国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

日本の移民コミュニティと移民言語

共同研究 代表者 庄司博史

研究プロジェクト一覧

キーワード

移民言語、言語政策、多言語主義

目的

今日日本では移民の流入にともない多くの言語(移民言語)が用いられているが、それらの日本語との接触における変容、使用実態、さらに維持や教育に関して、全体像は明らかにされていない。本研究では、日本の移民言語の現状を総合的に研究する上で前提となる、個々の移民言語の現状把握、さらにそれらに関与する諸要因を移民コミュニティ、言語政策、教育、言語とジェンダーとのかかわりから考察する。具体的には、日本における代表的な移民言語に関し、1)言語接触、干渉、コードミキシング・変化などの言語実体、2)言語領域・言語機能など言語使用、3)言語維持、言語教育状況の把握を主たる目的とする。また以上と並行して、移民が現実に社会参加、社会上昇においてかかえる言語問題のうち、特にジェンダー、識字、学校教育とかかわる部分に焦点をあて考察する。

研究成果
  • 成果公開に関して
    庄司が代表をつとめる多言語化現象研究会編で『多言語社会日本‐その現状と課題』(2013年、三元社)を出版し、本研究会メンバー9名が本研究会活動の成果の一部として分担執筆。本研究会自体の報告書は現在とりまとめ中である。
  • 学会等での分科会
    2011年11月言語政策学会において、メンバーのうち4人によるシンポジウム「移民コミュニティの移民言語教育―オールドカマーを中心に」が開催され、移民言語教育に関する問題提起がおこなわれた。2013年6月の日本移民学会では、本研究代表者が移民言語についてのラウンドテーブル「移民言語の生かし方―移民コミュニティにとって」を企画し移民言語の資産性について問題提起をおこなった。
  • 研究内容に関して
    日本における移民の言語問題は1990年代、ニューカマーの急増にともない関心の対象となり始めた。当初は言語支援、日本語教育の立場からの研究が主なもので、移民の言語および話者としての移民に焦点をあてた研究は比較的少なかった。本研究は移民言語に関し、1)言語接触、コードミキシング・変容などの言語実体、2)言語領域・言語機能など言語使用、3)言語維持、言語教育状況の把握を主たる目的として出発した。また並行して、移民が現実に社会参加、社会上昇においてかかえる言語問題のうち、特にジェンダー、識字、学校教育とかかわる部分にも関心をもってきた。3年あまりの研究期間において、研究発表会は13回開催し、延28人の研究報告と全員による研究中間報告を2回実施した。これらの研究発表、問題提起のうち最終報告書につながる主な成果として以下が含まれる。
    移民コミュニティの言語状況に関して、ベトナム人、インドネシア人(クリスチャン)、ドミニカ人、フィリピン人、パキスタン人、コリアンについて、新たな情報がもたらされた。特にコリアンに関してはほとんど言及されることのなかった植民地時代の言語使用、出版活動などが明らかされつつある。移民の日本語識字能力に関する研究では期待された進展はなかったが、日本語教育では、移民の子どもに比べて成人を対象とするものが行政からはほとんど無視されている現状、他方で、東北大震災を契機として、日本語能力の乏しい外国人へのやさしい日本語による情報提供の民間による実施例、米国に多数存在する非識字者を子どもの学習支援をつうじて識字学習にとりこむ試みなどの報告があった。移民言語のホスト社会における処遇について、歴史的な観点からはコリアンの戦前、戦中の言語状況事例の報告があったが、かつての公的、私的文書にみられる移民言語への記述に関する分析からの報告も行われた。また今日の移民に対する一般人の言語行動や教育政策、外国語教育において、日本人の言語意識、外国語意識に根強い単一言語観が存在することが指摘された。課題の一つであった移民言語のコード交替、言語変容に関してはいくつかの発表で触れられるにとどまったが、移民の第二世代の言語に関する研究は多岐にわたって展開をみせた。まず特にリーマンショック以降の不況の中で、第二世代の言語教育、言語継承が一般に危機的状況にある事実、移民コミュニティの中の弱者であり、語り手の意識や認識により幾通りにも語られてきたかれらを、ことばや文化を跨ぐ積極的な主体としてとらえ直す必要性が指摘された。またホスト社会における移民言語教育への公的支援および学習動機の維持の観点から、移民言語の資産性についての問題が提起された。

2013年度

本年度は最終の年度であるため、年度末のまとめを視野に入れ、そのための研究会を3回開催する予定である。前半では、各メンバーがそれぞれのテーマについての進捗報告をおこなう他、いままでの研究会において十分討議できなかったジェンダー、識字問題、および言語接触の問題、また移民コミュニティの記録されていない過去の言語状況の推測方法、移民言語の資産的価値等、あらたに現れた問題について、外部講師等をまじえ幅広い観点から検討したい。年度後半では、成果報告のため、本研究において到達した研究課題を整理するとともに、まとめのための最終調整をおこなう。

【館内研究員】 中田梓音
【館外研究員】 大上正直、オストハイダ・テーヤ、川上郁雄、金美善、窪田暁、宋実成、高橋朋子、陳於華、中谷潤子、中野克彦、野元弘幸、平高史也、福永由佳、安田敏朗、山下暁美、渡戸一郎
研究会
2013年7月20日(土)13:00~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
落合知子(神戸大学大学院国際協力研究科研究員)「公立小学校における母語教育の意義:神戸市ベトナム語教室の事例から」
山下暁美(明海大学)「定住外国人の身を守る日本語環境は万全か―命綱カード(仮)の作成に向けて―」
渡戸一郎(明星大学)「編入モード」から見る日系ブラジル人第二世代の位置づけ―リーマンショック後の外国人集住地域における日系ブラジル人の変容を中心に―
全員 研究打ち合わせ
2013年9月28日(土)13:00~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
拝野寿美子(神田外語大学非常勤講師)「在日ブラジル人第二世代とポルトガル語(1)―母語・継承語の維持・習得とその資産性に関する試論―」
各メンバーのまとめに向けての構想発表
研究打ち合わせ
2014年1月18日(土)13:00~18:30(国立民族学博物館 第4演習室)
全員「まとめに向けての構想」
拝野寿美子「在日ブラジル人における言語の再学習」
野上恵美「在日ベトナム人の言語状況」
打ち合わせ
研究成果

まとめの年度であることを念頭にいままで手薄であった分野での報告をうけた。まず近年の移民のめぐる社会的状況について、特にリーマンショック以降の経済的影響が多大でありそれにともなうニューカマー移民コミュニティの変容が少なくないなか第二世代の教育、言語問題の深刻さが指摘された。また関西において公教育の中で数年にわたり試行された移民児童への母語教育、2011の東北大震災以降日本語能力の十分でない外国人へやさしい日本語により緊急情報をつたえるための試行事例などの報告があった。最後の2回の研究会は、全員による成果報告のまとめに向けての構想の発表と討議がおこなわれた。2013年6月の日本移民学会では、本研究代表者が移民言語についてのラウンドテーブルを企画し移民言語の資産性について問題提起をおこなった。

2012年度

本年度の計画として、個別移民コミュニティの現状と移民言語の今日までの研究状況に関し、あらたなメンバーを中心として、各担当者の報告により継続してメンバー間で共有する。並行して、昨年度から本プロジェクトの課題としてとりあげている、移民言語を取りまく諸問題(ジェンダー、識字、主流語学習等)について最近の調査の進展状況や各自関係する移民コミュニティの状況を報告する。また今まで手薄であった、移民言語と日本語との言語接触についても、他国の事例など参照し、検討したい。昨年に引き続き、移民研究者間での移民言語への関心をたかめるため、関連学会(日本移民学会、日本社会言語科学会等)などで、移民言語に関するフォーラム等を組織する。年度の終わりには、まとめを視野に全員による研究報告会を予定している。

【館内研究員】 窪田暁、中田梓音
【館外研究員】 井上史雄、大上正直、オストハイダ・テーヤ、川上郁雄、金美善、宋実成、高橋朋子、陳於華、中谷潤子、中野克彦、野元弘幸、平高史也、福永由佳、山下暁美、安田敏朗、渡戸一郎
研究会
2012年6月9日(土)10:30~17:30(国立民族学博物館 大演習室)
山下暁美 (明海大学)「ハワイ日系人の日本語の特徴」
福永由佳(国立国語研究所)「滞日パキスタン人の社会生活と言語事情」
2012年7月28日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第4演習室)
中田梓音 (総研大)「飲食メニューに見られる日本語に関する一考察」 
川上郁雄(早稲田大学)「移民の子どもはどのように語られてきたか―ことばとアイデンティティに注目して―」
杉村美紀(上智大学)「日本の中華学校における多様化と母語教育の変容」
研究打ち合わせ
2012年11月11日(日)10:30~16:30(明海大学 管理研究棟3階FE会議室)
中野克彦(立命館大学非常勤講師)「多言語メディアによる新たな異文化コミュニケーションの可能性と課題:ニューコムの事例分析」
井上史雄(明海大学)「日本(語)にまつわる多言語表示の象徴機能」
庄司博史(国立民族学博物館)「試論:資産としての移民言語」
討論
2013年3月16日(土)13:00~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
野上恵美(神戸大学大学院国際文化学研究科博士後期課程)「ベトナムコミュニティの言語状況について‐神戸の事例より」(仮)
窪田暁(京都文教大学)「ドミニカ人の言語使用と言語意識-在米移民を中心として」(仮)
福永由佳(国立国語研究所)「移民を対象とした親子の識字教室-アメリカの事例より」(仮)
研究打ち合わせ
研究成果

日本における移民コミュニティの言語状況としては、パキスタン人、ベトナム人について最近の調査にもとづく報告がなされた。一般に移民コミュニティにとって社会参加は定住の要件とみなされ、日本語学習はその必須の条件とされている。この観点からみて、必ずしも日本語能力に依存せず生業を営むパキスタン人経営者たちの存在はある意味で、議論の前提へ再考をうながすものであった。また移民コミュニティの中の弱者である子どもたちや非識字者に焦点をあてた報告では、語り手の意識や認識により幾通りにも語られてきた言説から彼らのことばやアイデンティティを研究する際の課題、米国に多数存在する非識字者を子どもの学習支援をつうじて識字学習にとりこむ試みなどが紹介された。またホスト社会における移民言語教育への公的支援および学習動機の維持の観点から、移民言語の資産性についての問題が提起された。その他、エスニックメディアと移民コミュニティのかかわり、中華学校の多言語学習の場としての展開の事例、ハワイでの日本移民の言語変容や米国における南米移民の言語状況にかんする報告も移民言語について新たな知見を提供した。11月11日明海大学での研究会は、首都大学東京および明海大学の大学院研究会と合わせて開催され、特に移民言語のもたらした言語景観に関する報告や情報交換が活発に行われた。

2011年度

本年度の計画として、昨年度後半に引き続き、個別移民コミュニティの現状と移民言語の今日までの研究状況を、あらたなメンバーを中心とする各担当者の報告により把握する。並行して、本プロジェクトで特に注目する課題である、移民言語を取りまく諸問題(ジェンダー、識字、主流語学習等)についてメンバー内外の報告をうけ、各メンバーが問題意識を共有し、自身の研究に取り込む可能性を検討したい。また今年度は、移民問題に取り組んでいる関連学会(日本移民学会、日本社会言語科学会、日本社会学会等)でのシンポジウム、分科会などを通じ、移民言語に関する視点を移民研究者に幅広く提供することで、移民言語への関心をたかめたい。また研究会を移民言語活動のさかんな地域で開催することも予定している。

【館内研究員】 窪田暁
【館外研究員】 井上史雄、大上正直、オストハイダ・テーヤ、川上郁雄、金美善、宋実成、陳於華、中谷潤子、中野克彦、野元弘幸、平高史也、福永由佳、安田敏朗、渡戸一郎
研究会
2011年6月25日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
高橋朋子(大阪大学国際教育交流センター・学振特別研究員)「中国帰国児童の言語使用」
安田敏朗(一橋大学大学院言語社会研究科)「戦前期内地異言語記述の諸相」
研究打ち合わせ
2011年10月22日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第4演習室)
高畑幸(静岡県立大学国際関係学部)「在日フィリピン人社会の現状分析:フィリピノ語を母語とする子どもの増加を読み解く」
オストハイダ、テーア(関西学院大学法学部)「日本の多言語社会とコミュニケーション ―政策・意識・実態―」
研究打ち合わせ
2012年1月28日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
拝野寿美子(神田外語大学非常勤講師)「在日ブラジル人学校の現状と課題」
宋実成(阪経済法科大学アジア研究所客員研究員)「1930年代の在日朝鮮人商店名・企業名について京阪神地方を中心に」
研究打ち合わせ
2012年3月17日(土)10:30~17:30(国立民族学博物館 第4演習室)
報告1:大上正直(大阪大学)「フィリピンにルーツをもつ児童・生徒の母語保持に関する研究」
報告2:陳於華(中京学院大学)「中国系移民の言語教育と言語使用-バイリンガルの可能性と限界-」
報告3:中谷潤子(近畿大学)「日本のインドネシア人教会での多民族共生」
研究成果

昨年にひきつづき、日本における移民言語にかかわる基礎的知識を共有するため、メンバーおよび外部講師による、さまざまな観点からの移民言語研究への接近方法をサーベイする一方、各移民言語コミュニティの言語事情についての発表をうけて、意見交換や討議を重ねた。移民コミュニティに関しては、中国帰国者の児童、フィリピン系児童、中国系移民およびブラジル移民の子供たちの言語使用および言語維持に関する問題点などについてあらたな情報が提供されたほか、在日インドネシア人コミュニティの存在についても報告がなされ、今後のあらたなコミュニティ言語としての可能性について論じた。また、今日の多言語性について論じるうえで重要な、戦前の日本社会における人々の移民言語への関心やまなざし、当時のコリアンコミュニティにおける民族語使用の実態、そして今日の日本人の外国語意識の形成に関しても、文献や調査に基づく興味深い報告がおこなわれた。言語政策学会では、メンバーのうち4人によるシンポジウムが開催され、移民言語教育に関する問題提起がおこなわれた。

2010年度

本研究は一口でいって、今後日本において重要性が増すとみられる移民言語それぞれの実体、および使用、維持を研究対象とし、共通の視点、基準から分析することで移民言語の実態を総合的に把握することを目標とする。そのため、研究分担者としては、個々の移民言語に研究、教育の面で関わってきた社会言語学の他に、社会学、教育学を専門とする研究者が加わっている。また今回は特に、移民コミュニティ、ジェンダー、識字と移民言語とのかかわりも重視している。

研究会の全体の流れとしては、個別移民コミュニティの現状と移民言語の今日までの研究状況を各担当メンバーの報告により共有することから始め、並行して、外国の移民言語状況、および移民言語を取りまく諸問題(ジェンダー、識字等)について報告をうける。これらを通じ、各研究分担者は、本研究会でのそれぞれ課題とする研究対象、内容と明確化する。

【館外研究員】 井上史雄、大上正直、オストハイダ・テーヤ、川上郁雄、金美善、窪田暁、宋実成、陳於華、中谷潤子、中野克彦、野元弘幸、平高史也、安田敏朗、渡戸一郎
研究会
2010年11月21日(日)13:00~17:30(国立民族学博物館 第3演習室)
庄司博史 研究会をはじめるにあたって
全員 メンバーの研究の紹介
野元弘幸(首都大学東京)「日系ブラジル人集住地域における言語問題」
2011年2月5日(日)13:30~18:30(国立民族学博物館 第4演習室)
平高史也(慶應義塾大学)「移民の日本語使用とその研究の現状(仮題)」
福永由佳(国立国語研究所 日本語教育研究・情報センター)「在日外国人住民の言語事情と社会参加-「生活のための日本語」全国調査と日本語教育支援の動向-」
研究打ち合わせ
研究成果

本研究プロジェクトの開始の年度であるため、代表者による研究の主旨説明のあと、共同研究員それぞれの研究の紹介と本研究への関わり方、課題等について協議し、移民言語研究への問題意識を共有した。本研究では、個別の移民言語の実態研究のみではなく、今まであまり取り上げられなかった移民言語を取りまく諸問題(ジェンダー、識字、主流言語学習等)についても、移民の社会参加という立場から取り組もうとしている。野元弘幸氏は識字問題、識字教育に関する研究をサーベイする中で、ブラジル移民を中心とする日本の移民の識字問題について報告した。福永由佳氏は国立国語研究所が中心となり実施した「生活のための日本語」全国調査について説明し移民の日本語能力と社会参加との関連調査の問題点を提示した。平高史也氏は、今日までの日本における個別の移民言語研究の現状を概観し、ブラジル移民の言語使用に関する事例研究を紹介した。新年度はこれら新たな移民言語問題と従来の個別移民言語研究をあわせておこなう予定である。