国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

人の移動と身分証明の人類学

研究期間:2011.10-2015.3 代表者 陳天璽

研究プロジェクト一覧

キーワード

移動、身分証明書、ライフサイクル

目的

本研究は、人の移動・越境・滞在と身分証明をめぐる法的・行政的制度、またそれらを利用する実践のあり方について明晰化することを狙いとする。具体的には、生から死に至るライフサイクル(人生周期)において、人の移動と在留管理に基づく身分証明が、移動する人々の人生と次世代にどのような影響を与えるのかという視点に立ち、旅券、渡航証、身分証といった身分証明は、個人のアイデンティフィケーションや社会のトランスナショナリズムにどのように関わっているのかを解明していきたい。移民二世・三世の時代を迎え、出産・育児から就学、就労、結婚・離婚、居住、家庭生活、街づくり参画、老後の生活、葬儀・墓や弔いに至るライフステージは、次世代へと繋がっている。そうした時間の流れの中で、身分証明が、越境の時代、ボーダーレスな経済社会にどのような影響を与えているのかは、研究価値の非常に高いテーマである。そのテーマを直視し、グローバルなネットワークが進行する過程で、国籍や在留資格など身分証明が果たしている役割と管理される側の一人ひとりの人権を人類学・社会学・法律学の研究者が共同で行う学際的研究は、今後の移民行政にとっても大きな財産となるだろう。
よって本研究は、国家による管理とその超克をめぐって、越境における法的・行政的な制度や身分証明が、生身の人間の人権を守っていくために果たす役割を検証し、さらにはそのあり方を提言することを目的とする。

研究成果

本共同研究では、人の移動と身分証明が、いかに相互に影響をもたらすものであるのかについて注目してきた。研究組織メンバー間のさまざまな比較研究、そして各地域の研究や個別の事例の比較を通し、身分証明書というものが実は恣意的なものであること、また、国家や国際情勢の変動によって法や制度が変化し、それが身分証明にも影響が出ていること、さらには身分証明やパスポートの偽造が横行していることなど、豊富な興味深い事例があることが確認された。
人の移動といえども、移民のみならず、ホームレス、亡命者、難民、さらには、人の移動にともなう多文化化、多民族化にも議論は広がり、国際結婚や国際離婚はもとより、日本における外国人学校の問題、新しい世代の教育やアイデンティティ、多文化共生などについても議論を深めることができた。
2013年度は、2度の公開シンポジウム(2013年6月に青森大学、2014年2月に長崎大学にて)を開催し、メンバー以外の研究者とも議論を深め身分証明に関連する見識を広めた。また本研究のテーマと関連し、移民などの身分証明書を標本資料として収集した。それらの資料の一部は、民博・東アジア展示場、日本展示場の多みんぞくニホンコーナー及び中国地域文化展示場の華僑・華人コーナーに展示し、一般に公開している。
本研究メンバーを組織する際、世界的な移動を視野に入れ、できる限りグローバルな人の移動と身分証明の人類学を研究・分析できるよう構成したつもりではあるが、3年ほどの共同研究を終えるにあたり、アフリカ地域や東欧地域の研究メンバーが手薄であったこと、その地域についても学び比較研究したいと考え、最終年度は外部から、アフリカにおける移動の研究者、コソヴォの移動管理を研究のみならず実務としても携わっている研究者、さらにドイツをはじめとするヨーロッパとアメリカの入国管理政策を専門としている研究者を招き研究発表をしていただいた。その結果、これまでの本共同研究会での蓄積と比較し、議論を深めることができ、よりグローバルな人の移動と身分証明についての研究成果を残すことができた。

2014年度

本年度は最終年度であるため、成果論文執筆などを視野に入れて研究会を組織・開催する。そのため、研究会開催に際しては、各共同研究員が収集した資料に関する情報交換と分析のほか、成果公開に向けた打ち合わせ、論文の読み合わせや批評会も行いたいと考えている。
なお、本共同研究は身分証明とライフステージに注目していることから、初年度は妊娠や出産などと関連し母子手帳に注目した。その後、戸籍、国籍、学校、国際結婚などと、テーマを人生の各ステージに合わせて展開してきた。最終年度である本年度は、年金や介護、看取り、葬儀、供養など、人生の後半期に関連したテーマと身分証明に焦点を当てたいと考えている。
この研究会では人の移動にも焦点おいているが、移民のみならず難民にも注目し、移民・難民の医療と身分証明のかかわり、移民・難民の死亡証明の手続きなどについて医療現場に詳しい講師を招いて実態を掘り下げていきたいと考えている。また、移民・難民2世3世の国籍、身分証明と実態に齟齬があることが発覚しており、それについて解明していきたいと考えている。

【館内研究員】 庄司博史、南真木人
【館外研究員】 明石純一、李仁子、石井香世子、大西広之、郭潔蓉、川村千鶴子、窪田順平、小林真生、小森宏美、近藤敦、佐々木てる、館田晶子、中牧弘允、錦田愛子、西脇靖洋、付月、松田睦彦、三谷純子、南誠、宮内紀子、柳下宙子、柳井健一、山上博信、山田美和、林泉忠
研究会
2014年7月18日(金)13:30~17:00(外交史料館)
柳下宙子「外交史料館所蔵戦前期の諸外国の旅券と関係史料より見る人の移動」
2014年7月19日(土)10:30~18:00(早稲田大学 8号館417室)
研究打ち合わせ
館田晶子「移民の家族呼び寄せと親子関係の証明(仮)」
出版に向け各メンバー執筆内容概要発表・打ち合わせ
2014年12月6日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3セミナー室)
宮脇幸生(大阪府立大学大学院)「アフリカの移民:歴史と現状」
武田里子(大阪経済法科大学)「メコンデルタにおける中国人コミュニティの生存戦略:一斉帰化、結婚移住、民族教育をめぐって-」
三谷純子(東京大学博士課程)「インドのチベット人の曖昧な法的地位の認証:国家と個人の折り合いの付け方」
討論、研究成果の公開打ち合わせ
2014年12月7日(日)9:30~13:00(国立民族学博物館 第3セミナー室)
出版、研究成果公開打ち合わせ
小山雅徳(同志社大学博士課程)「紛争後のコソヴォにおける人の移動の管理と民族的アイデンティティ」(仮)
久保山亮(専修大学)「入国管理政策の系譜学―ドイツ、ヨーロッパ、アメリカを事例に」(仮)
研究成果

本年度は最終年度であるため、成果論文執筆などを視野に入れて研究会を組織・開催した。研究会開催に際しては、各共同研究員が収集した資料に関する情報交換と分析のほか、成果公開に向けた打ち合わせも定期的に行った。7月には、外交史料館の所蔵されている資料から、戦前期における諸外国の旅券と関係資料から人々がどのように日本から移出、移入していたのかについて詳細に分析することができた。
また、本研究メンバーを組織する際、世界的な移動を視野に入れ、できる限りグローバルな人の移動と身分証明の人類学を研究・分析できるよう構成したつもりではあるが、3年ほどの共同研究を終えるにあたり、アフリカ地域や東欧地域の研究メンバーが手薄であったこと、その地域についても学び、比較研究したいと考え、本共同研究の最終回は、外部からアフリカにおける移動を専門とする研究者のほか、コソヴォの移動管理を研究のみならず、実務としても携わってきた研究者、そしてドイツをはじめとするヨーロッパとアメリカの入国管理政策を専門とする研究者を招き、研究発表をしていただき、これまでの研究と比較分析することができた。

2013年度

移民の人たちをめぐり、人生のさまざまな段階で、国籍や身分証明書が彼らの生活、アイデンティティ形成にどのような影響を与えているのかについて明らかにする。今年度は計4回の研究会を計画している。ライフステージの理論的枠組みや概念を意識しながら、各共同研究者が専門とする地域や分野のケーススタディーについて報告・発表を行い、比較研究をする。また、昨年作成したデーターバンクに、各共同研究者が収集した身分証明書を集め、分類整理し、それらの身分証明書が各ライフステージにおいて、どのような意味や効力をもつのか考察する。また、本年度は昨年導入された在留管理制度によって、身分証明書をもつことができなくなった非正規滞在者にも注目する。本年度の後半に行う研究会は、公開で開催する予定である。

【館内研究員】 庄司博史、南真木人
【館外研究員】 明石純一、李仁子、石井香世子、大西広之、郭潔蓉、川村千鶴子、窪田順平、小林真生、小森宏美、近藤敦、佐々木てる、館田晶子、錦田愛子、西脇靖洋、付月、松田睦彦、南誠、宮内紀子、柳下宙子、柳井健一、山上博信、山田美和、林泉忠
研究会
2013年6月14日(金)15:00~17:00(青森県立郷土館)
三谷純子 「亡命チベット人の国境を越える移動とパスポート及び国籍取得」
2013年6月15日(土)10:00~17:15(青森大学)
田中志子「移動するホームレスの現状」
櫛引素夫「青森県の限界集落にみる他出者の動きと内面」
記録映画「沖縄730 -道の記録-」およびディスカッション
2013年6月16日(日)10:00~15:30(雪中行軍記念館)
ディスカッション・研究打ち合わせ
2013年9月27日(金)13:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
錦田愛子「政治に翻弄される身分証明―パレスチナ・レバノン間の国境線と人の帰属の変更」
討論
2013年9月28日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
郭潔蓉「外国人学校の現状―移動する子ども達の資格証明―」
付月「無国籍の世代間連鎖―親の身分証明と子どもの国籍取得」
討論、出版打ち合わせ
2013年12月21日(土)9:30~19:00(国立民族学博物館 第2演習室)
研究打ち合わせ
西脇靖洋「超国家型市民権の伝播とその限界ーEU・メルコスル関係を事例に」
南真木人「ネパールとブータンにおける身分証明」」
小森宏美「国籍法が変わるとき―ラトヴィアを事例として」
三谷純子「無国籍研究の動向―バンコク無国籍セミナーに参加して」
研究打ち合わせ
2014年2月9日(日) 9:00~18:00(長崎大学 総合研究棟)
伊豫谷登士翁(一橋大学)「「多文化共生」の両義性」
林泉忠(台湾中央研究院)「東アジアの「台僑」と「港僑」」
具知瑛 (韓国海洋大学校)「グローバル時代における韓国人の移動と「多文化共生」」
飯笹佐代子(東北文化学園大学)「豪州の「ボートピープル」問題——アジアからの視点」
戴エイカ(ノースカロライナ州立大学)「多文化共生:米国の多文化主義を通して見る日本の課題」
陳天璽(早稲田大学)「虹のメタファーから多文化共生を再考する:華人の移動と身分証明」
佐々木てる(青森大学)「在日コリアンの身分証明と移動」
南誠(長崎大学)「中国帰国者と多文化共生:アンケート調査の結果を手がかりに考える」
討論
2014年2月10日(月)9:00~11:30(長崎大学 総合研究棟)
ディスカッション・研究打ち合わせ
研究成果

本年度の「人の移動と身分証明の人類学」共同研究会では、メンバーの最新の研究成果を報告し合う通常の共同研究会のみならず、二度の公開シンポジウム(平成25年6月に青森、平成26年2月に長崎)を開催し、メンバー以外の研究者と議論を深め、移動と身分証明に関連する見識を広める機会に恵まれた。
人の移動と身分証明が、いかに相互に影響をもたらすものであるのか。そして身分証明書というものが、恣意的なものであること、さらには国家や国際情勢の変動によって法や制度が変化し人の身分証明にも影響が出ていること、一方で、身分証明やパスポートの偽造が横行していることが、個別のケースから確認された。テーマとしてはホームレス、亡命者、難民、また、人の移動にともなって深まっていく多文化化、多民族化にも議論は広がり、日本における外国人学校の問題、新しい世代の教育やアイデンティティの問題、さらには多文化共生について議論を深めることができた。
本研究会のテーマと関連し収集した移民の身分証明書を標本資料として収集し、東アジア展示場の新構築展示にともない、日本展示場の多みんぱくニホンコーナー、および、中国地域の文化展示場の華僑・華人コーナーに展示した。

2012年度

今年度は、ライフサイクルと身分証明書の織りなす関係を明らかにする。今年度は3-4回の研究会を計画している。まずは、ライフサイクル、ライフステージに関する理論的枠組み、概念を共有する研究会を開催する。また、各ライフステージにおける身分証明書を集め、分類整理する。具体的には、移民二世・三世の時代を迎え、出産・育児から就学、就労、結婚・離婚、居住、家庭生活、街づくり参画、老後の生活、葬儀・墓や弔いに至る各ライフステージにおいて、どのような身分証明があるのかを、収集し提示する。また、各ライフステージにおいて、身分証明書がどのような意味や効力をもつのか、個人が身分証明書から受けた影響、すなわち実生活におけるアイデンティフィケーションについて考察する。また、各身分証明書の法的な意味についても考察する。

【館内研究員】 庄司博史、中牧弘允、南真木人
【館外研究員】 明石純一、李仁子、石井香世子、大西広之、郭潔蓉、川村千鶴子、窪田順平、小林真生、小森宏美、近藤敦、佐々木てる、館田晶子、錦田愛子、西脇靖洋、付月、松田睦彦、南誠、柳下宙子、柳井健一、山上博信、山田美和、林泉忠
研究会
2012年6月2日(土)10:00~19:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
川村千鶴子「ライフサイクルの視座」
大西広之「身分証明書の分類」
近藤敦「『多文化共生社会』における身分証明のあり方」
山田美和「タイにおけるミャンマー人移民労働者と国籍・身分証明」
研究打ち合わせ
2012年9月15日(土)13:00~19:00(早稲田大学 9号館304教室)
佐々木てる「移動と身分証明の社会学」
Takamori Ayako "Positioning US-Japan Relations: Japanese American Cultural Citizenship
小林真生 「スポーツ選手の国籍選択―トンガ人ラグビー関係者を事例として―」
研究打ち合わせ
2012年12月1日(土)10:00~19:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
李仁子「脱北、脱南、そして難民-身分証明をめぐるあくなき闘い」
大川洋子「米国における国籍取得および身分事項の立証」
総合討議・研究打合せ
2013年2月23日(土)9:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
研究打ち合わせ
山上博信「導入・小笠原諸島における人の移動とその国籍について」
DVD鑑賞「知られざる国境・小笠原」とその討論
大平ジャネット「小笠原復帰の前後を経験した欧米系島民のくらしと身分証明」
2013年2月24日(日)10:00~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
ディスカッション
長谷川馨「小笠原復帰に先立ち派遣された東京都職員の記憶」
デービッドチャップマン「海外からみた小笠原諸島の人びとと戸籍」
ディスカッション
研究成果

本年度の前半は、まず、本共同研究会の基本的な理論的枠組みとして設定しているライフサイクル、ライフステージなどの理論的概念について提案者(川村)の発表をもとに研究会メンバーで議論を行った。また、本共同研究会のもう一つの柱として注目している身分証明書についても概念を整理し、分類方法を検討した。さらに、グローバル化、多文化化する現代社会における身分証明の意味についても議論を行った。
概念整理を踏まえ、年度の後半は各共同研究会メンバーの専門分野やフィールドに基づき、ケーススタディ報告を行った。その内容は、タイにおけるミャンマー人移民労働者、日系アメリカ人、脱北・脱南者、小笠原復帰と欧米系島民などに及ぶ。また、スポーツ選手の国籍選択やアメリカにおける国籍取得や身分事項についても議論を行った。

2011年度

本研究は、人類学、法律学、社会学のそれぞれの専門家が学際的な視点で行うものである。そのため、研究の実施計画は、(1)専門的な視点からの研究報告集会、(2)現物の収集およびその分析、(3)開かれた形での研究報告(シンポジウム、展示等)のための打ち合わせ、研究成果の出版に関する相談となる。

  1. 年に3-4回、定期的に研究集会を行う。特に初期は全体の研究計画を打ち合わせ、それぞれの分野からどのようにアプローチを行うか話し合う。同時に、人類学、法律学、社会学の分野からそれぞれ身分証明書の機能、法制度の側面、社会的な文脈などを明らかにしていく。
  2. 人の移動や越境の際に必要となる、旅券、渡航証、身分証などの現物やコピーを収集し、所有者の身分や時系列ごとに整理を行なう。またそれらの現物から読み取れることを明らかにし、(1)で行った身分証明書の諸側面を再考する。平成19-22年度に行われた共同研究プロジェクト「国籍とパスポートの人類学」(研究代表:陳天璽)で収集した資料をアーカイブ化する。
  3. 研究報告、展示などの準備を行う。特に(2)でアーカイブ化したものを、より視覚的にわかりやすくする。また民博通信や研究報告などといった媒体を利用して、各種の身分証に関してまとめる。研究報告会として、シンポジウムなどの打ち合わせを行う。可能であれば行政への政策提言もまとめていく。
  4. 出版のための研究報告会を行う。また全体の統一を行うため、編集委員会を設定し研究成果をかたちにしていく。また外部出版の準備も行う。

23年度は、本共同研究会の初年度にあたり、年度内に2回、もしくは3回研究会を行う予定である。研究会のテーマとしては、近々施行されることが決まっている「在留カード」の新システムについて検討する。ほかにも、重国籍者、離島居住者、移住移動者・遊牧民などに焦点を当て、越境と身分証明について研究発表、討論を行うことを計画している。

【館内研究員】 庄司博史、中牧弘允、南真木人
【館外研究員】 明石純一、李仁子、石井香世子、大西広之、郭潔蓉、川村千鶴子、窪田順平、小林真生、小森宏美、近藤敦、佐々木てる、館田晶子、錦田愛子、西脇靖洋、付月、松田睦彦、南誠、柳下宙子、柳井健一、山上博信、山田美和、林泉忠
研究会
2011年12月4日(日)10:30~17:30(国立民族学博物館 第6セミナー室)
新共同研究会の3年間の構想、研究目的、自己紹介など
明石純一「日本の入国管理と在留管理、その系譜と展望」
2012年3月20日(火)13:30~18:00(国立歴史民俗博物館 第1会議室)
松田睦彦「歴史・民俗資料に見る身分証明書の多様性」
陳天璽「イスラエル・ゴラン高原における人の移動と国籍・身分証明」
2012年3月21日(水)10:00~15:00(国立歴史民俗博物館 第1会議室)
山上博信「フィリピン日系人の移動と身分証明」
研究打ち合わせ
研究成果

初年度は、2回研究会を開催した。
まず、第1回目の研究会では、本共同研究会の研究目的、研究方法、そして、それぞれの共同研究員の研究テーマについて意見交換を行い、問題意識を共有するよう努めた。なお、明石氏による「日本の入国管理と在留管理、その系譜と展望」という研究報告では、2012年7月9日に新しく変わる在留管理制度に着目し議論を行った。新しい在留管理制度にともない、これまで外国人の身分証明として使われてきた「外国人登録証」が廃止され、代わって「在留カード」が新たに導入される。在留資格の無い人びと、なかでも無国籍の人々は、この制度の導入に伴い、これまで所持していた「在留資格なし」と明記されていたにもかかわらず身分証明として機能していた「外国人登録証」が使えなくなり、身分証明書のない生活を強いられることが明らかとなった。
第2回目の研究会は、国立歴史民俗博物館で開催した。松田氏の発表からは、かつて生業を行う際、新天地において偽文書が有効性を有していたことが報告された。また、陳はゴラン高原のフィールドワークから明らかとなった現地の無国籍者発生の原因、無国籍者の身分証と越境の際の特別措置などについて報告を行った。山上氏は、フィリピンに残留した日系人が、戦後60年経て沖縄・奄美にいる家族を探しあて、無事就籍手続きと家族訪問を果たしたケースについて報告を行った。
本年度の研究会では、身分証明の有無が、人びとの生活に大きな影響を及ぼすことが確認された。さらに、偽文書、もしくは合法でないことを示す身分証であっても、生活において一定の有効な機能を有していることが明らかとなった。