国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

グローバリゼーションの中で変容する南アジア芸能の人類学的研究

研究期間:2011.10-2015.3 代表者 松川恭子

研究プロジェクト一覧

キーワード

グローバリゼーション、南アジア芸能、変容

目的

本研究の目的は、グローバリゼーションの中で変容する南アジア芸能の現状を、同地域の政治・経済・社会的変化という文脈に位置づけ、人類学的な観点から明らかにすることである。インドで起こった1990年代の経済自由化を端緒として、2000年代に入り南アジアの社会変化は更に進展した。そして、儀礼、演劇、舞踊、音楽などの南アジア芸能が、多様化する情報メディアの拡大及び人の移動を通じて幅広く受容・消費される状況をもたらした。それに合わせ、芸能の実践形態や実践者の社会経済的な状況に大きな変化が生じていると同時に、海外への芸能の拡散状況や南アジアへの逆輸入という現象がみられる。本研究では、芸能実践者たちが従来の社会関係を越えたネットワークに参入することで生じる、南アジア芸能の再定義と拡張について考察を行う。現代の芸能実践者たちは、様々な観客・消費者の嗜好に応えるため、従来とは異なる美意識とパフォーマンスを身につけ、市場経済原理に合わせたマネジメントとマーケティングを行う必要に迫られている。彼らが新たな需要に応える一方で、既存の芸能形態や社会形態を維持しつつ、南アジア芸能を創発・変容させていく過程を描き出す。

研究成果

共同研究員による合計11回の研究会を開催した。個々の事例を検討し、グローバリゼーションの中での南アジア芸能の変容の4類型を導き出した。(1)「ワールド・ミュージック」の生成を背景に、1980年代以降、アメリカ、ヨーロッパ、日本などで起こった、エキゾチックな他者を喚起させるモノとしての芸能の消費の中での変容(インド古典音楽など)、(2)グローバリゼーションとの交渉の中でネーション化など様々な方向に向かうローカルな場での芸能の変容(ネパール民謡など)、(3)グローバルに移動しているように見えながら、リージョナリズムの媒介物として「閉じた観客」を対象に演じられる芸能の変容(ゴア・クリスチャンの演劇等)、(4)イギリス植民地時代の南アジア系移民(特にインド系移民)の動きにともなった、南アジア地域外(たとえばシンガポールやマレーシア)への芸能の展開とホスト国の状況に合わせた変容(古典舞踊バラタナーティヤム等)。
上記の4類型に共通しているのは、南アジアの外で変容を遂げた後、南アジアに戻っていく、あるいは、更に他地域に広がっていく環流という流れである(南アジア内での流れも視野に入れている)。カーストなどの元々存在する社会関係にもとづいたネットワークに加え、1990年代以降に爆発的に普及した衛星テレビ放送・携帯電話・インターネットといったメディアや、移民先の国における助成金制度などを活用し、芸能実践者たちが儀礼、演劇、舞踊、音楽などの南アジア芸能をいかに再定義・拡張しているのか、その一端を明らかにすることができた。その過程で、芸能の形式の変容と宗教性の変化、メディア活用の格差の問題など、新たに明らかにすべき課題が見つかった。
本共同研究の成果の一部は、国際学会(ICAS 8 (The Eighth International Convention of Asia Scholars)(マカオ、2013年6月)、IUAES 2014 with JASCA(千葉市、2014年5月))及び国内学会(「宗教と社会」学会(天理市、2014年6月))で分科会を組織し発表した。

2014年度

1年目、2年目のメンバーによる研究報告と議論を踏まえ、3年目にはカリブ海地域の芸能のグローバル化や日本におけるインド芸能(特に音楽)の受容の事例を検討した。議論を通じて、南アジア芸能が実践される世界各地における文化政策や助成金の状況、各国の芸能教育の現状(たとえば、日本における音楽教育における西洋音楽の重視)、インドにおける芸能をめぐる経済や政治の問題など、各メンバーが研究をまとめていく上で留意すべき事項が明らかになった。また、共同研究を開始した時点では、1990年代のインドにおける経済自由化を南アジア芸能のグローバル化の端緒と位置づけていたが、例えばインドにおける独立運動や1960年代のfolk movementによる芸能の位置づけの変化などを、現在の芸能のグローバル化との連続性の中で捉えていく必要性があることもわかった。以上の点を踏まえ、最終年度となる本年度は、成果公開に向けて議論を深めていくために研究会を2回開催する。

【館内研究員】 杉本良男、寺田吉孝
【館外研究員】 飯田玲子、岩谷彩子、岡田恵美、小尾淳、古賀万由里、小西公大、竹村嘉晃、橘健一、田森雅一、村山和之、山本達也
研究会
2014年5月10日(土)13:00~18:30 ※現代インド地域研究MINDASとの合同研究会(国立民族学博物館 第3セミナー室、第7セミナー室)
MINDAS今年度の計画について(第3セミナー室)(MINDAS共同研究員のみ)
研究発表(第3セミナー室)David Trasoff "Hindustani Music in America: The First Fifty Years"
コメント及び討論(第3セミナー室 コメンテーター:田森雅一、岡田恵美)
北インド古典音楽ミニコンサート(第7セミナー室)David Trasoff(サロード)
MINDAS研究論集出版に関する打合せ(第3セミナー室)
2014年5月11日(日)10:30~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
全員「本年度の計画についての打ち合わせ」
2015年2月28日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第4演習室)
寺田吉孝(国立民族学博物館)「南インド音楽・舞踊とグローバル化――研究の課題と展望(仮題)」
松川恭子(甲南大学)「研究成果発表に向けて」
各自「研究成果原稿について」
2015年3月1日(日)10:30~12:30(国立民族学博物館 第4演習室)
全員「研究成果発表についての全体討論」
研究成果

本年度は研究会を2回実施し、研究成果の発表について主に議論を行った。平成28年度中に『世界を環流する<インド>―グローバリゼーションの中で変容する南アジア芸能の人類学的研究』(仮題)として出版予定である。その中では、グローバリゼーションの中での南アジア芸能の変容を以下4つの類型に分け、南アジアの外で変容を遂げた後、南アジアに戻っていく、あるいは、更に他地域に広がっていく環流という観点から分析する。(1)「ワールド・ミュージック」の生成を背景に、1980年代以降、アメリカ、ヨーロッパ、日本などで起こった、エキゾチックな他者を喚起させるモノとしての芸能の消費の中での変容、(2)グローバリゼーションとの交渉の中でネーション化など様々な方向に向かうローカルな場での芸能の変容、(3)グローバルに移動しているように見えながら、リージョナリズムの媒介物として「閉じた観客」を対象に演じられる芸能の変容、(4)イギリス植民地時代の南アジア系移民(特にインド系移民)の動きにともなった、南アジア地域外(たとえばシンガポールやマレーシア)への芸能の展開とホスト国の状況に合わせた変容。

2013年度

初年度、2年目の一連の研究報告と議論を通じて、グローバリゼーションの中で南アジア芸能が幅広く受容・消費される現状があるとはいえ、個々の芸能をみると歴史的過程や関わりを持つアクターによって状況に違いがあることが明らかになった。また、芸能形式によってもグローバルな受容のされ方が異なること(たとえば視覚的に鑑賞が容易な舞踊と台詞を理解するのに言語能力が必要とされる演劇の違い)、宗教が重要な要素であること、インターネットや動画投稿サイトなど、グローバルに広がるメディアの発展が南アジア芸能の環流に大きな役割を果たしていること等が分かった。以上の点に留意し、3年目となる本年度は、グローバリゼーションの中で芸能が変容する際に、何が南アジア独自の特徴としてみえてくるのかを考える。そのために、南アジア移民社会の動向や他地域の芸能の事例も視野に入れ、研究会を4回開催する。

【館内研究員】 杉本良男、寺田吉孝
【館外研究員】 飯田玲子、岩谷彩子、岡田恵美、小尾淳、古賀万由里、小西公大、竹村嘉晃、橘健一、田森雅一、村山和之、山本達也
研究会
2013年5月18日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第3演習室)
松川恭子(奈良大学)「ICAS 8(The Eighth International Convention of Asian Scholars)分科会発表について」
橘健一(立命館大学非常勤講師)「ネパールにおける'民謡'をめぐる景観について」
全員「全体討論」
2013年5月19日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第3演習室)
岡田恵美(琉球大学)「北インドの芸能を支えるハルモニウム:外来楽器の採用と楽器産業の変容にみるインドの楽器観」
2013年7月27日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
松川恭子(奈良大学)・古賀万由里(立正大学非常勤講師)・小西公大(東京外国語大学)「グローバリゼーションと南アジア芸能に関連する先行研究のレビュー:メディア、舞踊、ワールドミュージック他」
全員「全体討論」
2013年7月28日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 大演習室)
杉本良男(国立民族学博物館)「パチもんの逆襲―<インド>映画の21世紀」
2013年10月19日(土)10:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
山本達也(京都大学)「Martin Stokes にみる民族音楽学(ポピュラー音楽)でのグローバル化に関する議論の様相」
神本秀爾(国立民族学博物館外来研究員)「ローカルとグローバルをつなぐ――旅するレゲエ・ミュージシャンの経験について」
全員「全体討論」
[Abhijit Dasgupta "Affirmative Action and Identity Politics: the OBCs in Eastern India"(MINDAS2013年度第3回合同研究会に合流)第6セミナー室]
研究打合せ
2014年1月25日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 大演習室)
的場裕子(日本女子体育大学名誉教授)「日本人はインド音楽をどのように聴くのかと問うインド人にどう答えるか」
小日向英俊(東京音楽大学付属民族音楽研究所)「インドを奏でる人々―現代日本におけるインド音楽受容とライフヒストリー―」
全員「全体討論」
2014年1月26日(日)10:30~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
全員「次年度の計画についての打ち合わせ」
研究成果

本年度は研究会を4回開催した。研究会メンバーの報告だけでなく、特別講師を招聘し、カリブ海地域の芸能のグローバル化や日本におけるインド芸能(特に音楽)の受容の事例を検討した。南アジア芸能のグローバル化の特徴を考える上で、世界各地における文化政策の動向及び芸能を対象とした助成金の状況、さらに各国の芸能教育などに留意する必要性が明らかになった。また、本研究会での報告をもとに、マカオで6月に開催されたICAS 8 (The Eighth International Convention of Asian Scholars)で分科会を組織し、研究成果を発表した。

2012年度

初年度の研究会では、芸能の変容を通して、グローバリゼーションの作用が南アジアにおいて働く際の特徴を明らかにする必要性が確認された。平成24年度は、この問題意識を踏まえ、以下3点に焦点を合わせて各地域の具体的事例の検討を行う。研究会を4回開催する予定である。(1)現代南アジア社会における芸能形態の変容・動態と、その歴史的な過程を問い直す。(2)なぜ特定の芸能がグローバル化して流通するのか、流通する芸能形式の違いや消費動向のあり方を明らかにする。(3)多元化するメディア状況がいかにグローバルな社会変化と連動し、かつその中で生きる人々の生活世界を再定義しているのかを考える。

【館内研究員】 杉本良男、寺田吉孝
【館外研究員】 飯田玲子、岩谷彩子、岡田恵美、小尾淳、古賀万由里、小西公大、竹村嘉晃、橘健一、村山和之、山本達也
研究会
2012年8月25日(土)14:00~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
小尾淳(大東文化大学博士後期課程)「「神々の名を唱える」芸能の「環流」状況を考える―ナーマ・サンキールタナの現代的様相」
岩谷彩子(広島大学大学院)「環流する「ジプシー」共同体―北西インドの芸能民カルベリアの踊りとコミュニティの生成」
全体討論
2013年1月12日(土)13:00~18:30(国立民族学博物館 第4演習室)
古賀万由里(立正大学非常勤講師)「バラタナーティヤムのグローバル化と揺れるジェンダー」
村山和之(中央大学非常勤講師)「スーフィー芸能師たちの大衆音楽的世界:カウワーリーと民謡から」
全体討論
2013年1月13日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第4演習室)
松川恭子(奈良大学)「インド、ゴア社会の演劇ティアトルにみる地域的想像力の展開」
2013年2月9日(土)13:30~18:30(国立民族学博物館 第4演習室)
飯田玲子(京都大学大学院博士後期課程)「メディアの変化とタマーシャーの変容」
竹村嘉晃(国立民族学博物館外来研究員)「20世紀におけるインド芸能の伝播~あるマラヤーリー・シンガポール人のライフヒストリーを事例に」
全体討論
2013年2月10日(日)10:00~12:00(国立民族学博物館 第4演習室)
小西公大(東京外国語大学)「"Folk Music"が生み出されるとき―『レモン唄』にみるタール沙漠世界のモダニティ」
研究成果

本年度は研究会を3回開催し、グローバリゼーションの最中にある南アジア芸能の現在について具体的な事例の検討を行った。その結果、以下の3点が明らかになった。(1)南アジア系移民の動きにともない、南アジア地域外で受容されるようになった芸能が現地で変容を遂げ、南アジアに戻っていく、あるいは、更に他地域に広がっていく環流現象がみられる(小尾・古賀・竹村の発表)。その一方で、南アジア外で実践されていても、特定のコミュニティ外に受容されにくいゴア・クリスチャンの演劇のようなケースもある(松川の発表)。言語の理解が必要な演劇と言語が理解できなくても観賞が可能な音楽・舞踊との違いを考える必要がある。(2)英語能力、海外とのコネクションなどを有さないローカルな芸能実践者たちが、公的組織やプロデューサー的役割を担う外部者とのネットワークとのつながりによって、海外公演や海外から来た客へのレッスンを実施することが可能になっている。従来の社会関係を基盤とした観客層とは異なる人々の需要に応えようとする動きがある(岩谷・飯田の発表)。(3)CD・DVD、テレビ、映画、インターネットなどのメディアを通じて、芸能自体が大きく変容している(村山・飯田・小西の発表)。その変化に芸能実践者たちが意識的に対応している場合もあれば、芸能実践者たちのやっていることとメディアを通じて消費される芸能が完全に違ったものなっている場合もある。

2011年度

初年度である本年度は、2回研究会を開催する。第1回では、趣旨説明の後、グローバリゼーションと南アジア芸能の動態を理解していくため、従来の研究における論点を整理し、本研究の進め方について全体討論を行う。第2回では、第1回の全体討論にもとづき共有された問題について、具体的な事例の検討を開始する。同時に、各メンバーがこれまでに収集してきた資料と文献に関する情報を共有する。

【館内研究員】 杉本良男、寺田吉孝
【館外研究員】 飯田玲子、岩谷彩子、岡田恵美、小尾淳、古賀万由里、小西公大、竹村嘉晃、橘健一、村山和之、山本達也
研究会
2011年10月10日(月)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
松川恭子(奈良大学)「共同研究の趣旨と今後の方針について」
全員「自己紹介と各自の研究テーマについて」
全体「全体討論」
2012年3月6日(火)14:00~19:00(国立民族学博物館 第1演習室)
山本達也(日本学術振興会特別研究員)「グローバル化時代の音楽変容―現代的チベット音楽と西洋音楽の接触」
田森雅一(特別講師・国立民族学博物館外来研究員)「インド音楽の近代化とマスメディア:ラジオ放送が北インド古典音楽と音楽家の生活世界に与えたインパクト」
全体討論
研究成果

第1回研究会では、本研究を進めていく上での論点の共有化を図った。特に「グローバリゼーションの作用が南アジアにおいて働くとき、特徴的な現象とは何か」という問いを芸能の民族誌的記述を通じて明らかにすることを確認した。第2回研究会では、インドおよびネパール在住チベット難民ポップ・ミュージシャンの実践と音楽変容に関する報告、ラジオ放送がインド音楽の近代化に与えた影響に関する報告が行われた。最初の報告は、現代的チベット音楽における西洋的リズムの採用に注目し、ポップ・ミュージシャンたちの身体性の変容について指摘を行った。ポップ・ミュージシャンたちが西洋的リズムを志向する一方で、チベット難民の多くはリズムを重視しない伝統的チベット音楽を好んで聴く。また、ポップ・ミュージシャンたちはインドのボリウッド・ミュージックの影響も受けている。技術・知・制度伝達のプロセスとしてのグローバリゼーションは、重層的・複方向的であることが確認された。ふたつめの報告は、全インド・ラジオ放送(AIR)による古典音楽の国民音楽化とそれが音楽家と音楽伝統に与えたインパクトについて論じた。古典音楽の国民音楽化プロセスの中で、音楽家たちは宮廷というパトロンを失い、教師や放送局付き音楽家となった。音楽家たちが現代においてグローバルに広がるネットワークを作り上げていく前段階として、20世紀に起こった変容のプロセスを理解しておくことの重要性を確認することができた。