国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

ミクロネシア文化資料のフォーラム型データベースの構築――20世紀前半収集資料を中心として

研究期間:2019.4-2021.3 / 強化型プロジェクト(2年以内) 代表者 林勲男

研究プロジェクト一覧

プロジェクトの概要

プロジェクトの目的

 民博が所蔵する1,917点のミクロネシア標本資料を対象に、文献資料調査と標本資料が収集された現地でのフィールド調査に基づき、個々の標本資料に関する基本情報の拡充を図ることを第1の目的としている。特に20世紀前半に収集され、後に民博が受け入れた資料に関しては、同時期に受け入れた関連データや民族学研究アーカイブズ資料、図書文献等と照合し、各標本資料の収集の背景を可能な限り明らかにしたい。第2の目的としては、ソースコミュニティにおける歴史や地域文化の継承や教育の現状を踏まえて、そのメンバーや地元の博物館や学校等と協議し、本プロジェクトの成果としてのデータベースを利活用するためのプログラムを開発することである。

プロジェクトの内容

 ミクロネシア標本資料の現在の基本情報を精査し、プロジェクトメンバーの持つ知見と文献調査によって、情報の確度を向上させることと、情報の高度化と多言語化によるデータベースの設計について検討することからプロジェクトを開始する。
 標本資料1,917点のうちの903点は、民博が創設間もない頃に、旧東京大学理学部人類学教室の資料(旧東大資料)を受け入れたものである。また、400点は日本民族学協会付属民族学博物館に収蔵されていたもの(旧保谷民博)であり、国文学研究資料館史料館を経て民博に移管された。すなわち、ミクロネシア標本資料の過半数は、20世紀前半に日本の統治下にあった当時の「南洋群島」(現在の北マリアナ諸島・パラオ・マーシャル諸島・ミクロネシア連邦)から収集されたものである。これらの標本資料を当時の南洋群島で収集したのは、松村瞭(あきら)、福富忠男、長谷部言人(ことんど)、杉浦健一らの学者に加え、南海にロマンを求めた芸術家の土方(ひじかた)久(ひさ)功(かつ)や染木煦(そめきあつし)らであった。
 旧東大資料の受け入れの際には、標本資料に加えてさまざまな情報が記載された「土俗品目録」と「内外土俗品圖集」「東大カード」が同時に民博に収蔵された。また民博所蔵の「杉浦健一アーカイブ」には、ミクロネシア諸島調査時に記されたフィールドノート、メモ、草稿、地図などの東京大学理学部人類学教室に残されていた杉浦の膨大な資料が含まれている。さらには「土方久功アーカイブ」の日記(SERで刊行済み)やノート類はデジタル化され、民博の図書館で利用可能である。民博が所蔵しているこうした資料の関連づけをおこなう。
 1934年に南洋群島のほぼ全域を巡遊した画家の染木煦は、その著書『ミクロネシアの風土と民具』(民博図書所蔵)で、訪れた島々の暮らしについて数多くのスケッチや写真を交えながら紹介している。彼がこの旅行で収集した325点の資料が、旧保谷民博資料に含まれており、それらの標本資料を彼の著書の記述やスケッチ、写真などと関連付け、さらには東京都立川市にある染木のアトリエに残されている絵画作品、写真アルバム、スケッチブックなどを参照することで、相当のデータの拡充が可能となる。これらの資料の利用については遺族の了解をすでに得ている。
 民博所蔵のミクロネシア標本資料を、こうした収集者や同時代に現地に赴いた学者や芸術家による文献や写真等の資料と関連付けることにより、当時の日本におけるオセアニアに対する知的関心の歴史を明らかにすることができる。特に日本の植民地主義の展開と共に大きく成長していった民族学の関心について、物質文化の観察、収集、記録、教育的文筆活動という点からアプローチできると考えている。日本の民俗学・文化人類学の発展の歴史に新たな観点からアプローチするものである。
 そして、上記の研究によって得られた新たなデータを統合したデータベースを構築し、ミクロネシアに関する今後の研究の発展と、ソースコミュニティにおける文化や歴史の継承や教育に寄与できよう、ソースコミュニティの人びとや博物館・学校等の関係者と協議の上で、データベースの利活用プログラムを開発する。

期待される成果

 民博の図書や研究アーカイブにある文献・画像データ、館外の関係資料、そして現地での調査によって得られたデータを統合したデータベースを構築する。言語は、日本語と英語に加えて現地語でも利用可能なものとする。特に旧東大資料や旧保谷民博資料に関しては、それぞれのコレクション形成の歴史的・社会的背景をできる限り明らかにする。そのことによって、当該地域の伝統的な文化への理解が国際的に深まると同時に、20世紀前半に日本人研究者や芸術家が当時の「南洋群島」をいかに捉えていたのかの理解を助け、民族標本資料の収集の歴史的展開に関する研究が、このデータベースを利用することによって一層の進むようなものとしたい。また、研究者だけでなくソースコミュニティの人びとにとっても使いやすいデータベースを構築する。

成果報告

2019年度成果
1. 今年度の研究実施状況

1) 国内共同研究員4名に対してフォーラム型情報ミュージアムの概要説明と既に公開されているデータベースを紹介した後、プロジェクト遂行上の役割分担と、標本資料およびアーカイブ資料の確認作業をおこなった(2019年6月28日)。
2) 共同研究員2名が、パラオ共和国にて標本資料に関する情報の精査と13名からの聞き取りによる情報収集をおこなった(2019年8月13日~22日)。
3) 共同研究員1名が、マーシャル諸島関連の標本資料について情報の精査をおこなった。
4) 対象とするミクロネシア標本資料に関して、染木煦著『ミクロネシアの風土と民具』、東大情報カード、『内外土俗品圖集』から関連情報を抜粋して整理した。
5) 染木煦アトリエ(立川市)にて、1934年の南洋群島旅行時のスケッチブックと写真アルバムの撮影をおこなった(2019年7月28日~31日)。
6) 染木煦ご遺族のご厚意により、アルバムに張られた絵はがきを民博にて撮影し、染木が各絵はがき裏面に残したメモを記録した。
7) パラオ共和国のPalau Conservation Societyより1名を招へいし、標本資料の熟覧を実施(2020年2月中旬予定)

2. 研究成果の概要(研究目的の達成)

本年度は、ミクロネシア標本資料のデータの精査と新たな情報の収集とその整理をおこなった。先ず共同研究員2名がパラオ共和国にて、本プロジェクトのための人的ネットワークを構築するとともに、民博のミクロネシア・コレクションに関する現地名を含めた情報を収集した。ミクロネシア・コレクションの情報収集に関しては、コロール州、アイライ州、ガルムヌグイ州、およびソンソロール州(在コロール事務所)にて、13名の人びとに聞き取りを行った。
資料の中には、写真は残っていても物自体は失われたという例もあり、民博所蔵のコレクションの重要性が浮かび上がった。ベラウ(パラオ)国立博物館の館長を長年勤め、現在国務大臣であるFaustina Rehuher-Marug氏からは、ドイツの博物館にもドイツ統治下に収集されたパラオの物質資料があることをふまえ、「私たちとしては、ドイツや日本の博物館にどんなパラオの資料があるかを具体的に知りたい。そして、それらに私たちがいかにアクセスでき、将来的にどのようなプロジェクトができるか、共に考えたい」という意見が出され、本プロジェクトへの大きな期待が示された。
また、本プロジェクト国外協力者のBernie Ngiralmau氏(2020年2月に招聘予定)は、パラオの文化遺産について若い世代が学ぶことの重要性と楽しさを深く認識しており、本プロジェクトにおいてミクロネシアの他の島の人々ともに民博の資料に触れ、そこから新たな学びの可能性をミクロネシア社会に開いていくことに意欲的であることが示された。以上のようにパラオでは、本プロジェクトへの期待が示され、研究および社会還元への協力を得られる体制を作ることができた。
ミクロネシア標本資料のうち325点は、画家の染木煦が1934年の巡遊の際に収集したものであり、染木の関連資料をアトリエでの調査によって発掘すると共に、著作物から関連情報を抜粋・整理し、標本資料との照合作業をおこなった。1930年代には、当時の南洋群島を訪れる若手芸術家が少なくなく、相互の交流だけでなく、土方久功や学者の杉浦健一らとも親交があったことがわかった。さらに民博が所蔵する東大情報カード、『内外土俗品圖集』からミクロネシアの資料に関する情報を抜粋し、整理した。

3. 成果の公表実績(出版、公開シンポジウム、学会分科会、電子媒体など)

本年度は研究協力体制を作ることと、民博所蔵ミクロネシア標本資料の情報の精査、そして関連情報の収集と整理をおこない、未だ公開までには至っていない。