国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

内陸アジアの宗教復興―体制移行と越境を経験した多文化社会における宗教実践の展開

共同研究 代表者 藤本透子

研究プロジェクト一覧

キーワード

宗教復興、越境、社会主義

目的

宗教復興は、グローバル化が進展し多文化状況にある現代を読み解く重要なカギである。メディアがとりあげる「過激派」の活動にとどまらず、宗教は一方では各民族の文化復興の中心的役割を担い、他方では民族を超えた広がりのもとに復興している。これまで世俗化論の限界が指摘され、近代化が進展する中での文化の政治、原点への回帰としてのイスラーム復興、社会主義体制の崩壊によるエスニシティやナショナリズムの高揚などの諸要因から宗教復興が説明されてきた。しかし、越境と流動化の進む現代社会で、なぜ他ならぬ宗教が復興傾向を強めているのかは、未だ充分に解明されていない課題である。

こうした実情をふまえ、本研究は、体制移行や越境という形で社会変動を経験してきた内陸アジアの多文化社会に着目し、宗教が復興するメカニズムを多元的に明らかにすることを目的とする。具体的には、宗教復興にみられる地域固有の歴史社会的・政治経済的諸要因、越境と宗教実践の多様な展開、地域社会に生きる人々にとってローカル/グローバルに宗教を復興することの意味を解明する。

研究成果

社会主義体制からの移行により宗教復興が生じたという理解を超えて、近代化によって変容した地域社会において宗教がもつ意味を、以下の3点から明らかにした。

  1. 旧・現社会主義国における宗教の歴史動態
    イスラーム、仏教、シャマニズム(シャーマニズム)、ボン教(ポン教)など多様な宗教が信仰されてきたユーラシア内陸部は、複数の国家に分断されて社会主義に基づく近代化を経験した。この近代化は広く反宗教政策と集団化政策を伴ったが、その時期・内容が国ごとに異なり、宗教によって認定/非認定の区別も存在したことは、各地域に特徴的な宗教と社会主義の相克/併存状況を生んだ。また、宗教実践の標準化自体には強い関心が注がれなかったため、実は地域性に富んだ宗教実践が行われ続ける現象が生じた。
  2. 国境を越えた移動が促す宗教の再構築―越境性と地域性
    国家体制の改革/移行を経て国境を越えた移動がさかんになると、国家に分断されたことで生じた差異が宗教を再構築する際の資源となった。移動は社会主義国間と社会主義国/非社会主義国間の2つに分けられ、地続きの国境を隔てた差異が同一民族の宗教の再構築を促す場合と、いわゆる世界宗教のイスラームのように中東諸国との関係を各地域が築く場合がある。この過程で世界宗教の地域性が顕在化したり、地域固有の宗教が地域や民族を越えて信者を得るなど、越境性と地域性が並行して現れる。
  3. 宗教動態と社会的紐帯の生成/再編
    日常生活においては、変容した社会・経済的基盤の上で宗教が活性化し、宗教を媒介として社会的紐帯が生成/再編される現象が生じた。師弟関係に基づく宗教知識の継承、災因論的感覚、浄域の観念や在家信徒の実践、移民の宗教ネットワーク、婚姻/離婚をめぐる規範、死者儀礼、治療儀礼、布教/改宗問題などが論じられた。2000年代の変化として、ナショナリズムやエスニシティの高揚から地域社会の再編へ、宗教施設建設から宗教教育へと焦点が移行したことも指摘された。

以上の成果の一部は、文化人類学会分科会「社会主義をへた宗教の再構築:地域社会の分断/再編と越境からのアプローチ」で発表した。

2012年度

最終年度となる今年度は、研究会を4回開催し研究成果のとりまとめを行う。内陸アジアの宗教動態に中東の一連の「革命」が与える影響など、近年におけるトランスナショナルなファクターもふまえつつ、旧/現社会主義国家の管理の内外で宗教が復興し再構築されていく過程を分析する。この過程は多様な形態を示すが、国境を越えた広範な移動が可能となったことで世界的な宗教のもつ地域性が逆に顕在化したり、地域に固有とされてきた宗教が他地域で信者を獲得するなど、越境性と地域性という一見して相反する現象が同時に現れる共通性をもつ。 こうした現象を読み解くため、社会主義を経た地域の特徴として、国家による地域社会の分断を伴う急激な社会変革が行われてきたことや、国境を越える移動が政治変動による強い影響を受けてきたことに着目する。各発表は個別の宗教を取り上げるが、しばしば国家が規定する民族や宗教の境界を越えた相互交渉のなかで、宗教が再構築されていく現象にも着目する。共同研究会の成果として、6月に文化人類学会研究大会で分科会「社会主義をへた宗教の再構築:地域社会の分断/再編と越境からのアプローチ」を行うほか、年度末までに各共同研究員が論文を執筆する予定である。

【館外研究員】 王柳蘭、菊田悠、小島敬裕、小西賢吾、小林知、島村一平、趙芙蓉、和崎聖日
研究会
2012年5月12日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第1演習室)
小林知(京都大学東南アジア研究所)「セイマーとバロメイ:宗教空間にみるカンボジア仏教再生の動態」
小西賢吾(日本学術振興会、大谷大学)「越境するボン教徒―普遍性と個別性からみる『伝統』の存続」
総合討論
2012年6月9日(土)10:00~17:30(国立民族学博物館 第1演習室)
藤本透子(国立民族学博物館)「社会主義をへた宗教の再構築(趣旨説明)」
藤本透子(国立民族学博物館)「越境空間におけるイスラームの再構築」
島村一平(滋賀県立大学)「感染するシャーマン」
小西賢吾(日本学術振興会/大谷大学)「宗教の再構築における指導者と地域社会再編の関係」
小島敬裕(京都大学)「中国雲南省徳宏州における仏教実践の断絶と再構築」
王柳蘭(日本学術振興会/京都大学)「中国雲南系ムスリムの越境と宗教ネットワークの再構築」
総合討論
2012年12月15日(土)13:00~17:00(国立民族学博物館 第1演習室)
和崎聖日(京都大学地域研究統合情報センター):「中央アジア定住ムスリムの婚姻と離婚―シャ リーアと民法典の現在」
成果報告について討議
2013年1月13日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
成果報告について討議
井上大介(創価大学)「社会主義体制下で発展する新宗教運動-キューバにおける創価学会を事例として」
滝澤克彦(東北大学)「モンゴルにおけるキリスト教への改宗をめぐって」
総合討論
2013年3月2日(土)13:00~17:30(国立民族学博物館 第1演習室)
研究成果原稿の読み合わせ
研究成果

文化人類学会で分科会「社会主義をへた宗教の再構築―地域社会の分断/再編と越境からのアプローチ」を開催したほか、民博で5回の研究会を行った。ユーラシア内陸部の歴史動態をふまえて民族誌データを分析することで、シャマニズム(シャーマニズム)、仏教、ボン教(ポン教)、イスラームという多様な宗教が、それぞれ災因論的感覚、浄域の観念、在家信徒、師弟関係、移民のネットワークなどに依拠することで、社会主義経験をへて再構築され、地域社会の再編に特定の役割を果たしたことが明らかとなった。宗教の重要性は、結婚/離婚に関する国家の制定法に対するイスラーム法の優位や、シャマン(シャーマン)による病気治療など、日常生活に密接にかかわる諸側面にみられる。宗教実践はしばしば国境を越えて再構築されるが、近年ではボン教のヨーロッパ布教やキリスト教のモンゴルにおける布教などのように、遠隔地における布教、改宗、新宗教運動も社会動態との関連から重要となっていることが論じられた。

2011年度

研究会を4回開催し、内陸アジアとその周辺地域で拡大する越境空間の宗教動態に焦点をあてる。この地域は歴史的に移動が頻繁であり、近代国家の成立にともなって国境により分断された後、政治情勢の変化が生じるたびに国境を越えた移動が生じてきた。さらに近年では、特にソ連崩壊以降、近隣諸国間の移動に加えて欧米や中東との間の移動も活発になっている。社会主義からの移行と越境を経験した諸社会を、多様な主体が相互行為によって生成していく場と捉え、越境が逆に地域固有の宗教の存続を支えたり、グローバル/ローカルな宗教復興の同時発生を促すなど、国民国家の枠組みを超えた地域社会と宗教の多元的な再編過程について考察する。

【館外研究員】 王柳蘭、菊田悠、小島敬裕、小西賢吾、小林知、島村一平、趙芙蓉、和崎聖日
研究会
2011年6月18日(土)12:30~17:00(国立民族学博物館 第3演習室)
成果の中間発表に関する打ち合わせ
菊田悠「脂と功徳とろうそくの灯:中央アジア定住地帯ムスリムの暮らしと死者霊」
島村一平「ポスト社会主義期のモンゴルにおけるシャーマニズムの活性化」
2011年12月4日(日)10:00~17:00(国立民族学博物館 第2演習室)
研究成果の中間発表に関する打ち合わせ
2012年2月4日(土)10:30~18:30(国立民族学博物館 第1演習室)
宗野ふもと(京都大学)「バザールにおける絨毯売買:ポスト・ソヴィエト期ウズベキスタンにおける市場経済化との関連から」
石川真作(京都文教大学)「ドイツにおけるアレヴィー:トランスナショナル空間に構築される『想像の信仰共同体』」
藤本透子(国立民族学博物館)共同研究成果の中間報告「社会主義をへた宗教の再構築―地域社会の分断/再編と越境からのアプローチ」について
2012年2月25日(土)10:00~19:00(国立民族学博物館 第1演習室)
藤原潤子(総合地球環境学研究所)「現代ロシアにおける新異教主義」
オルガ・シャグラノア(国立民族学博物館)“Post-Soviet Shamanism in Buryatia”
藤本透子(国立民族学博物館)「ポスト社会主義の宗教動態に関する研究動向」
総合討論
研究成果

内陸アジアからその周辺地域へと視野を広げながら、旧/現社会主義国家の管理の内外で宗教が再構築されていくメカニズムを事例研究にもとづいて議論した。第1に、近代化以前からの長いスパンの歴史をふまえて検討することで、社会主義政策により分断された地域社会の再編に宗教が果たす役割が具体的に示された。社会主義の理念としては、社会・経済的基盤の変化は宗教の衰退を促すとされてきた。しかし実際には、市場経済化などの新たな経済的・社会的状況への適応として、ローカルな宗教実践が重要な役割を果たしているのである。第2に、この社会再編の過程で、社会主義国の国境を越えた移動の増大という新たな現象が、宗教の再構築を促進していることが示された。このことは、イスラームなど世界宗教の場合ばかりでなく、シャマニズムやポン教などのいわゆる民族宗教についてもいえる。異なる国家の宗教的知識の接触は、均質化を進めるようにみえながら地域性を顕在化させる側面をもつことや、しばしば国家が規定する宗教や民族の境界をこえて宗教が再構築されていることなどが論じられた。

2010年度

初年度は、ユーラシア内陸部およびその周辺地域に展開した社会主義的近代化と、体制移行・政策転換後の宗教復興の多様な相関関係に焦点をあてる。研究会を2回開催し、研究代表者の藤本が研究会の趣旨を説明した後、参加メンバーが宗教復興現象について各地域の事例から報告する。各メンバーは、中央アジア、モンゴル、チベット、東南アジア大陸部にかけての諸社会を対象に、イスラーム、シャマニズム、ボン教、チベット仏教、上座仏教などの諸宗教に着目した研究を行っている。これらの研究報告をもとに、各地域社会における宗教復興の歴史的諸要因と現代的特徴について議論を深める。

【館外研究員】 王柳蘭、菊田悠、小島敬裕、小西賢吾、小林知、趙芙蓉、和崎聖日
研究会
2010年12月18日(土)11:00~17:45(国立民族学博物館 第7セミナー室)
趣旨説明
藤本透子「よみがえる死者儀礼―現代カザフのイスラーム復興」
小島敬裕「中国雲南省徳宏州における上座仏教の断絶と復興」
2011年1月22日(土)10:00~17:30(国立民族学博物館 第3演習室)
2011年1月23日(日)10:00~15:00(国立民族学博物館 第3演習室)
趙芙蓉「中国内モンゴルのシャマニズムの再活性化に関する研究-シャマンのシトゲンの位置づけをめぐって」
松本ますみ「中国沿海部におけるムスリム移民とイスラーム覚醒」
藤本透子「カザフのイスラーム復興と越境-カザフスタン北部村落の事例から」
今堀恵美「ウズベキスタンにおけるハラール食品増加とナマーズ・ハーン-『もの』から見るウズベキスタンのイスラーム復興」
総合討論
研究成果

第1回研究会では、中国と旧ソ連という2つの異なる性格をもつ社会主義国の宗教動態に焦点をあてた。中国の上座仏教徒に関する報告と旧ソ連のムスリムに関する報告から、各宗教自体がもつ特徴とともに、各国の社会主義政策の特徴や年代の差異が宗教実践の連続・断絶・復興に大きな影響を与えていることが、地域社会の文脈をふまえて論じられた。

第2回研究会では、中国の改革開放や旧ソ連解体に伴って過去20年間に国境を越えた人の移動が活発になったことが、宗教実践にいかなる影響を及ぼしたかが議論された。前半は中国を対象とし、内モンゴルのシャマニズムの再活性化が動物霊の憑依などの新たな特徴を伴うことや、中国沿岸部の経済発展とイスラーム覚醒の関わりなどが論じられた。後半は旧ソ連中央アジアを対象とし、カザフの死者儀礼を中心としたイスラーム復興が東アジアから中東に及ぶ越境と深く関係していることや、ハラール食品をとおして外国資本の商業進出を背景とした豊かなモノの世界とイスラーム復興の共存がみられることなどが論じられた。