国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

展示という語りの多様性と政治性に関する研究

共同研究 代表者 川口幸也

研究プロジェクト一覧

目的

展示というとミュージアムを連想しがちである。しかし、展示を、一般にモノや事象、景観などをある特定の意図の下に配置して見せようとする行為だとすると、ミュージアムや類似施設だけに見られる現象ではない。スーパーやデパートの商品ディスプレイや街なかに溢れる広告宣伝はもとより、各種の身体パフォーマンスや儀礼・儀式、また建築や都市の景観、はては軍事行動にいたるまで、「展示」は多彩な態様をとりながら思わぬところに存在している。

本研究では、このように語りの一様式としての展示という現象を広い視野で捉えて、さまざまな「展示」が歴史的にどのように展開し、またどのような政治的意図を持っていたのかを、通文化的かつ学際的な視点から比較検討する。これにより、「展示」という語りが持つさまざまな特質があらたに明らかになるものと思われる。

研究成果

(1)展示の多様性について
博物館や美術館でしばしば展示される文化や歴史、アート、映像はもとより、そうした展示に特化した装置とは違う場で展示されるさまざまなものたち、具体的には軍事用地図や金の鯱ほこから中国の古典典籍、あるいは文学、移民、はては土地、空間の場所性、にいたるまで、実に多彩な「展示」のありようが俎上に載せられ、議論された。当然、そうした展示が行われる、たとえば都市の路上や軍事基地、都市の郊外、城郭建築など、これまた多様な場所や空間の特質が議論された。こうした既存のディシプリンを超えた多方面からの議論は、従来の展示に関する議論の枠組みをはるかに超えており、大きな成果を得ることができた。

(2)展示の政治性について
古今東西を問わず展示の多様性が議論されるなかで、何であれ展示という営みが持つ政治性はもはや自明であり、それが行われる場もまた政治的である、というのは全員の合意するところであったが、そうした議論を通して、あらためて注目されたのは、ミュージアム、つまり博物館、美術館の特異性であった。ミュージアムとは、西欧近代が生み出した、展示に特化した装置である。おそらく、ミュージアムの政治性について考察することは、近代とは何かを問うことに深く関わっており、今後の展開において、大きなテーマになるものと思われる。

2007年度

研究成果取りまとめのため延長(1年間)

【館内研究員】 竹沢尚一郎、中牧弘允、野林厚志、松山利夫、吉田憲司
【館外研究員】 荻野昌弘、木下直之、久留島浩、源河葉子、関直子、高橋智、塚田孝、塚田美紀、豊田由貴夫、松宮秀治、溝上智恵子、宮下規久朗、矢口祐人、李哲権、鷲田めるろ
研究会
2007年9月8日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室(4F))
高橋智(慶応義塾大学)「中国の書物における展示と政治」
荻野昌弘(関西学院大学)「展示しえぬもの―文化遺産になりえないものは存在するのか―」
2007年10月20日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
「文化資源という思想」のとりまとめと発表に向けた打ち合わせ
2007年11月23日(金)10:00~19:00(国立民族学博物館 第4セミナー室)
2007年11月24日(土)13:00~17:00(13:30~16:30フォーラム)(国立民族学博物館 講堂)
開館30周年記念フォーラム「文化資源という思想―21世紀の知、文化、社会」との合同研究会
研究成果

1年目と2年目は、展示の多様性に軸足を置いて、さまざまな展示の態様を具体的に俎上に載せて議論を重ね、3年目は、それらの成果を踏まえて、博物館、美術館に立ち戻り、その政治性について、議論し、考察を深めた。以上の積み重ねを踏まえて、4年目は、まず、第1回目の研究会で、中国の古典書誌学の立場から、中国の書物のコレクションと展示の問題を検討し、さらに、社会学的観点から、土地とその歴史の展示の問題を、具体的に日本の学校におけるいじめによる自殺を採り上げることで議論した。

2006年度

以下の研究会を予定している。
 第1回研究会  現代美術の中のアボリジナル美術
 第2回研究会  歴史と文化遺産の展示
 第3回研究会  書誌という展示
 第4回研究会  展示と教育:マイノリティをめぐって

【館内研究員】 竹沢尚一郎、中牧弘允、野林厚志、松山利夫、吉田憲司
【館外研究員】 荻野昌弘、木下直之、久留島浩、源河葉子、関直子、高橋智、塚田孝、塚田美紀、豊田由貴夫、松宮秀治、溝上智恵子、宮下規久朗、矢口祐人、李哲権、鷲田めるろ
研究会
2006年7月22日(土)13:00~(大演習室)
鷲田めるろ「金沢21世紀美術館の展示をめぐって」(仮題)
松山利夫「オーストラリア原始美術展とその民族学的背景―日本最初のアボリジナル美術展をめぐって―」
2006年10月28日(土)13:30~(広島県平和記念資料館) / 29日(日)10:00~(海上自衛隊教育参考館(江田島市江田島町)、呉市海事歴史資料館)
戦争の記憶と展示をめぐって(2)
木下直之「原爆をめぐる記憶と展示」(仮題)
川口幸也「戦史の語り方」(仮題) ほか
2007年3月24日(土)13:30~(大演習室)
塚田美紀「エデュケーションでミュージアムは変わる?:ロンドン視察の報告」
溝上智恵子「カナダの国立博物館における多文化主義の表象:マイノリティの展示をめぐって」
研究成果

昨年度までは、展示の多様性に軸足を置いて、さまざまな展示の態様を具体的に俎上に載せて議論を重ねてきたが、今年度は、それらの成果を踏まえて、博物館、美術館に立ち戻り、その政治性について、議論し、考察を深めた。

まず、第1回目の研究会では、金沢21世紀美術館の例に基づき、現代美術の展示について、その器、あるいはしかけとしての建築に着目した。あわせて、日本で最初に行なわれたアボリジナル美術展の内容と民族学的、また時代的な背景について議論をした。

第2回目は、広島の原爆資料記念館と江田島の自衛隊教育参考館、さらに呉市の海事歴史資料館(通称大和ミュージアム)を訪ねて、戦争の記憶と記録、それらの展示について考えた。

また、第3回目は、博物館、美術館における教育の役割について、ロンドンの事例とカナダにおけるマイノリティ展示の事例によりつつ議論を重ねた。イギリスもカナダもともに、移民の増大とそれに伴うマイノリティの問題を抱えており、そのような社会にあって、ミュージアムの展示と、それを活用した教育にはどのような意義を与えられ、どのように展開されているのか、具体的な議論が交わされ、日本における21世紀のミュージアムのあり方を考えるうえでも示唆に富んだ内容であった。

2005年度

【館内研究員】 竹沢尚一郎、中牧弘允、野林厚志、松山利夫、吉田憲司
【館外研究員】 荻野昌弘、木下直之、久留島浩、源河葉子、関直子、高橋智、塚田孝、塚田美紀、豊田由貴夫、松宮秀治、溝上智恵子、宮下規久朗、矢口祐人、李哲権、鷲田めるろ
研究会
2005年6月17日(金)~19日(日)(沖縄県公文書館、沖縄県平和祈念資料館、ひめゆり平和祈念資料館)
「真珠湾と沖縄 ─ 戦争をめぐる記憶と語り」
・6月17日(金)13:30~
  源河葉子「沖縄戦に際して米軍が撮影した空中写真が語ること」
  矢口祐人「真珠湾のアリゾナ記念館」
・6月18日(土)10:00~
  普天間朝佳「ひめゆり平和祈念資料館の展示について」
  識名昇「沖縄県平和祈念資料館の展示について」
  「総合討論」
・6月19日(日)10:00~
  「総合討論」
2005年7月30日(土)13:30~(大演習室)
アラン・クリスティ「戦争の記憶の国際的・共同的な授業のための資料作りの提案」
吉見俊哉「戦後政治と万博幻想 ─ 大阪万博から愛知万博へ」
2005年10月22日(土)13:30~(大演習室)
ジョン・マンディン「あれってどういうアボリジナル?」(英語)
李哲権「隠喩としてのソファベッド ─ 展示という視点で読むミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』」
2006年2月18日(土)13:30~(第4演習室)
宮下規久朗「死者の表象とその展示」
松宮秀治「コレクションと展示の政治性」
研究成果の概要

第1回目(2005年6月17日~19日)は、戦後60年、沖縄戦終戦60年目の節目に、沖縄県で、日米戦争が日米双方において展示を通してどのように語られているかを議論した。題材として使われたのは、最近沖縄で展示され話題になった、戦争末期に米軍が写した精細な沖縄の空中写真と、ハワイの真珠湾にある戦艦アリゾナ記念館の展示である。また、平和の礎やひめゆり祈念館などで、戦争の記録と記憶が実際にどのように語り継がれているかをあわせて調査した。

第2回目(2005年7月30日)は、戦後をテーマに行なわれた。かつての戦争の記憶を若者に語り継いでいくために日米でどのような模索がなされているかを具体的な例に基づいて議論し、一方、大阪万博と愛知万博の間に広がる戦後日本の社会の変遷を映像などを交えながら考えた。

第3回目(2005年10月22日)は、アボリジナルのアーティストであるジョン・マンディン氏を招いて、アボリジナルのアーティストとその造形がオーストラリアや世界でどのように語られ、位置づけられているのかを、実証的な例に基づいて議論した。また、文学や映画で、さりげなく使われている展示の手法を、ミラン・クンデラの作品を例に考えた。

第4回目(2006年2月18日)は、ミュージアムとは何であるのか、その政治的、歴史的な意味を、聖と俗という概念をてがかりに、実際のミュージアムや展示を通して具体的に考察した。

総じて、今年度は、映像や記録写真、文学、博覧会など、いわゆるミュージアム以外の場所や装置、媒体によるさまざまな展示をも視野に入れることで、展示の多様性に注目した。

2004年度

【館内研究員】 大塚和義、竹沢尚一郎、中牧弘允、野林厚志、吉田憲司
【館外研究員】 荻野昌弘、木下直之、久留島浩、源河葉子、関直子、高橋智、塚田孝、塚田美紀、豊田由貴夫、松宮秀治、溝上智恵子、宮下規久朗、矢口祐人、李哲権、鷲田めるろ
研究会
2004年11月27日(土)13:30~(大演習室)
竹沢尚一郎「異文化展示の居心地の悪さ」
研究成果

第1回目は、研究代表者が、韓国の光州の事例を挙げて、具体的に、本研究会が何を目指しているのかを提示し、これを基に共同研究会の方向性について議論した。

第2回目は、文化を展示するという営みを採り上げて、文化人類学、民族学的な視点から展示という現象を議論した。

第3回目では、アートを主たるテーマに採り上げた。具体的には、フランスにおける現代美術の展示と、日本での、アートとは認識されていない金鯱の展示を事例に、アートの本質と輪郭について議論した。

総じて、初年度は、まずは展示を考えるうえでの出発点として、博物館、美術館における展示を主な議論の対象とした。次年度以降は、より多様な展示へと目を向けていく予定である。

2005年2月12日(土)13:30~(大演習室)
豊田由貴夫「国を展示する?:パプアニューギニアにおける国家の「表し方」」
竹沢尚一郎「異文化展示の居心地の悪さ」
2005年3月31日(木)13:30~(大演習室)
関直子「現代美術の展示をめぐって」
木下直之「金鯱の展示論」