国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

中国における民族表象のポリティクス-南部地域を中心とした人類学・歴史学的研究

共同研究 代表者 塚田誠之

研究プロジェクト一覧

中国には多くの民族集団が居住しており、様々な媒体によって表象されてきた。前回の共同研究では、清末から中華人民共和国において「民族」概念が普及するまでの過程において、自己や他者をめぐる表象行為や文化的アイデンティティの再構築が進行してきたことを、多様な事例から一定程度明らかにし得た。本研究は前回の研究成果をふまえて、さらに掘り下げた検討を行う。とりわけ中心となるのは、民族表象の生成、再解釈、変成の過程を、表象の主体、表象される人々、為政者等なんらかの形で政策に関わる人々との関係において解明していく作業である。清代から今日に至るまで、中国社会では民族表象と国家や民衆の政治的意図との間に、とりわけ深い結びつきが存在してきた。本共同研究では、非漢族と漢族そして民族の下位集団にも留意し、また人類学のみならず歴史学の視点をも取り入れつつ、民族表象をめぐる諸主体間の相関について多面的な検討を行いたい。

2005年度

【館内研究員】 樫永真佐夫、韓敏、武内房司(客員)、横山廣子
【館外研究員】 稲村務、上野稔弘、兼重努、瀬川昌久、曽士才、谷口裕久、長谷千代子、長谷川清、松岡正子、吉野晃
研究会
2005年6月25日(土)13:30~(第4演習室)
塚田誠之「海南島における夫人信仰をめぐる表象とその変遷」
長谷川清「コメント」
韓敏「毛沢東と地域文化の表象 ─ 湖南省韶山の事例研究に基づいて」
瀬川昌久「コメント」
2005年7月23日(土)13:30~(大演習室)
馬建釗「城市外来少数民族的遷移与適応 ─ 以珠江三角洲為例」
2005年11月13日(日)13:30~(学習院大学東洋文化研究所会議室)
「研究会の運営に関する打ち合わせ」
2005年11月26日(土)13:30~(第3演習室)
長谷川清「都市のなかの民族表象 ─ 西双版納・景洪における観光空間のポリティクス」
兼重努「コメント」
横山廣子「『原生態文化』という表象の意味するもの」
長谷千代子「コメント」
研究実施状況

研究会を4回開催した。うち1回は館外(学習院大学)にて小人数で開催したものである。また、うち1回は、民博外国人客員教員として来日中であった馬建釗教授を講師に迎えて開催した。さらに、最終年度ゆえに研究成果の取りまとめについても十分に議論をした。

研究成果の概要

4回の研究会で5つの研究発表が行われた。歴史上の人物、都市、概念など、これまでになかった多様な切り口から表象に関わる諸問題が論じられた。歴史上の人物をめぐる表象について、毛沢東と夫人が取り上げられた。故郷韶山において毛沢東は国家・地元の村人・観光業者という諸主体の立場・目的の違いに応じて多元的に表象されているが、それらをめぐるポリティクスが報告された。また海南島で信仰されている女神夫人が歴史上、撫蛮神から万能神に変化していく過程と現在の祭りの状況、中国におけるその研究の政治性が報告された。さらに、観光地の都市という公共空間における民族表象について、都市建設・都市イメージ・建築様式・民族文字の使用・モニュメントなどの造形物・パフォーマンスなどを例として、それらが誰によって、いかなる目的で生産・消費されたのかが報告された。くわえて、「生態ブーム」にある現在の中国で、学界や知識人・マスコミの間で使用・利用されている「原生態文化」概念について、その使用例が2004年以降特に増加している傾向や使用のされ方、背景、少数民族文化に対する評価との関わり、概念の内包する問題点が報告された。なお、これらのほか、外国人客員教員馬建釗教授が、広東珠江三角洲における少数民族の出稼ぎ移住民の適応の問題について、移住民の適応の現状と問題点が具体例にそくして明らかにしたうえ、彼らの民族としての意識が出稼ぎ先で薄れる傾向がみられることが報告された。

 

 

2004年度

【館内研究員】 樫永真佐夫、韓敏、武内房司(客員)、横山廣子
【館外研究員】 稲村務、上野稔弘、兼重努、瀬川昌久、曽士才、谷口裕久、長谷千代子、長谷川清、松岡正子、吉野晃
研究会
2004年6月19日(土)13:30~(第4演習室)
上野稔弘「1950年代民族調査における社会主義と民族表象」
瀬川昌久「南雄珠●巷歴史テーマパークの諸表象を読み解く」(●は王へんに幾の文字
2004年12月4日(土)13:30~(第3演習室)
稲村務「ハニ語と中国語の間 ─ ハニ語テキストの中国語訳における表象の政治学」
兼重努「コメント」
吉野晃「中国広東省・広西壮族自治区におけるユーミエンの民族間関係と民族表象」
塚田誠之「コメント」
2005年1月22日(土)13:30~(第3演習室)
松岡正子「「西番」を自称する集団 ─ 四川省九龍県子耳郷と木里県波郷のナムイ・チベット族を事例として ─」
長谷川清「コメント」
武内房司「清末雲南 ─ 一タイ系土司の改革ヴィジョン ─ 干崖宣撫使刀安仁とその周辺」
横山廣子「コメント」
研究成果の概要

3回の研究会で6つの研究発表が行われた。1つが中国民族研究史の底流、とくに1950年代の唯物主義的調査方法をめぐる諸問題を論じたもの、他の5つがハニ族、チベット族、ユーミエン(ヤオ族)、タイ族、漢族(広東本地人)が対象とされ、多様な切り口から表象に関わる諸問題が論じられた。たとえばハニ族については、ハニ語の漢語への翻訳が扱われ、対訳に際して合理化や漢族のイメージが付与されること、その際にハニ族がいかに自らを表象しているのかが検討された。また、四川の「ナムイ・チベット族」は1980年代に「チベット族」にされたが、住民は他のチベット族とは違うという差異意識があり、経典と移住史が根拠に自らを「西番族」と見做していることが検討された。こうした民族の下位集団間における自他の差異意識は広西のユーミエン(盤ヤオ)にもあり、宗教がその準拠点となっていることが検討された。さらに、漢族について、祖先同郷伝説の舞台で歴史テーマパークとなっている地をめぐって、そこに見られる歴史文化表象がエスニックな表象とは異質であるという中国の民族表象の特徴に関わる問題点が指摘された。くわえて、タイ族については、土司と辛亥革命・日本との関わりを主体とした歴史的検討が行われた。

2003年度

【館内研究員】 樫永真佐夫、韓敏、長谷千代子、横山廣子
【館外研究員】 稲村務、上野稔弘、兼重努、瀬川昌久、曽士才、武内房司(客員)、谷口裕久、長谷川清、松岡正子、吉野晃
研究会
2003年6月14日(土)13:30~(第3演習室)
谷口裕久「エスニック・メディアをめぐる認識と表象─雲南省ミャオ族の事例から」
樫永真佐夫「コメント」
曽士才「中国における民族表象のポリティクス─ミャオ族の張秀眉塑像」建造運動を例にして
武内房司「コメント」
2003年7月12日(土)13:30~(特別研究室)
麻国慶「中国における人類学の再構築 ─ 自者、他者、実践」
劉新「欧米における中国の人類学研究のパースペクティブ」
(民博研究フォーラム促進プログラムにおけるワークショップと合同開催)
2003年10月7日(火)13:30~(第4セミナー室)
袁少芬「中越辺境民族文化振興与経済発展互動的考察」
玉康「西双版納イ泰族民居建築与信仰習俗」
2004年1月24日(土)13:30~(第3演習室)
長谷千代子「徳宏タイ族をめぐる地域の表象と民族表象 ─ 孔雀之郷とムアン・バラシ、水かけ祭りを主な事例として」
長谷川清「コメント」
兼重努「県級民族誌における民族表象 ─ 広西『三江トン族自治県民族誌』の事例から」
塚田誠之「コメント」
研究成果

研究会を4回開催したが、うち2回は民博研究フォーラム、科研費(基盤研究B2)による研究との合同開催とした。単独で開催した研究会の成果として、ミャオ族の民族英雄の塑像建造運動から、英雄のイメージは民族エリートによって創られていることが、ミャオ族の情報メディアから、メディアが中国の民族としての帰属意識、民族のサブ・エスニシティに役割を果たしつつあることが明らかにされた。またタイ族の水かけ祭りについて地方の新聞記事をもとに、それが地域では諸民族の団結を象徴する祭りに改変され、他方民族のもとでは民族の行事として残されていることが明らかにされた。さらにトン族地域の県級民族誌について4種類のテクストの比較から民族の表象のされ方や民族側の視点の実像が明らかにされた。