国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

交錯する態度への民族誌的接近―連辞符人類学の再考、そしてその先へ

共同研究 代表者 岩佐光広

研究プロジェクト一覧

キーワード

態度、連辞符人類学、応用

目的

近年、医療や開発などの言葉で人類学を修飾する「連辞符人類学」が急増し、関連領域を含む再帰的な議論が展開されている。だがこれらの研究は、各領域における近代知批判という図式のもとで特定の場面を断片的に切り取り、そこでの目的遂行的な行為のみに焦点化し記述する傾向が指摘されている。本共同研究では、民族誌研究がもつ本来の魅力、つまり様々な当事者がそれぞれの立場や利害から現場に関わり、目的外の行為も含めて進行する現場の全体性を通時的/共時的に捉えるという視点に立ち返り、人類学者が他専門領域と関わる際に共有可能な基盤の再考を目的とする。

その際、ある対象や状況に対する行為の準備状態あるいは感情的傾向である「態度」、とくに現場の物事の経過を「流す態度」(看過、いなす、諦めるなど)と「澱ませる態度」(配慮、拘る、悩むなど)に注目する。当事者のそうした態度を、その現場に特有の言語表現、感情管理のやりとり、そして調査者自身の経験を手掛かりに探り出し、目的遂行的/目的外の諸行為とともに記述し直すことで、現場の全体性への民族誌的再接近を試み、その作業を通じて、人類学が他領域と関わるための共通基盤を探求する。

研究成果

本研究では、2年半の研究期間において計7回の研究会を実施した。研究会では、態度と応答をキー概念としながら、メンバーがフィールドワークを行なってきたアジア・アフリカ・アメリカ各地域の宗教実践、先住民活動、商い、紛争などの現場の事例を検討し、その事例の検討を通じてキー概念の理論的な整理を行なっていった。

態度という言葉は、物事に対したときに感じたり考えたりしたことが言葉・表情・動作として現れたものと、物事に臨むときの心構えや身構えという、大きく2つの意味をもつ。この点に注目し本研究では、前者を応答、後者を態度として概念的に区別した。そのうえで、態度とは文化的な仕掛けを通じて身体化されるものであり、現場における人びとの応答に型を与え、現場の進行に一定の方向性を与えるものであるという基礎的な位置づけを与えた。しかし、事例の検討を通じて直ちに明らかになったのは、刻々と変化する現場の状況や他者の振る舞いに対する実際の応答は、態度に即した形で生じるとは限らず、それとはズレたものとしてしばしば現れるということである。それは、創造的な形で現場に新たな流れをうみだすこともあれば、問題化され、現場の進行に澱みをもたらすこともある。多様な人びとのかかわり合いのなかで進行する現場のアクチュアリティを民族誌的に記述していくうえで、こうした態度と応答のズレに注目することが重要な手がかりとなりうる。特に、現場において消極的・受動的・従属的にみえる人たちを民族誌的に記述していく際に有効であることが明らかになった。

以上の知見を踏まえての連辞符人類学の再考については部分的なものにとどまり、その作業を進めていくことが今後の課題であるが、その作業のための基礎を整えることはできたと考える。

2012年度

昨年度で行った「態度」や「応答性」といったキーワードの概念的整理を踏まえ、本年度は事例報告をもとにより具体的な検討を試みる。本年度は大きく二つの方向性のもとで報告を行う。一つは、昨年度と同様に、各地域の事例をもとにした報告である。具体的には、アジア地域における宗教実践とジェンダー、ラテンアメリカ地域の先住民組織の活動、アフリカ地域の紛争と和解等の事例を取り上げる予定であり、それをもとに態度・応答性という概念を鍛える。もう一つは、これまで応用人類学と呼ばれてきた領域を視野に入れた報告である。そのなかでも開発と医療という領域に注目しながら、人類学者側の応答性・態度について検討してみたい。そこで一つのキーワードとなりうるのは「協働」であるが、協働が生まれる契機や過程において応答性や態度に注目することの意義について考えてみたい。以上の取り組みを行いながら、本年度は成果報告の形態についても検討を漸次進める。

【館内研究員】 伊藤敦規、小川さやか
【館外研究員】 伊藤まり子、工藤由美、佐川徹、松尾瑞穂
研究会
2012年7月7日(土)13:00~17:00(国立民族学博物館 第2セミナー室)
伊藤まり子(国立民族学博物館)「道徳と情感―ベトナム北部地域の宗教組織における『対抗的道徳』をめぐる態度を事例として」
工藤由美(亀田医療大学)「当事者たちの一貫性のない態度と人類学者:マプーチェのフィエスタを めぐって」
2012年7月8日(日)10:00~14:00(国立民族学博物館 第2セミナー室)
全員「最終年度の計画について」
2013年1月27日(日)12:00~17:30(国立民族学博物館 第2セミナー室)
松尾瑞穂「苦悩のエイジェンシー:インド農村女性にとっての流産にみる応答の模索」
佐川徹「東アフリカ牧畜民ダサネッチが戦いに臨む態度と感情」
全体議論
2013年2月18日(日)14:00~17:00(国立民族学博物館 第2セミナー室)
伊藤敦規「民族誌資料情報のデジタル共有――ズニ博物館によるフォーラム型データベース構築の取組」
研究成果

本年度は、これまでのキー概念の整理を踏まえつつ、メンバーがフィールドワークを行なってきた地域の具体的な事例をとりあげながら検討を行った。それらの事例の検討を通じて、刻々と変化する現場の状況が人びとの応答/態度を喚起し、いっぽうでそれに人びとが応え続けることで現場は現在進行形の社会状況として立ち現れるという、現場とそこに関わる人びとの相互性が明らかになった。また、その相互性の今・ここにおける具体的な現れとして人びとの応答/態度に注目することで、現場におけるアクチュアリティへの接近の可能性を見出すことができた。こうした研究成果を踏まえ、日本文化人類学会第47回研究大会(2013年6月8-9日、於慶応大学)に分科会「応答/態度の人類学:現場のアクチュアリティへの民族誌的接近に向けて」を申請し、採択された。

2011年度

昨年度から継続して、本年度も本共同研究の具体的関心である「態度」および「応答性」について、各地域・テーマごとの個別発表を行う。具体的には次の3つのテーマを取り上げる予定である。1)アメリカ地域を中心とする先住民と研究者の関係性に注目し、現地の人々との協働に取り組む際の研究者(人類学者)の態度について検討する。2)アフリカ地域の主に都市部に暮らす人々の生活実践において、彼らが「偶然性」に対してとる態度を検討する。3)「恋愛」をテーマに、パートナーや家族、友人などとの関係性、感情のゆらぎやその管理をめぐる態度を取り上げる。

これらの個別発表を踏まえた全体討論を通じて、態度の社会文化的構築性とそれを捉えるための理論的枠組の検討を行う。特に、能動的/受動的、主体的/従属的、積極的/消極的といった二項対立的に捉えられがちな既存の態度の捉え方を批判的に検討し、出来事や他者に対する「応答性」に注目し、それが社会文化的に構築されたものとして「態度」を捉える理論的視座を整えることを試みる。

【館内研究員】 伊藤敦規、小川さやか
【館外研究員】 伊藤まり子、工藤由美、佐川徹、松尾瑞穂
研究会
2011年7月30日(土)13:00~17:30(国立民族学博物館 第4演習室)
武井秀夫(千葉大学)「態度・応答性・個人」
岩佐光広(高知大学)「応答的人間:応答性、文化的感作、態度」
2012年1月28日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第2セミナー室)
2012年1月29日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 第2セミナー室)
《1月28日(土)》
久保忠行(日本学術振興会特別研究員)「人類学者の態度、難民の応答性」(仮)
有薗真代(日本学術振興会特別研究員)「壁の内と外をつなぐ実践と態度―無視する・なし崩しにする・開き直る」(仮)
全体ディスカッション
《1月29日(日)
小川さやか(国立民族学博物館)「タンザニア都市零細商人マチンガの瀬戸際の狡知―ウソと時間をめぐる考察」
近藤英俊(関西外国語大学)「出来事と妄執:北ナイジェリアの妖術現象をめぐって」
研究成果

本年度は、大きくキー概念の整理と事例にもとづく検討という2つのことを試みた。そこから、出来事に対する備えや構えという「可能態」としての態度、出来事において態度から現出した「行為態」としての応答という両概念の基本的な関係性を位置づけた。その成果の一部は、『民博通信』(No.135)において「応答性は人間の「本性」か」と題して報告した。
また、本年4月より発足する日本文化人類学会課題研究懇談会「応答の人類学」(代表:亀井伸孝)との連携において、共同研究における議論を踏まえ岩佐が中部人類学懇談会第210回例会(椙山女学園大学)にて「先んじる応答、ゆらぐ態度:ラオス低地農村部における看取りの一場面を手掛かりに」と題する報告を行った。

2010年度

本年度は、2回の研究会を開催し、共同研究者の個別報告と全体討論を行い、論点の確認と問題点の明確化を行なう。本年度は特に「態度」という視点からそれぞれのフィールドワークの知見を再考することで、人類学的研究において共有しうる基礎を探ることに注力する。

  1. 平成22年11月<趣旨説明、アフリカの政治・経済の現場における態度>
    1. 趣旨説明:流す態度と澱ませる態度の交錯(岩佐光広)
    2. タンザニア都市路上商人の商交渉にみる流れと澱み(小川さやか)
    3. エチオピア牧畜民の戦争経験と和解(佐川徹)
  2. 平成23年2月 <東南・南アジアの医療・宗教の現場における態度>
    1. ベトナム北部、新宗教組織女性信者の“道徳”をめぐる態度(伊藤まり子)
    2. インド西部、生命の誕生をめぐる実践と葛藤(松尾瑞穂)
    3. ラオス低地農村部、看取りの現場における態度の交錯(岩佐光広)
【館内研究員】 小川さやか
【館外研究員】 伊藤敦規、伊藤まり子、工藤由美、佐川徹、松尾瑞穂
研究会
2010年12月12日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 第1演習室)
岩佐光広「交錯する態度への民族誌的接近:その課題と展望」
全員「研究の紹介」
2011年1月23日(日)10:30~17:30(国立民族学博物館 第1演習室)
岩佐光広「悲しみすぎてはいけない:ラオス低地農村部における看取りをめぐる感情と態度」
徳安裕子「精霊の輪郭:見えないものに応える」
箕曲在弘「タマサートな農業:ボロベン高原における近代農業をめぐる態度」
研究成果

共同研究会における全体のディスカッションを通じて、キー概念となる「態度」についての概念整理を行うことができた。人間は「応答性」を有しており、常に既に外界や他者に対して応えている存在である。そしてその応答性は人間の本性的所与としてではなく、特定の社会文化的文脈において構築されるものである。この社会文化的に構築された応答性が態度である、という作業仮説を得るに至った。これらの議論を踏まえ、『民博通信』No.132(2011年3月刊行)において共同研究の紹介を行った。

また個別の発表からは、たとえば精霊のような霊的な存在を記述しようとするとき、それに応答する人々の態度にアプローチすることからの記述の可能性、従来の知識に注目するアプローチではしばしば見落とされてしまう人々の好みや価値観などを態度への注目からすくい上げる可能性などの、民族誌的記述において態度に注目することの意義が具体化しつつある。