国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

脱植民地期オセアニアの多文化的公共圏の比較研究

共同研究 代表者 柄木田康之

研究プロジェクト一覧

目的

本研究はオセアニアの国家と市民社会の間に見られる文化的重層および乖離関係を理論化することを目的とする。

オセアニア諸国家は、多文化的植民地接触の結果として成立し、国家間システムによって維持されている一方、市民社会としてのありかたは多様である。本研究はオセアニアの国家と市民社会の研究という目的のため、ふたつの課題を設定する。第一は、国家間システムによって維持されるオセアニアの国家が、領域内のモザイク的生活世界と接合する公共圏の構造を明らかにすることである。第二は、国土の狭小隔離性のために、生活基盤を領域外に求める移民と母社会の間の社会関係によって維持される脱領域的公共圏の特質を明らかにすることである。

この二点を明らかにすることで、本研究は公共圏概念を、複数の生活世界が接合するコミュニケーションの場、つまり多文化的公共圏へと拡張する。

研究成果

国家と対置される市民社会を基礎づける自由な意見表明の場としての公共圏は、ヨーロッパ中心主義、階級的分節の軽視、領域限定性の破綻など、その分析能力が様々な角度から批判されている。初期の研究会の議論では、支配的公共圏とは異なる対抗的公共圏、脱領域的公共圏の存在が指摘される一方、共同体的秩序が支配的な地域での公共圏概念の有効性が議論となった。研究の進展の結果、議論の中心は、オセアニアの公共圏を特徴づける、地域レベルから、さまざまな中間カテゴリーをへて国民にいたる、重層的な集団的アイデンティティのあり方や、中間カテゴリーの表象の様式に移行した。 以上の議論を踏まえて研究会は、オセアニアの新興国の公共圏の特徴を多文化的公共圏の重層性として析出した。研究会はハーバーマスの市民的公共圏の概念は規範的に過ぎ、しばしばサバルタン的対抗的公共圏を排を除、隠蔽すると批判する。多文化的公共圏はハーバーマスの公共圏の概念を、複数の生活世界が接合するコミュニケーションの場、と拡張したものである。新興国の市民社会はNGO、NPO等の市民組織ばかりではなく、伝統的地域社会、民族集団、教会組織等に基盤をもつ中間集団から構成される。前者は単配列的公共圏、後者を多配列的公共圏と区分されるが、本研究会は後者を排除せず、むしろ分析の中心とした。この結果、本研究会は太平洋島嶼国の多様な公共圏が国家と共同体の間の中間集団として生起する事例を分析するばかりでなく、現地の多文化的公共圏とNGO、NPO等の市民組織の関係を分析しうる理論的意義を指摘した。

2009年度

国家と対置される市民社会を基礎づける自由な意見表明の場としての公共圏は、ヨーロッパ中心主義、階級的分節の軽視、領域限定性の破綻など、その分析能力が様々な角度から批判されている。研究会の議論では、支配的公共圏とは異なる対抗的公共圏、脱領域的公共圏の存在が指摘される一方、共同体的秩序が支配的な地域での公共圏概念の有効性が議論となった。

研究の進展の結果、議論の中心は、オセアニアの公共圏を特徴づける、地域レベルから、さまざまな中間カテゴリーをへて国民にいたる、重層的な集団的アイデンティティのあり方や、中間カテゴリーの表象の様式に移行した。

今後延長された研究期間で、研究会メンバーの執筆する論文構成を確定する。

【館内研究員】 白川千尋、須藤健一、丹羽典生
【館外研究員】 石森大知、市川哲、伊藤泰信、遠藤央、小柏葉子、風間計博、春日直樹、熊谷圭知、 倉田誠、関根久雄、棚橋訓、福井栄二郎、宮内泰介、山本真鳥、吉岡政德
研究会
2009年7月25日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
2009年7月26日(日)10:00~13:00(国立民族学博物館 第1演習室)
全員「成果刊行のための報告・検討」
2010年2月6日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第1演習室)
全員「成果刊行の進捗状況の報告・検討」
研究成果

本研究会は脱植民地期のオセアニアを対象として、新興国の公共圏の特徴を多文化的公共圏の重層性として析出した。研究会はハーバーマスの市民的公共圏の概念は規範的に過ぎ、しばしばサバルタン的対抗的公共圏を排除、隠蔽すると批判する。多文化的公共圏はハーバーマスの公共圏の概念を、複数の生活世界が接合するコミュニケーションの場、と拡張したものである。新興国の市民社会はNGO、NPO等の市民組織ばかりではなく、伝統的地域社会、民族集団、教会組織等に基盤をもつ中間集団から構成される。前者は単配列的公共圏、後者を多配列的公共圏と区分されるが、本研究会は後者を排除せず、むしろ分析の中心とした。この結果、本研究会は太平洋島嶼国の多様な公共圏が国家と共同体の間の中間集団として生起する事例を分析するばかりでなく、現地の多文化的公共圏とNGO、NPO等の市民組織の関係を分析しうる理論的意義を指摘した。

2008年度

今年度は国立民族学博物館で4回の研究集会を開催する。

これまでの成果を踏まえて、研究会は新興オセアニア国家の脆弱性が浮き彫りにする国民形成の文化論的側面に焦点をあてる。

個別の事例研究では、1)国民形成を支える支配的公共圏に対抗する公共圏の存在、2)領域国家を超える脱領域的公共圏の存在に留意し、3)言説の場としての公共圏を支えるイディオムの対抗的創造や親密圏のイディオムの流用に注目し、多様な公共圏を基礎づける言説の在り方を検討する。

また今年度は本研究の最終年度であるため、研究成果発表のために関連学会でのシンポジウム開催ならびに成果刊行のための総合討議を実施する。

【館内研究員】 市川哲(機関研究員)、白川千尋、福井栄二郎(外来研究員)
【館外研究員】 石森大知、伊藤泰信、遠藤央、小柏葉子、風間計博、春日直樹、熊谷圭知、倉田誠、須藤健一、関根久雄、棚橋訓、丹羽典生、則竹賢、宮内泰介、山本真鳥、吉岡政德
研究会
2008年6月28日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第3演習室)
風間計博「フィジーの都市中間層にみるバナバ人ナショナリズム」-公共圏概念の適用可能性-
須藤健一「トンガ王国のストライキと民主化運動から公共圏を考える」
2008年10月18日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第1演習室)
市川哲「トランスナショナルな公共圏?:パプアニューギニア華人にとっての言語、メディア、帰属意識」
熊谷圭知「パプアニューギニアにおける「多文化公共圏」の可能性-ポートモレスビーのセトゥルメント住民と開発援助・NGO-」
2008年12月6日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
石森大知「媒介としての宗教的公共圏-ソロモン諸島村落部における教会・開発・NGO」
宮内泰介「ソロモン諸島マライタ島のアブラヤシ・プランテーション開発計画にみる住民・政府・公共圏」
2009年1月10日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第1演習室)
柄木田康之「中間カテゴリーとしての公共圏-レメタウとカピンガマランギの生成-」
棚橋訓「ポリネシアのbeachで公共性について考える」
2009年3月15日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
吉岡政徳「オセアニアにおける公共圏、親密圏の出現」
全体討論「オセアニアの多文化的公共圏における親密圏離脱のイディオム」
研究成果

研究の進展の結果、オセアニアの公共圏を特徴づける、地域レベルから、さまざまな中間カテゴリーをへて国民にいたる、重層的な集団的アイデンティティのあり方や、中間カテゴリーの表象の様式を課題の中心とした。

須藤はトンガの民主化運動が、柄木田はヤップ離島の公務員の地方分権運動が、熊谷はポートモレスビーの移民コミュニティーの選挙、開発計画が、宮内はソロモン・マライタ島の民族紛争に対する忌避感と開発プロジェクトが、個別的な親族集団、村落、島嶼を超えて中間カテゴリーを形成するあり様を報告した。また石森は、従来、公共権の議論からは排除されてきた宗教に注目し、ソロモン諸島の憑依経験の共有に基づくコミュニティー運動を報告し、棚橋はコミュニケーションの場の境界としてのビーチに注目した。

国際移民ネットワークを脱領域的公共圏と見なす観点には問題点が指摘された。市川はオーストラリアとPNGの華人が、エスニシティによる脱領域的な公共圏を形成するのではなく、出身言語、歴史的経験の差異によって分断されるとする。風間はフィジー在住のバナバ人中産層の基盤が市民的要求であるより、キリバス・フィジー政府双方に対する抵抗であるとする。

吉岡はヴァヌアツとツバルの都市社会を比較し、単/多配列の観点から公共権、親密圏の区分を批判し、中間領域分析における概念精査の必要性を指摘した。

2007年度

本年度は国立民族学博物館で4回の研究集会を開催する。主要な研究課題は、第一に国家組織と多文化公共圏の関係、第二に国家を超える脱領域的公共圏の形成である。前者については官僚制とエリート層の形成、法を中心とする国家システムと生活世界の関係、多様な市民運動のあり方を検討し、国家と市民社会の関係を明らかにする。後者に関しては、国際移民により形成される脱領域的公共圏の特質を検討する。研究集会では、オセアニア地域からの民族誌的研究にもとづく報告と、社会学、国際関係論等の異分野の研究者を含めた批判的な討論を行う。

【館内研究員】 市川哲(機関研究員)、白川千尋、福井栄二郎(外来研究員)
【館外研究員】 石森大知、伊藤泰信、遠藤央、小柏葉子、風間計博、春日直樹、熊谷圭知、倉田誠、須藤健一、関根久雄、棚橋訓、丹羽典生、則竹賢、宮内泰介、山本真鳥、吉岡政德
研究会
2007年7月14日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第1演習室)
福井栄二郎「『かけがえない私』を禁止する-ヴァヌアツ・アネイチュム島の土地・個人名・親密園」
丹羽典生「新たな公共権形成への模索-フィジー、ラミ運動を事例とする一考察」
2007年10月20日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第2演習室)
関根久雄「ソロモン諸島における開発的公共圏とNGO」
倉田誠「サモアにおける公衆衛生と公共圏」
棚橋訓「コメント」
2008年1月26日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
伊藤泰信「公共圏のインフラストラクチャーとマオリ=テレビジョン;オルタナティブな言説空間(群)の創設をめぐって」
山本真鳥「サモア社会に公共空間は存在するか?」
2008年3月15日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第1演習室)
柄木田康之「ヤップ州離島の伝統的首長会議、公務員アソシエーションと公共圏」
小柏葉子「オセアニアにおける「地域的公共圏」-太平洋島嶼フォーラムと市民社会のダイナミクス」
研究成果

研究会は新興オセアニア国家の国民形成の文化論的側面に焦点をあてた。

個別の事例研究では、丹羽はフィジーの反伝統主義的農村開発運動、関根はソロモン諸島の中央政府偏重の開発政策に対抗する州民アイデンティティの形成、山本はサモア都市部と村落部で異なる社会的コミュニケーションの様式の違いを報告し、それぞれ国民形成を支える支配的公共圏に対抗する公共圏の存在を指摘した。

また福井はバヌアツ・アネイチェム島における伝統回帰運動、柄木田はヤップ離島の公務員アソシエーション形成、倉田はサモアの公衆衛生政策受容における、公共圏のイディオムの対抗的創造や、親密圏のイディオムの流用を報告し、多様な公共圏を基礎づける言説の在り方を検討した。さらに伊藤はニュージーランドの二文化政策におけるマオリTVに注目し、対抗的言説の場をささえるインフラストラクチャーについて検討した。また小柏は、国際関係論の立場から,領域国家間の地域連合体である南太平洋フォーラムと協調する国別NGOの連合が国家を超えた脱領域的公共圏の存在を形成していることを指摘した。

2006年度

本研究は以下の課題を設定する。この課題に基づき、初年度2回、第二・三年度に4回の研究集会を開催する。研究集会では、オセアニア地域からの民族誌的研究にもとづく報告と社会学、国際関係論等の異分野の研究者を含めた批判的な討論を行う。

 I 脱植民地期オセアニアと公共圏論批判
 II ヘゲモニーによる国民文化と地域文化の接合
   1)国民文化と伝統の創造論批判
   2)伝統的首長制と国民統合
 III 国家組織と多文化的公共圏
   1)教育,医療,官僚制とエリート層の形成
   2)多元法と生活世界
   3)市民運動、協同組合、NGO
 IV 脱領域的公共圏
   1)人口移動とエリート層の形成
   2)移民の形成するコミュニティとネットワーク
   3)国家を超える地域機構の形成
 V 総括

報告と討議が一定の進捗がえられた段階で、シンポジウム形式の研究会を行い、オセアニアにおける多文化的公共圏の歴史的転換を総括する。

【館内研究員】 市川哲(機関研究員)、白川千尋、福井栄二郎(外来研究員)
【館外研究員】 石森大知、伊藤泰信、遠藤央、小柏葉子、風間計博、春日直樹、熊谷圭知、倉田誠、須藤健一、丹羽典生、則竹賢、宮内泰介、山本真鳥、吉岡政德
研究会
2006年11月18日(土)13:30~(大演習室)
柄木田康之「オセアニアで公共圏を問うこと」
全員「今後の研究計画」
2007年1月27日(土)13:30~(大演習室)
春日直樹「公共性と社会についての一考察」
遠藤央「ミクロネシアの植民地期・脱植民地期における公共圏の形成と破綻 ─ とくにパラオを中心として」
研究成果

本年度はこれまでにオセアニアで用いられた公共圏概念の検討と近年公共性・公共圏概念に向けられた批判を検討し、共同研究の方向性を確認し、ミクロネシアからの事例研究を検討した。

柄木田、春日はハーバーマス・アレント等の公共圏・公共性の議論を整理し、これまでにオセアニアの市民社会に適用された市民社会、公共圏概念の問題点を検討した。自立した市民が自由に討議を行う場としての公共圏概念を共同体の語りが決定的なオセアニア社会に適応する問題点が指摘される一方、ハーバーマスの公共圏概念自体がドミナントな公共圏を前提とし、対抗的公共圏、サバルタンな公共圏、脱領域的公共圏成立の可能性が指摘されていることを確認した。また公共圏と親密圏の二元論も公共圏の基礎にさまざまな親密圏のイディオムが流用され、公共圏と親密圏の区分自体が相対的であることが確認された。事例研究では柄木田はヤップ州離島の島嶼アイデンティティが公務員のアソシエーションの基盤に流用される過程の、遠藤はパラオ独立の過程でパラオからの国際移民が形成した脱領域的公共圏の民族誌的報告を行った。