国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

日本における移民言語の基礎的研究

共同研究 代表者 庄司博史

研究プロジェクト一覧

目的

近年の外国人の急増にともない、日本ではニューカマー外国人のもたらした言語(移民言語)の存在が関心の対象となりつつある。しかし旧来のコリアンの言語に関しての研究の蓄積を含めても、多様化している移民言語の全体像は明らかにされていない。本研究では、日本の移民言語を体系的に研究する上で前提となる、移民言語の現状把握、および今後の移民言語研究のための理論的、技術的枠組みの構築をめざしたい。具体的には、1)日本における移民言語研究(言語接触、干渉、コードミキシング・変化などの言語実体にかかわる分野、使用場面・言語領域・言語機能など言語使用にかかわる分野、言語交替、言語話者など言語維持にかかわる分野)の把握、2)1とミクロ、マクロのレベルで深くかかわる理論、方法論の構築、および日本における移民言語研究の課題の検討整理、3)2の手段として、特に日本においてみられる移民言語をとりまく顕著な状況、問題に焦点をあてるため、先行しているいくつかの移民言語調査研究をモデルケースとしてとりあげ検討する。

研究成果

研究期間2年半の間に研究会を15回実施し、29報告がおこなわれた。発表内容として、研究期間前半は、メンバーが関わってきた移民コミュニティを中心に移民言語状況の概要が報告され、並行して日本の移民状況や移民政策、バイリンガル理論、移民への日本語教育などについて情報の共有をおこない、期間の後半では、各移民コミュニティの言語状況や言語問題についての個別報告とならび、ヨーロッパ、カナダ、サハリンにおける移民言語の維持、教育に関する報告があった。

日本の移民言語の現状に関して以下のことが指摘された。移民言語によりコミュニティにおける使用、維持状況が大きくことなるが、これはコミュニティとホスト社会との関係による場合が多くみられる。また当該言語のホスト社会における地位、経済価値も大きく関わっている。両親の母語が異なる家庭において、いずれが子どもの第一言語となるか、いずれが家庭語となるかも同様の条件が作用することが多い。一般に移民コミュニティの日本語(特に自然)習得と移民言語維持とは反相関関係にある。自然習得の困難な読み書き能力の不足は、しばしばコミュニティ、家族内部で克服手段が存在する。一方、日本語の不自由な両親に対し日本語を習得した子どもが社会との言語仲介者となる例が多いことも指摘された。

移民言語は世代の進行にしたがいホスト言語に交替する傾向にあるが、まず一般的に実質的内容の伝達手段から儀礼的内容の表現手段へと移行しやすい。一方で、その交替の過程でもしばしばニューカマーの登場が移民言語を再活性化させる場合がある。移民言語の存続の一形態として、ホスト言語との混用がみられる。一般に移民は、家族、出身地位、国家によりコミュニティを形成するが、南米スペイン語圏出身者のように、言語コミュニティも出現する例がある。また移民言語コミュニティの活動の指標としての言語景観、エスニックメディア研究の重要性も指摘された。

移民言語研究の課題も指摘された。第一に研究全体のいびつさである。コリアンの言語使用についての研究が多面において進展しつつあるのに比べまだ多くの移民コミュニティに関しては、日本語教育の分野以外では、未踏査の部分が多くある。一方で、移民言語の使用、維持、および政策と大きく関わる日本人側の言語意識に関しても調査の必要性が確認された。移民の社会統合が現実問題化しつつあるなか、「母語」教育の重要性が認識されているが、一つの形態として外国人学校の役割の再評価の必要性がある。また関連研究分野に通じることであるが、「移民」「移民コミュニティ」「移民言語」「ホスト言語」「コミュニティ言語」等の基本的用語・概念の確立も今後必要である。

本研究の一つの成果としては、今まで移民言語研究としての領域でほとんど横の連絡がなく、独自の方法でおこなわれていた個別研究が研究者当事者あるいは参考文献として紹介されたことで、日本における移民言語研究の全体像がほぼ把握できたこともあげられる。

2009年度

本年度は昨年度に引き続き、本研究課題に関わる研究報告をおこなう。

並行して、昨年度から継続している移民言語に関する言語意識の調査方法、およびデータの分析結果野間とまとめ方を論議する。またこれからの研究を視野にいれ移民言語関係の文献についてのサーベイの手法についても討議する。

【館外研究員】 井上史雄、オストハイダ・テーヤ、金美善、窪田暁、真田信治、渋谷勝己、宋実成、ダニエルロング、平高史也、中野克彦、マジェッツアグネシカ、山本雅代、渡戸一郎
研究会
2009年6月20日(土)12:30~18:00(国立民族学博物館 第1セミナー室(打ち合わせ)、第5セミナー室)
本年度研究打ち合わせ 全員
庄司博史「多言語化研究の可能性」(公開研究フォーラム「多言語化する日本社会」基調講演)
金美善「移民女性と言語問題」他、パネル討論への参加
2009年10月17日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
重松由美(名古屋大学非常勤講師)「在日ブラジル人の「デカセギ語」の多様性」
ダニエル・ロング(首都大学東京)「茨城県大洗町の日系インドネシア人コミュニティの言語生活調査」
2009年12月20日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
窪田暁「ドミニカ系コミュニティにおける言語使用について―神奈川県愛川町での調査報告から―」
井上史雄「移民言語の景観から見る経済とアイデンティティー」
本間勇介「エスニック地域における言語景観」
2010年2月27日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
中野克彦(立命大学非常勤講師)「「在日中国人のエスニック・メディアと言語状況に関する考察:1990年代後半~2000年代の状況を中心に(仮題)」」
渡戸一郎(明星大学教授)「外国人集住地域における「ローカルな公共性の再構築」が意味するもの―日系ブラジル人の集住団地の事例から―」
真田信治(奈良大学教授)「「母語」「言語権」「国語vs.日本語」に対する日本人学生の態度」
2010年3月19日(金)13:00~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
陳於華(中京学院大学)・薛鳴(愛知大学)「在日中国人子女の言語使用意識とエスニシティ」
渋谷勝己「残存日本語の言語生態学的研究」
藤井久美子(宮崎大学)「バンクーバーに暮らす華僑華人の英語習得、使用について―S.U.C.C.E.S.S.の英語会話教室でのアンケートを中心に―」
研究成果

本年度6月には、民博公開フォーラム「多言語化する日本社会」において、本共同研究と関わるテーマで移民言語研究の現状について代表者が基調報告をおこなった他、金美善、宋実成が、パネル報告および研究発表をおこなった。また在日南米スペイン語(ドミニカ移民)コミュニティ、中国系コミュニティ、日系ブラジル人コミュニティ、日系インドネシア人コミュニティの言語状況にかんする調査事例報告があり、それぞれのコミュニティティとホスト社会との関係により、言語使用、維持状況が大きくことなる一方、日本語の不自由な両親に対し日本語を習得した子どもが社会との言語仲介者となる例なども多くみられた。移民言語コミュニティの活動のあらわれとしての言語景観、エスニックメディア研究の重要性が指摘されたほか、ホスト社会の言語意識、対移民意識などにられる変化などについての報告もあり、移民や移民言語をとりまく要素について多角的な考察がおこなわれた。また年度後半ではまとめを視野に入れたメンバーの成果構想が提示された。

2008年度

本年度は昨年度に引き続き、前半では、参加メンバーにより、たずさわってきた移民言語研究の紹介をし、本プロジェクトにおけるそれぞれの研究の担当を明確化する。本年度後半では、各自の研究にかかわる部分で、いままで日本でおこなわれてきた移民言語研究のサーベイをおこない、それらにかかわる理論的、方法論の整理、あらたな理論構築の可能性をさぐる。同時に、今後日本における移民言語を対象として実施可能で具体的な研究の課題、方法論を明確にしていきたい。これと並行して、1)日本移民言語に関する研究文献、および2)統一した調査項目をもちいて、移民言語の使用実態、話者の言語意識、言語能力、教育実態等についての調査をおこなうことも予定している。

【館外研究員】 井上史雄、オストハイダ・テーヤ、金美善、窪田暁、真田信治、渋谷勝己、宋実成、ダニエルロング、平高史也、マジェッツアグネシカ、山本雅代、渡戸一郎
研究会
2008年6月7日(土)13:00~18:00(関西学院大学大阪梅田キャンパス 1406室)
オストハイダ・テーヤ「日本における外国人とのコミュニケーション ―そのイメージと実態―」
平高史也「日本における移民言語研究―習得と使用を中心として」
2008年7月26日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館第3演習室)
庄司博史「関西圏大学学生の外国語・外国人意識に関する予備調査について(仮題)」
金美善「関西圏大学学生の外国語・外国人意識に関する予備調査データの分析(仮題)」
2008年10月18日(土)13:00~18:30(国立民族学博物館 第4演習室、第5セミナー室)
13:00-13:30(4階第4演習室)
13:30-18:30(2階第5セミナー室)
胡士雲氏(四天王寺大学人文社会学部 助教授「在日中国人の言語生活について」
Guus Extra氏(オランダ、Tilburg 大学人文学部 教授)「Dealing with increasing diversity in multicultural Europe」
2008年12月7日(日)13:00~17:30(関西学院大学大阪梅田キャンパス 1406・1003室)
宋実成氏(大阪府立池田北高校 特別非常勤講師)「在日朝鮮人2世以降の言語使用について-朝鮮語方言との関わりを中心に-」
Daniel Long氏 (首都大学東京 准教授)「石垣島の台湾系コミュニティとその言語生活」
2009年1月25日(日)13:00~17:30(国立民族学博物館 大演習室)
金美貞氏(大阪大学文学研究科・特任研究員)「サハリン朝鮮人の言語使用について」
山本雅代氏(関西学院大学・言語コミュニケション文化研究科)
「日本語・フィリピン諸語家族と日本語・ 英語家族の言語使用の状況を比較する」
2009年3月22日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
山下暁美「共生社会に必要な日本語表現能力について-日系ブラジル人を対象に-」
河野彰氏「在日ブラジル人のポルトガル語をめぐる諸問題」
研究成果

本年度は共同研究二年目にあたり、昨年度からの移民言語研究に関する方向性の検討、先行研究のサーベイに引き続き、メンバーの関わってきた移民言語事例や移民言語コミュニティの状況についての発表を基に、今後の研究につながる課題の検討をおこなった。この過程で特に、コリアンコミュニティーの言語使用についての研究が多面において進展しつつある状況に比べまだ多くの移民コミュニティに関しては、日本語教育の分野以外では、未踏査の部分があることが指摘された。一方で、移民言語の日本における使用、維持、および政策と大きく関わる日本人側の言語意識に関しても調査の必要性が確認され、試験的な調査計画について報告された。また本研究会では、メンバー以外に関連領域の研究者との研究交流をおこなっているが、本年度は代表者の科研により招へいしたヨーロッパ移民言語研究の代表者の一人G.Extra氏を中心とする公開研究会を開催した。北米、オーストラリア等移民国家とはことなり、移民政策や移民事情では日本との共通点の多いヨーロッパと、移民言語研究において今後、研究交流・研究協力を進める機会となった。

2007年度

研究会は年数回、民博を中心として開催し、毎回、参加メンバーの専門分野にかかわるオリジナルな研究概要、研究成果の発表の場とし、参加者全員をまじえての討論をおこなう。初年度は、数回の会合で、参加メンバーにより、たずさわってきた移民言語研究の紹介をし、本プロジェクトにおけるそれぞれの研究の担当を明確化する。

【館外研究員】 井上史雄、オストハイダ・テーヤ、金美善、真田信治、渋谷勝己、宋実成、ダニエルロング、日比谷潤子、平高史也、山本雅代、渡戸一郎
研究会
2007年11月3日(土)14:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
庄司博史「研究会の主旨と問題提起および討議」
2007年12月16日(日)14:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
庄司博史「移民言語研究の課題と方法について(仮題)」
全員「共同研究会としての共同作業についての具体的内容、方法の検討」
2008年2月17日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
桶谷仁美  バイリンガルを育てるー母語教育の立場から(仮題)
その他 共同研究メンバーの研究紹介 データベース作成に関して
2008年3月28日(金)13:30~19:00(関西学院大学大阪梅田キャンパス1406室)
「日本における外国人居住の現段階と政策課題――「多文化都市」論からのアプローチ――」
渡戸一郎
研究成果

本年度は、本研究プロジェクトの開始の年度であったため、はじめの二回の研究会は、代表者による研究の主旨を出発点にして、共同研究目的と研究計画に関してメンバー間で理解を得ることに時間を割いた。また、研究員それぞれの本プロジェクトにかかわる今までの研究の紹介とともにそれぞれの本研究へのかかわり方を毎回説明する機会を設けており、相互に移民言語研究に関する知見と情報の交換を行っている。今までのところ、代表者による移民言語研究のサーベイに加え、特別講師の発表もまじえ、移民言語研究の基礎となる理論および前提となる現在の移民状況の動向の概観をおこなっている。一方で共同研究では日本における移民言語研究の文献のとりまとめ、および移民言語状況の調査もメンバーの共同作業として目標にしており、その作業に関しても討議している。