国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

知識と行為の相互関係からみる呪術的諸実践

共同研究 代表者 白川千尋

研究プロジェクト一覧

目的

「呪術とは何か」、「呪術はいかにしてリアリティをもつのか」。本研究の目的はこれらの問いへの答えを探ることである。そのために本研究では主として二つのアプローチをとる。

一つは、知識と行為の相関関係に着目することである。呪術的諸実践においては「(当該実践を)非合理的なものだと分かっている。でもやはり行ってしまう」といった形で、知識と行為の次元の間、あるいは論理的(主知主義的)理解と身体的(実践的)受容の間にズレが認められる場合がしばしばある。このことを踏まえて、本研究では両者の次元を区別したうえで、呪術的諸実践における両者のズレや重なりを分析することにより、呪術がリアリティをともなったものとして受容されるメカニズムを明らかにする。

もう一つは、日常的生活知・生活実践、宗教的知識・実践、科学的知識・実践にも目を向けることである。これらの知識や行為と呪術的諸実践の間のズレや重なりに着目することを通じて、上述の問いに迫る。

研究成果

本研究では、2年半の研究期間の間に8回の研究会を実施した。これらの研究会では、本研究の前段として、本研究とほぼ同じメンバーが参加した科研のプロジェクト(基盤C「東南アジア・オセアニア地域における呪術的諸実践と概念枠組に関する文化人類学的研究」、代表者:川田牧人、平成16~17年度)や学会分科会(「『わかること』としての呪術」、代表者:川田牧人、日本文化人類学会第40回研究大会、平成18年6月、東京大学)が行われていたこと、あるいは各研究会を通じてメンバーの出席率が非常に高かったことなども相まって、きわめて密度の濃い議論が行われた。

本研究では、アフリカを主たるフィールドとして近年隆盛をみている呪術論(呪術のモダニティ論)が、モダニティや国民国家、ネオリベラリズムなどのマクロな社会的動向から呪術にアプローチしてきたことを念頭に置きつつ、そうした射程から漏れ落ちるよりミクロな次元、別言すれば「個々の人々にとって呪術はいかにしてリアリティをともなったものとして受容されるのか」という点に関する検討を行うことで、「呪術とは何か」という問いに迫ろうとした。その結果、呪術的実践においては、「(当該実践を)非合理的なものだと分かっている。でもやはり行ってしまう」というフレーズに端的にみてとれるように、知識と行為の次元の間にズレが認められることが特徴的な点として指摘し得ることが確認された。また、そうした特徴をもった呪術的実践がリアリティをともなったものとして受容される際には、論理的・主知主義的な理解だけなく、感覚的・身体的な作用が無視し得ぬ役割を果たしていること、個々の人々の身体や言葉、物質(呪具など)といった具体性をともなった触知可能な事物が媒介者の役割を果たしていることなども明らかにされた。

一方、本研究では、呪術的実践と日常的生活知・生活実践、宗教的知識・実践、科学的知識・実践の相関関係も検討の対象となったが、なかでもとくに焦点が当てられたのが呪術的実践と日常的実践の関係である。従来の議論では、呪術的実践はともすると科学的実践と対置される一方、日常的実践の側に位置づけられることがあった。しかし、本研究では、呪術的実践は、それがリアリティをともなったものとして受容される際、触知可能な事物が媒介者としての役割を果たしているという点で、日常的実践と連続性をもつものと位置づけ得るものの、専門家(呪師)の存在や知識と行為のズレといった点を考慮に入れるならば、日常的実践が特定の方向性のもとに特化したものとして捉える必要があることも明らかにされた。

2009年度

本年度は民博の内外で3~4回の研究会を行う。各回は、研究会のメンバーが専門とする地域の重なり具合を踏まえて、アジア、オセアニア、ヨーロッパといった形で地域ごとに行い、主に知識と行為の関係を行為の側から照射する発表を軸に構成する予定である。一連の発表では、日常的生活知・生活実践、宗教(イスラム教、キリスト教、仏教など)的知識・実践、科学的知識・実践のいずれかと、呪術的諸実践の相関関係も検討の対象となる。なお、当初計画では本年度が最終年度となるため、各回の発表内容は研究会終了後に予定している成果公開を射程に入れたものとなる。また、成果公開へ向けて、本研究会で積み重ねてきた議論をより多角的な視点から掘り下げるべく、メンバーとは専門や研究対象地域を異にする研究者を特別講師に招く。

【館内研究員】 新免光比呂、吉田憲司
【館外研究員】 東賢太朗、阿部年晴、飯田淳子、大橋亜由美、川田牧人、黒川正剛、関一敏、津村文彦、行木敬、藤原潤子
研究会
2009年4月25日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館大演習室)
神谷良法「異世界はいかにして理解されるのか-カメルーン南部の治療儀礼からの一考察」
大橋亜由美「みえない世界のみえ方-インドネシア・バリ社会の事例研究」
2010年1月9日(土)13:30~18:00(福井県立大学福井キャンパス経済学部棟9F小会議室)
2010年1月10日(日)9:30~12:00(福井県立大学福井キャンパス経済学部棟9F小会議室)
津村文彦「表面を感じる呪術-触覚と視覚の交差」(仮題)
成果出版に向けた打ち合わせ
東賢太朗「イデオロギーか希望か?-呪術における知識と行為のズレをめぐって」(仮題)
2010年3月6日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
全員「成果出版に向けた打ち合わせ」
研究成果

本年度は最終年度であるため、研究期間後の成果公開を見据えて、これまでに積み重ねてきた議論をより多角的な視点から掘り下げるべく、第1回の研究会では、メンバーの多くと研究対象地域を異にする研究者(神谷良法、名古屋大学大学院、アフリカ研究)を特別講師として招き、研究発表をお願いした。また、第1回と第2回ではメンバーが東南アジアを対象として、主に呪術的実践と日常的実践の相関関係などに焦点を当てた研究発表を行った。なお、本共同研究では研究成果を論文集としておおやけにする予定だが、それとの関連で、第2回と第3回では各メンバーが執筆する論文の構想発表などを行った。

以上の一連の活動の結果、以下に例示する点などが重要な論点であることが確認された。

  1. 従来の研究でもっぱら科学的実践と対置される一方、日常的実践の側に位置づけられていた呪術的実践が、対象社会において日常的実践とは異なるものとして捉えられていることに十分留意すべきこと。
  2. 日常的実践とは異なり、呪術的実践においては専門家(呪師)が存在し、呪術的実践はその言葉や身体、彼・彼女が使用する呪具などの物質を介して、リアリティをともなったものとして受容されること。
  3. この点で、呪術的実践は専門家という特定の個と結びついて存在し、それゆえ必然的に個別文脈的な色彩が強いものとなること。
  4. 呪術的実践がリアリティをともなったものとして受容される際には、日常的実践の場合と同様に触知可能な身体や物質などが媒介者としての役割を果たすこと。
  5. その意味では呪術的実践は日常的実践と連続性をもつものと言えるが、その一方で前者は後者がある種のベクトルのもとに特化したものとして捉える必要があること(専門家の存在、知識と行為のズレなどによる)。

2008年度

本年度は民博の内外で4回の研究会を実施する。各回は、研究会メンバーが専門とする地域の重なり具合を踏まえて、アフリカ、東南アジア大陸部、東南アジア島嶼部、ヨーロッパといった形で地域ごとに行う予定である。また、年度の前半の研究会では知識と行為の関係を知識の側から照射する研究発表を、後半の研究会では行為の側から照射する発表を軸に構成する。なお、一連の発表は、日常的生活知・生活実践、宗教(イスラム教、キリスト教、仏教など)的知識・実践、科学的知識・実践のいずれかと、呪術的諸実践の相関関係を分析の俎上に乗せたものともなる。

【館内研究員】 新免光比呂、吉田憲司
【館外研究員】 東賢太朗、阿部年晴、飯田淳子、大橋亜由美、川田牧人、黒川正剛、関一敏、津村文彦、行木敬、藤原潤子
研究会
2008年11月29日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
飯田淳子「呪術の感覚的経験」
津村文彦「吹きかけによる呪力の物象化-不可視のものを操る」
2008年5月17日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館第1演習室)
黒川正剛「西欧近世の魔女信仰における呪術と想像」
藤原潤子「近代化と呪術-19世紀半ば~ポスト社会主義時代のロシアの例から」
2008年7月26日(土)13:30~18:30(九州大学文学部比較宗教学研究室(福岡市東区箱崎6-19-1))
2008年7月27日(日)9:30~12:00(九州大学文学部比較宗教学研究室(福岡市東区箱崎6-19-1))
阿部年晴「習俗論からみた呪術」
関一敏「偶像崇拝の宗教史-イコノクラスム・シンボリズム・フェティシズム」
研究成果

本年度に実施した3回の研究会のうち、第1回と第3回では、特定の地域(第1回がヨーロッパ、第3回が東南アジア)を対象としたフィールドワークや史料調査に基づく実証的な研究発表が、また第2回では、本研究の目的にアプローチするために必要と考えられる視点や理論的枠組みなどに関する研究発表が行われた。個々の研究発表とそれに基づく議論から浮かび上がった論点のうち、主なもの(取り組むべき課題)を以下に3点挙げる。

1)「知識と行為」、「論理的・主知主義的理解と身体的・行為遂行的受容」という枠組みから抜け落ちている知覚や認識、感覚の次元にも目を向ける必要がある(呪術研究と感覚の人類学の接合)。

2)呪術をめぐる知覚・認識・感覚を考える際には、知覚者と彼・彼女を取り巻く環境の相互作用(共鳴、共調、共感、模倣など)に留意すべきである(ギブソン知覚論の批判的援用)。

3)呪術のリアリティについて理解するうえで、呪術的実践と日常的生活実践の連続性や具象化・物質(物象)化の作用などを理論的に精査する必要がある。

2007年度

初年度の2回の研究会と次年度の最初の研究会(合計3回)では、知識と行為(あるいは論理的・主知主義的理解と身体的・実践的受容)の相関関係を、とりわけ知識の側から照射する研究発表を中心に取り上げる。

【館内研究員】 新免光比呂、吉田憲司、藤原潤子
【館外研究員】 東賢太朗、阿部年晴、飯田淳子、大橋亜由美、川田牧人、黒川正剛、津村文彦、行木敬
研究会
2007年11月3日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
白川千尋「新たな呪術研究へ向けて-問題提起と主旨説明」
川田牧人「呪術を理解する/理解を呪術する-知識と行為のポスト世俗主義へ」
2007年2月23日(土)13:30~18:30(宮崎公立大学「凌雲会館」1階会議室B)
行木敬「呪術をめぐるうわさ-情報工学的アプローチ」
川田牧人「隣接性と離切性(1)-隣接性と呪術的行為」
2007年2月24日(日)9:30~12:30(宮崎公立大学「凌雲会館」1階会議室B)
東賢太朗「呪術・他者・理解-ポスト/構造主義との対話から」
研究成果

本年度に実施した2回の研究会のうち、第1回では、共同研究における問題意識や方向性をメンバー間で共有することを目的とした総論的な発表が、また第2回では、主にフィールドワークで得られた具体的な知見に基づく各論的な発表が行われた。共同研究の初年度であり、実施した研究会は2回だけだが、双方ともにメンバーの館外共同研究員が全員出席し、複数のオブサーバー出席者も加わって非常に活発な議論が行われた。個々の発表とそれに基づく議論から浮かび上がった論点のうち、主なものを以下に3点例示する。

  1. 呪術的諸実践・諸現象を理解する際には、当該実践の「行為者/非行為者」の違いに留意し、それぞれの視点から当該実践・現象を捉える必要がある。
  2. 人々は呪術的現象を受容する際、因果論的説明に基づくというよりも、人々の間にすでに流通しているナラティヴ(物語)との類似関係を手がかりにしているのではないか。
  3. 呪術的現象の受容を考えるうえで、「行為で理解する」(実際に行為を行うことで分かる、あるいは行為によるなぞらえ)というあり方に着目する必要がある。