国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

伝統芸能の映像記録の可能性と課題

共同研究 代表者 福岡正太

研究プロジェクト一覧

目的

この研究は、伝統芸能の映像記録の実例について、その理論的前提、撮影・編集の方法論、保存・管理の実態、活用状況など様々な観点から検討を加え、望ましい映像記録のあり方について総合的に考えることを目的とする。伝統芸能の記録は、伝統芸能の保護および振興政策と密接に関連してきた。その前提となっている保護・振興すべき「伝統」の観念についても、学術的な見地から批判の目を向ける。また、この研究を通して、伝統芸能の映像記録を行ってきた諸機関とのネットワークを構築し、映像記録に関する諸問題についての持続的な情報交換、さらには共同の映像記録の作成・情報共有・相互の資料活用等のプロジェクトへとつなげていきたい。民博は、民族誌的な映像の製作(芸能の記録もその中に数多く含まれている)において豊富な経験をもっている。これから映像記録を行おうとする人々、また、映像資料を活用しようとする人々にとって、単なるノウハウにとどまらない総合的な指針を示すことは、民博の1つの使命であると言ってもよいだろう。

研究成果

この共同研究では、機関研究「伝統芸能の映像記録の可能性と課題」および日本学術振興会からの受託研究「伝統と越境―とどまる力と越え行く流れのインタラクション―」と連動して、芸能の映像記録作成にかかわった経験をもつメンバーにより、記録対象となった芸能の関係者を交えた映像の上映と意見交換、芸能の調査撮影なども行いながら、芸能の映像記録のあり方について議論を深めた。

動きと音を記録し再生することができるビデオ映像は、芸能の記録に適した媒体である。さらに、文字では描写しきれない人間の動作や表情、声などを具体的に記録できるため、学術的な記録を読み解く訓練を積んだ者ばかりでなく、より多くの人々に直観的に情報を伝達することができる。この研究では、こうした映像の可能性を踏まえ、学術的な芸能の記録映像を、より多くの人々、特に記録対象となった芸能にかかわる人々にとっても意味あるものとして活用することが必要であるとの認識に至った。

2008年度

研究成果取りまとめのため延長(1年間)

【館内研究員】 笹原亮二、寺田吉孝
【館外研究員】 梅田英春、大森康宏、尾高暁子、久万田晋、俵木悟、藤岡幹嗣
研究会
2008年5月18日(日)13:30~17:30(国立民族学博物館 第3演習室)
硫黄島撮影取材成果のとりまとめについての打ち合わせ
映像上映会についての打ち合わせ
成果出版についての打ち合わせ
2008年7月13日(土)11:00~18:00(国立民族学博物館第4演習室)
硫黄島2007取材分編集確認
硫黄島2008撮影取材計画について
報告書出版についての打ち合わせ
研究成果

a)多声的な映像民族誌の実験として、2007年度に鹿児島県三島村硫黄島において調査撮影した八朔太鼓踊りの映像を、各メンバーがそれぞれ仮に編集し比較を行った。同じ芸能を撮影しても、それぞれの視点からかなり異なった側面に注目していることが、具体的なイメージにより明らかになった。一方で、硫黄島での上映会用に映像を仮編集する際には、一定のストーリーに従い映像を編集しなければならないことも確認した。多声的な映像民族誌のあり方の検討が課題として残った。

b)硫黄島、喜界島、カンボジア等での一連の映像上映および意見交換を通して、芸能の記録映像を視聴することは、芸能の演者が、自らの芸を振り返るとともに、芸能が置かれている状況について考え、その上演や伝承のためのアイディアを交換する良い機会となることが明らかとなった。同時に、芸能関係者と私たち研究者の映像上映を通じた対話は、それぞれに新しい知見と芸能に対するより深い理解をもたらした。そこから、映像記録が、芸能の上演や伝承の過程から切り離されて存在するのではなく、芸能をめぐる社会的なプロセスの中で一定の位置を占めうることを確認した。

2007年度

本年度は、以下の作業を想定している。

  1. 日本各地の教育委員会や博物館等が作成した芸能の映像記録について情報を集め、その制作、保存、活用の実態を踏まえながら、望ましい芸能記録のあり方、活用の方法等について議論を行う。上映会と討論の一部は、一般にも公開する形で実施したい。
  2. 研究会での議論を参考にしながら、メンバーにより実際に芸能の映像記録を行い、芸能の映像記録の諸問題を実践のレベルでも検討する。取材対象には、鹿児島県三島村(硫黄島)を想定している。
  3. 日本学術振興会からの受託研究(人社プロジェクト)とも連動させながら、民博で撮影した奄美大島各地の芸能記録を現地にて上映し、撮影対象となった人びとと一緒に、望ましい芸能記録の方法、およびその活用のあり方について検討したい。
【館内研究員】 飯田卓、笹原亮二、寺田吉孝
【館外研究員】 梅田英春、大森康宏、小塩さとみ、尾高暁子、管聡子、久万田晋、田井竜一、高松晃子、俵木悟、藤岡幹嗣、藤原貞朗、藤本寛子
研究会
2007年5月27日(日)13:00~17:00(国立民族学博物館 第3演習室)
内田順子「映画の資料批判的映像分析-初期の記録映画の事例から」
2008年3月9日(日)13:00~17:00(国立民族学博物館 第4演習室)
硫黄島記録ビデオの編集方針について (全員)
研究成果

A)記録映像を研究資料として用いるためには、撮影の状況とコンテクスト、編集における操作などについて、慎重に吟味し資料批判すべきであることを確認した。

B)実際に芸能の撮影記録を行う中で、伝統芸能の映像記録は、記録対象とする芸能を支えてきた人々との共同作業として行うべきであることを改めて確認した。近年、映像記録は芸能の保護・保存と結び付けられて論じられることが多いが、実際の映像記録においては撮影者の都合が優先されたり、番組の編集と公開において芸能関係者の声を反映する機会がないなど、関係者から離れたところで映像が独り歩きするケースが多い。記録映像の撮影・編集・公開を、芸能の伝承・上演活動と密接にかかわるものとして位置づけて捉える必要がある。

C)『奄美大島の八月踊り』の上映会は、集落の別を超えて関係者が集まり、それぞれの八月踊りについて知り、議論を深める良い機会となった。八月踊りの関係者にとって、どのように芸を伝承していくかが大きな課題となっており、踊りやその文化的脈絡の記録ばかりでなく、伝承における様々な工夫を記録して共有する必要性があることも、議論の過程で明らかになった。なお、この上映会・意見交換会における議論については、笹原亮二編2008にまとめた。

2006年度

本年度は、以下の作業を想定している。

  1. 伝統芸能の保護・振興政策と映像記録作成のかかわりについての議論
    日本を主な事例として、どのような伝統芸能の保護・振興政策がとられ、その中で映像記録がどのように位置づけられ実施されてきたのかを議論する。
  2. 芸能関連映像資料のアーカイブの現状
    日本及び諸外国において、芸能の映像記録がどのようにアーカイブされているかの現状について議論し、その問題点と将来について議論する。
  3. 伝統芸能の映像資料の批判的検討
    これまで民博及び国内外の他の機関によって作成された伝統芸能に関する映像を実際に視聴し、その作成プロセス、撮影・編集の方法、保存・管理と活用の現状について批判的に検討を加える。

以上を踏まえながら、芸能の映像記録の望ましいあり方について議論を重ねると同時に、関係機関、関係者とのネットワーク構築に努める。

【館内研究員】 飯田卓、大森康宏、笹原亮二、寺田吉孝
【館外研究員】 梅田英春、小塩さとみ、尾高暁子、管聡子、久万田晋、田井竜一、高松晃子、俵木悟、藤岡幹嗣、藤原貞朗、藤本寛子
研究会
2006年12月21日(木)14:00~(第3演習室)
福岡正太「芸能の映像記録共有化における諸問題」
全員討論「共同プロジェクト立ち上げの可能性について」
2007年2月17日(土)14:00~(第3演習室)
久万田晋「奄美民俗芸能の映像記録の可能性と課題」
笹原亮二「コメント」
研究成果

(1)伝統芸能の映像記録の共有化について議論をおこない、特に、記録した芸能をになう社会において映像の利用を可能にすることの重要性について認識を深めた。日本の地方自治体等が映像プロダクションに制作を委託した場合、制作者の権利との関連で映像の二次利用等が難しくなる場合が多いが、演者の権利を考慮することや地元社会における映像活用を広く可能にすることも同時に考えるべきだろう。

(2)映像制作の目的や想定する視聴者等により撮影や編集のやり方は異なってくるが、学術的な目的をもった映像の場合、撮影においても編集においても、時間をかけてじっくりと対象を捉えることの必要性を再確認した。また、完成された映像作品のみを納入させる委託制作方式では、丹念に記録された映像を前提とした学術的な映像の二次利用等が困難であり、学術機関がおこなう映像記録において工夫が必要である。

2005年度

【館内研究員】 飯田卓、大森康宏、笹原亮二、寺田吉孝
【館外研究員】 小塩さとみ、尾高暁子、管聡子、久万田晋、田井竜一、高松晃子、俵木悟、藤岡幹嗣、藤原貞朗、藤本寛子
研究会
2005年10月28日(金)14:00~(第6セミナー室)
民博ワークショップ「初期録音資料群の言語学・民族音楽学研究上の価値 ─ 1900年パリ万博時の日本語録音を焦点に」に共同研究会として参加
2006年3月11日(土)10:00~(第4演習室)
福岡正太「民博における伝統芸能の映像記録作成~カンボジアを例に」
戸加里康子「マレーシア・クランタン州におけるワヤン・クリ(影絵芝居)禁止政策をめぐって」
TAN Sooi Beng "Filming Shadow Puppet Theatre in Malaysia"
Eddin KHOO "Fragmented Utopias: The Politics and Prospects of Visual Documentation of the Wayang Kulit Siam of Kelantan"
総合討論「マレーシア伝統芸能の映像記録について」
研究成果

(1)フランスの代表的なサウンドアーカイブである人類博物館民族音楽学研究所がもつ20世紀初頭の日本語録音を例に、初期の学術的な音声記録と付随する情報について情報を得た。また、ヨーロッパにおける初期の音響アーカイブ資料は、言語学と音楽学の双方にまたがるものであり、音響アーカイブについて検討する際に、両者の協力が不可欠であることを再認識した。

(2)イスラーム系の政党が多数派を占め、伝統芸能の上演にも大幅な制限が加えられているマレーシア・クランタン州の状況と、そうした状況の中でこれまでどのような映像記録が行われてきたかについて理解を深め、近い将来、民博を中心とした共同プロジェクトとして芸能の映像記録を行う可能性について議論を深めた。

共同研究会に関連した公表実績

福岡正太 2006「伝統の継承、創造の研究と映像記録の活用-機関研究:伝統芸能の映像記録の可能性と課題」『民博通信』112: 18-19。