木名集落の十五夜行事の調査撮影をおこない、データの充実をはかった。これまでのデータと合わせて、フォーラム型情報ミュージアムのシステムへのデータ登録を進めている。あわせて、現在の伝承における諸問題と映像記録活用の可能性について、徳之島町井之川集落、天城町西阿木名集落、天城町立西阿木名小学校、天城町教育委員会等でインタビュー撮影をおこなった。西阿木名小学校は、民謡保存会の協力により郷土の芸能の学習に力を入れており、授業の撮影もおこなった。また、徳之島町金見集落と天城町西阿木名集落において映像の上映と意見交換会を開催した。金見集落では、徳之島民謡を研究する酒井正子氏の協力を得て、氏が撮影した25年前の映像、住民が撮影した20年前の映像、民博が撮影した5年前の映像を比較上映し、様々な機関や個人が所蔵する記録をフォーラム型情報ミュージアム等のシステムに集積する可能性および今後も記録を重ねていくことの意義について議論をおこなった。なお、徳之島におけるフォーラム型情報ミュージアムの公開と活用について、天城町および伊仙町の関係者と協議した。
  2. 研究成果の概要
    徳之島の各集落は、少子高齢化等により、その伝統の継承に困難をかかえている。このプロジェクトの基となった芸能の映像撮影は、消滅が心配される集落の芸能の記録作成および映像を活用した伝承活動の活発化を期待する地元の関係者の要請を受けて開始された。このプロジェクトにおいては、2年間に7集落において芸能等の補充調査撮影をおこない、計28集落の芸能の映像記録を主なコンテンツとするフォーラム型情報ミュージアムの構築を日英2言語により続けてきた。並行して、徳之島各集落の公民館等で6回の上映および意見交換会を開催し、記録映像の活用の可能性について探った。
    この研究により、次のことがわかってきた。映像記録は自分たちの芸能を再確認する機会となること、他の集落との比較の機会となること、芸能の習得や創造の参考となることである。さらに、映像は見る者の記憶を活性化し、芸能に関する経験や知識を引き出す大きなきっかけとなることも明らかになった。こうした映像の直接的な効用に加えて、私たちが調査や撮影のために訪問すること自体が、芸能を伝承する上でのある種の刺激となることも地元関係者からしばしば指摘された。また、このプロジェクトによる徳之島芸能の記録映像の集積により、研究者や研究機関等が記録した資料や住民が記録保存している資料についての情報が寄せられるなど、関係資料の集積にもつながる可能性が明らかになった。
    このシステムの本格的な稼働後の利用については、次のような見通しを得ている。地元関係者と協力した小中学校における地域の文化の学習の機会は、子どもだけでなく、保護者の関心と参加を誘うことにもつながっており、集落の伝統文化伝承において学校への期待が高まっている。そこで学校におけるシステムの利用を進めるべく調整を進めている。また、島外に暮らす集落関係者が増えており、こうした人々がふるさとの芸能に触れ、学ぶ機会を提供することが期待されており、郷友会等、島外に暮らす集落関係者のあいだでの利用の機会を作る必要がある。
  3. 研究成果・データベース公開計画及び今後の展開等
    このプロジェクトで試作したデータベースについては、ウェブを通じた稼働、特に動画の配信について実験を重ねて、最終的な調整をおこない、平成28年度の早い段階で徳之島での公開をおこなう。なお、最初の公開場所は、天城町ユイの館と伊仙町立歴史民俗資料館を想定している。また、天城町立西阿木名小学校の授業において試用の了承を得ている。研究機関以外の、島外での一般公開については、集落ごとに合意を形成することが望ましく、システムを利用してもらった上で同意を得る予定である。
2014年度成果
  1. 今年度の研究実施状況
    (1)基本的なデータベースシステムのデザイン
    次の条件を満たすシステムのデザインを進めた。
    a)主なデータは芸能を記録した映像ファイルと関連する文字、写真、音響、映像資料とする。
    b)それぞれのデータに対し、アノテーションを加えられるようにする。
    c)それぞれのデータに対し、コメントを加えディスカッションをできるようにする。
    d)利用者が新たなデータを追加できるようにする。
    (2)追加データの作成
    このシステムの主なデータは、民博の文化資源プロジェクトおよび人間文化研究機構の連携研究「映像による芸能の民族誌の人間文化資源的活用」等により撮影した映像だが、若干手薄であった伊仙町等の民俗芸能について調査撮影を行いデータの充実をはかった。
    伊仙町では、新たに阿三および目手久集落にて民俗芸能ならびにシマウタの調査撮影を行い、天城町で未撮影だった松原上区にて集落誌ならびに民俗芸能の撮影を行った。
    (3)主なデータの英訳
    コンテンツの解説等の英訳を進めた。全解説の9割程度の英訳を完成した。
    (4)徳之島3町との連携調整
    徳之島3町の各教育長や教育委員会関係者等とフォーラム型情報ミュージアム公開に向けて協議を進めた。
    (5)研究会の開催
    民博にて研究会を開催し、フォーラム型情報ミュージアムのコンセプトとシステムおよび徳之島関連コンテンツの紹介、『日本民謡大観(沖縄・奄美)』(日本放送協会、1989-1993)関連調査資料のデジタル化とアーカイブの報告、徳之島3町における芸能関連資料の所蔵やデジタル化作業等についての報告等を行い、今後のフォーラム型情報ミュージアムの展開の可能性について議論した。
  2. 研究成果の概要(研究目的の達成)
    データについては、一部のデータの英訳が残っているものの、公開に向けてほぼ整備を終えることができた。システムについては、仕様とデザインが固まり、プロトタイプがほぼ完成しており、データの移植を進めれば公開できる状態に近づいている。徳之島3町の教育委員会等には、フォーラム型情報ミュージアムの有用性を理解していただき、端末の設置等について前向きな対応をいただいている。また、奄美地域の民謡や民俗芸能の研究者ともフォーラム型情報ミュージアムの構想についての議論を深めることができた。
  3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)
    天城町町立ユイの館にて、マルチメディアコンテンツ「徳之島の唄と踊りと祭り」の公開を開始した。その他の成果の公表は以下の通り。
    電子媒体
    福岡正太「音楽芸能の伝承において映像記録が果たしうる役割―徳之島の芸能を例に」『研究報告人文科学とコンピュータ』2014-CH-104(10), 1-3
    口頭発表
    福岡正太「音楽芸能の伝承において映像記録が果たしうる役割―徳之島の芸能を例に」、人文科学とコンピュータ研究会(情報処理学会)発表会、関西大学千里山キャンパス第三学舎D501教室、2014.10.18。
    福岡正太「映像記録を民俗芸能の営みの中に位置づける」、シンポジウム「民俗音楽の新たな胎動をさぐる」、日本民俗音楽学会第28回大会、東京音楽大学A館200教室、2014.12.13。