国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

沿岸水域利用社会の変容:海洋環境保全と参加型開発

共同研究 代表者 松本博之

研究プロジェクト一覧

目的

従来の資源管理論では、生産者と生産地社会の調査研究に焦点があてられてきた。しかし、グローバリゼーションが著しい今日、生産地社会を外部世界との関係でとらえなおすことが重要であり、流通や消費地社会を併せた検討が必要である。本研究では、1)生産地社会の営みを流通・消費と連鎖する「フード・システム」としてとらえ、外部世界をふくめた新たな資源管理と環境保全の枠組みの可能性をさぐること、2)流通がグローバル化する過程で、国家政策による生産地社会へのインパクト、および国際分業体制の名のもとに、小商品生産者や観光対象として再編成されつつある民族社会と外部経済とのつながりを、文化人類学が蓄積してきたエスノ・ネットワーク論や政治生態学的な視点もふくめ、現代の社会問題の解決にむけて活用することに意義がある。

成果報告

1)のフード・システム、2)流通のグローバル化については、狂牛病および第三世界における生活水準の向上にともない、世界的な魚貝類受容の高まりがある。とくに東南アジア、中国において、消費増大ばかりか民族資本による水産加工業の台頭により、国際的な水産物流通の拠点に変動が見られることが明らかになった。

また、たとえば、マダガスカルのようにかつての自給生産の漁村が商品経済に取り込まれており、その点では華人社会のネットワークのなかで、ナマコ・フカヒレをはじめとした特殊海産物の開発が広域化している。(for. ex. マダガスカル、ハワイ、ガラパゴス)参加型開発という点で、NGOによる「フェアー・トレイド」の実施状況も探ったが、魚介類の場合、商品の品質管理がむずかしく、目下ほとんど試みられていない。

2)それにともなった初期の東南アジアにおける養殖漁業は養殖場の疲弊により、マングローブの植樹やホンダワラによる富栄養化防止など有機的な手法もふくめ、日本の大学の協力による改良技術開発の研究も試行されている。しかし一方で、たとえば、ヴェトナムなど、他地域における新たな沿岸水域の養殖場の開発も行われ、沿岸水域劣化の拡散がみられる。

3)日本のような資金力のある地域では、河川上流部での植林、有害生物の除去、サンゴ移植、人工海浜の造成など、沿岸水域の改良事業が進行しているが、その効果については未だ明確ではない。 また、熱帯水域にあっては、太平洋の島々やフィリピンの沿岸水域で、MPA(海洋保護区)の設定が行われている。その設定にあたって、たとえば太平洋のトンガとサモアのように、社会システムの違いが施行過程に大きく影響をおよぼすなど興味深い点も明らかになった。さらに南太平洋では、一部にサンゴ礁水域の環境保全を考慮したリゾート開発も進行するが、漁民の観光業への従事にともなって、海とのかかわりが希薄化し、海に関する知識の衰退も見られる。

4)知識の衰退、あるいは変容という点で、世界の先住民族の居住する地域では、海洋資源利用は「環境問題」「持続しうる開発」との絡みから、科学者と先住民との共同管理(Co-Management)が進行するが、その規制にともなった新たな社会問題も発生していることが報告された。
つまり、科学者の「資源管理」という視点が先住民の世界観を蝕んでいく傾向も見られる。

5)環境保全や環境回復を手助けするNGO、NPOの活動も、たとえば、スマトラ沖地震の場合、その成果主義のために、地元のリーダーの存在やアクセスの便が活動の効果を左右するために、活動の地域選択に大きな偏りが生じるなど問題を抱えていることも明らかになった。

2007年度

研究成果とりまとめのため延長(1年間)

【館内研究員】 飯田卓、岸上伸啓
【館外研究員】 赤嶺淳、池口明子、井上敏昭、岩崎まさみ、遠藤愛子、鹿熊信一郎、川辺みどり、関礼子、竹川大介、田和正孝、馬場治、浜口尚、福井真吾、松本博之、家中茂、山尾政博、渡部裕
研究会
2007年7月21日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第2演習室)
研究会の取りまとめに向けて
山尾政博ほか:アジア海域社会の復興と地域環境資源の持続的・多元的利用戦略
鹿熊信一郎:サンゴ礁の海洋保護区の動向―MPAの多様性・サイズ・里海
2008年3月20日(木)13:30~17:00(国立民族学博物館 第3演習室)
研究会の取りまとめに向けて
渡部裕:カムチャツカにおけるサケ漁業の資源管理上の課題
研究成果

発表の一つはスマトラ沖地震にともなったスマトラ島とスリランカにおけるNGOおよびNPOの沿岸漁村および沿岸海域の復旧活動である。彼らの活動の成否は地元リーダーとの連携がどこまでスムーズに進行するかが大きな要点であること、しかし一方でNGOおよびNPOの活動が短期的にその成果を問われるために、より成果の見え易い地域の選別や、またそうした地域への重点的な活動が行われるなどの問題点も明らかになった。また、サンゴ礁海域においては、サンゴ礁再生をめざした造礁サンゴ移植活動が進行し、一方ではそれが鑑賞用としても産業化されつつあることが明らかになった。最後に、研究会の一つの課題とした地域間比較および政治生態学的な視点からのカムチャツカにおける先住民サケ漁業について、政治制度の改編にともなう先住民漁業への影響、またツーリズムと連携した漁業をふくむ先住民文化の資源化、さらに最近のサケ・魚類資源の消費動向やサケ資源をめぐるグローバル化にともなった放流・養殖・蓄養などの影響と問題点が明らかになった。

2006年度

前年度の4回の研究会においては、東南アジアの資源開発・流通・消費、沖縄を中心とした東アジア海域における資源開発およびコモンズ論をふくむ参加型管理の検討をおこなった。今年度は1)NGOによる沿岸水域開発および資源管理への関与とその可能性、2)国家および地方政策と沿岸水域社会における資源管理の変容、3)小商品生産者とツーリズムによる民族社会の変容、4)北方海域、東南アジア海域、熱帯海域における沿岸水水域利用社会の資源開発、資源管理、流通過程の比較考察、のテーマで4回の共同研究会を実施する予定である。そのうちの1回については、国立法人民族学博物館において、科学研究費補助金「先住民社会における資源管理と流通」(岸上伸啓代表)グループと合同で、シンポジウムを開催する予定である。

【館内研究員】 飯田卓、岩崎まさみ(客員)、岸上伸啓
【館外研究員】 赤嶺淳、池口明子、井上敏昭、遠藤愛子、大村敬一、鹿熊信一郎、川辺みどり、スチュアート・ヘンリ、関礼子、竹川大介、田和正孝、馬場治、浜口尚、福井真吾、家中茂、山尾政博、渡部裕
研究会
2006年7月16日(日)13:30~(第3演習室)
福井真吾「東シナ海・日本海における新たな漁業秩序の定着に向けて」
赤嶺淳「生物多様性と漁撈文化の保全:ナマコ資源利用の事例から」
2006年9月30日(土)13:30~ / 10月1日(日)9:00~(名古屋市立大学人文学部棟)
秋道智彌「野生生物と地域社会」
内田至「野生生物保護にはたす水族館の役割」
浜口尚「捕鯨文化の多様性と現代社会」
遠藤愛子「コメント」
研究成果

本年度は海洋資源のグローバル化が進行する過程で次の諸点について検討を行った。1)生物多様性へのインパクトと国家や地方政府による政策の効果および地域住民への影響、2)商業流通に関してエスノネットワークの有する意味や魚価の高騰にともなう非合法組織の介入、さらには、3)密猟や違法操業に対する日本政府機関の取り締まりの実態などである。また一方では、長い歴史を有する水族館を取り上げ、海洋生物の保護および保全といった観点から、その功罪についても検討を行い、水族館やそれに類する商業・観光施設が生物保全の機能を果たす可能性が明らかになったが、「持続しうる開発」の名のもとに行われている海洋資源利用はその根拠となるcarrying capacityが曖昧であるために、有効に機能しにくい側面も明らかになった。

2005年度

【館内研究員】 飯田卓、岩崎まさみ(客員)、岸上伸啓
【館外研究員】 赤嶺淳、池口明子、伊澤あらた、井上敏昭、大村敬一、鹿熊信一郎、川辺みどり、スチュアート・ヘンリ、関礼子、竹川大介、馬場治、浜口尚、福井真吾、家中茂、山尾政博、渡部裕
研究会
2005年6月25日(土)13:30~(第1演習室)
沖縄沿岸水域の開発と保全
池口明子「沖縄鳥羽地内海における干潟の利用と開発」
浜口尚「沖縄県名護のピトゥ漁」
遠藤愛子「コメント」
関礼子「開かれる海 ─ イノー利用と地域社会変動」
2005年7月16日(土)13:30~(第3演習室)
立川陽仁「カナダ太平洋沿岸部におけるニシン漁業と先住民」
田和正孝「小規模漁業における漁獲量をいかに把握すればよいのか? ─ 南スラウェシとマレー半島のフィールドから」
2005年10月29日(土)13:30~(第4演習室)
宇仁義和「世界遺産の保護管理と地域住民の権利 ─ 知床の漁業と自然教育」
竹川大介「海という資源をどう考えるか ─ 海面共同利用とsanctuaryについて」
2006年3月18日(土)13:30~(第3演習室)
川辺みどり「厚岸漁民の植樹活動の展開 ─ 沿岸域管理の視点から」
家中茂「『自然の社会化』資源管理をめぐる社会関係の再編―慶良間海域のサンゴ礁を事例に(座間味での保全利用を中心に)」
研究実施状況

本年度は当初の計画通り、年4回、延べ9人の話題提供者による共同研究会を国立民族学博物館で行った。その研究会において、当初の共同研究構成員に不足していたアメリカ北西海岸、東南アジア・インドネシア漁村、日本の新たな自然世界遺産となった知床半島の沿岸水域漁業および流通部門の研究者を特別講師として招聘し、知見を広めた。

研究成果の概要

前年度の総論的なフレームワークの検討を基盤にして、今年度は各論として諸地域における沿岸水域の利用・保全・管理・流通の実態に焦点をあてた。沿岸水域の保全事業が進行する日本においては、沖縄の人工海岸の造成および北海道の河川流域の植林による沿岸水域管理の実態とその効果および問題点を浮き彫りにした。

一方、太平洋諸島および沖縄においては、沿岸水域の観光開発が進行する過程で、海洋保護区の設置や沿岸水域管理と観光開発との共存を計る試みが行われているが、資源・管理といった問題は単に自然生態系の次元にとどまらず、地域内外の社会関係のなかで顕在化するものであり、それらを総体として考察する重要性が共有された。

さらに、自然世界遺産の登録にあたっては、何よりも保全が優先され、その尺度としてグローバル・スタンダードが強要され、それまでのローカルな地域の論理と矛盾を来す側面があることも浮き彫りになった。

共同研究会に関連した公表実績

<出版物>

赤嶺淳
2005a International intervention is not the only way to save depleting resources, Journal of Chinese dietary culture 1(2) :1-30.
2005b Who is to be blamed? : Socio-cultural notes on blast fishing in the Spratly Islands, in the Proceedings of the 10th International Coral Reef Symposium. CD-Rom edition. 7pp.
2005c Trepang fisheries in change: In search of a better management approach in Wallacea, Eco-Celebeca 1(3): 205-220.
飯田卓
2006a ヴェズ漁民社会の持続的漁業をめぐる動向『地方独立制移行期マダガスカルにおける資源をめぐる戦略と不平等の比較研究:平成14-17年度学術振興会科学研究費補助金研究 基盤研究A(1)(研究課題番号14251104, 研究代表者:深澤秀夫)成果報告書』(印刷中)
2006b ミケアとヴェズ―マダガスカル南西部の菜食民、福井勝義・竹沢尚一郎編『サハラ以南アフリカ(講座 ファースト・ピープルズの現在―世界の先住民族 第5巻)』明石書店(印刷中)
2005a (名和純と共著)奄美大島北部、笠利湾における貝類知識―エリシテーション・データをとおした人-自然関係の記述、『国立歴史民俗博物館研究報告』123、pp.153-183.
2005b The past and Present of Coral Reef Fishing Economy in Madagascar: Implications for the Self-Determination of Resource Use, In Nobuhiro Kishigami and James savelle(eds.) Indigenous Use and Management of Marine Resources (Senri Ethnological Studies 67), Osaka:National Museum of Ethnology, pp.237-258.
池口明子
2005 農村発展における「伝統食」の意義と課題-EU諸国における研究のレビューから-『名古屋産業大学論集』6:17-24.
2005b 沖縄島羽地内海における漁船漁業の資源利用.『地域研究』(沖縄大学)1:77-90.
2005c (斉藤暖生・足達慶尚・野中健一・西村雄一郎と共著)ビエンチャン市サイタニー郡の市場における生物資源流通. 総合地球環境学研究所研究プロジェクト4-2 2004年度報告書『アジア・熱帯モンスーンにおける地域生態史の統合的研究:1945-2005』:359-369.
2005d 沿岸における環境の認識と改変-沖縄島を事例として-.溝口常俊・高橋誠編『自然再生と地域生態史:自然再生のための地域環境史創出プロジェクト報告書』名古屋大学大学院環境学研究科:18-26.
岩崎まさみ
『人間と環境と文化』清水弘文堂書房。
Kishigami Nobuhiro
2006 Contemporary Inuit Food Sharing 『人文論究』75:18-21。
川辺みどり
2005 北海道・厚岸町に見る「植樹活動」から「造林事業」への展開、『水資源・環境学会大会予稿集2005』1-6。
浜口尚
2006b カリブ海、セント・ヴィンセントおよびグレナディーン諸島国セント・ヴィンセント島における小型藝類捕鯨―その歴史、現況および課題について、『園田学園女子大学論文集』第40号、pp.63-71。
2006b 「モバイル時代の鯨捕り、『月刊みんぱく』30(1):20-21。
2005 沖縄県名護のピトゥ漁―その歴史、現況および課題について、『和歌山地理』25:64-69。
松本博之
2005 トレス海峡諸島民(Torres Strait Islanders)―生成する、生成される先住の人びと 前啓治・棚橋訓編『オセアニア(講座 ファースト・ピープルズの現在―世界の先住民族 第9巻)』明石書店 pp.78-97.
山尾政博
東南アジア漁業の持続的発展と住民参加型組織の展望、『協同組合研究』第24巻第3号(印刷中)
東南アジアの沿岸域資源管理と地域漁業、『地域漁業研究』Vol.46. No.1(印刷中)

2004年度

【館内研究員】 飯田卓、岸上伸啓
【館外研究員】 赤嶺淳、井上敏昭、岩崎まさみ、大村敬一、鹿熊信一郎、川辺みどり、スチュアート・ヘンリ、関礼子、竹川大介、馬場治、浜口尚、福井真吾、家中茂、山尾政博、渡部裕
研究会
2004年12月19日(日)13:30~(第4演習室)
松本博之「研究会の趣旨説明」
山尾政博「東南アジアの沿岸水域資源管理の潮流と地域社会 ─ Community-based resource management を超えて ─」
岩崎まさみ「カナダ先住民の海洋資源利用とグローバル化する問題」
2005年3月26日(土)13:30~(第4演習室)
鹿熊信一郎「熱帯域における沿岸資源共同管理 ─ 水産資源・生態系・ツーリズムの統合的管理への課題と対策」
馬場治「東カリマンタンにおけるエビ養殖業の実態と地域開発の課題」
研究成果

まず、研究代表者から、研究目的に盛り込まれた、今後2年半にわたる研究会の主旨説明をおこなった。これまでの研究動向と本研究会における新たな視点と目的を概説し、共通理解を得た。そうした概説の上に立ちながら、1)旧来からの問題意識の継続でもある極北地域におけるコミュニティと政府とのCo-management(共同管理)に関するフレームワーク、2)東南アジアをベースにした水産資源開発の現状および東アジア域における国際的なフード・システム分析のフレームワーク、3)水産資源管理の立場からの亜熱帯・熱帯域における漁場管理システムに関するフレームワーク、より実践的な4)東南アジアにおける漁場保全および回復政策に関する参加型開発のフレームワークの発表と質疑が行われた。研究目的からみると、コモンズ論やより直接的な沿岸水域利用社会の変容に関するフレームワークの検討は次年度に先送りしなければならなかったが、従来の共同研究会の視点を補完するうえで、今年度の学際的なフレームワークの検討は意義があった。