国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

オセアニア・東南アジア島嶼部における他者接触の歴史記憶と感情に関する人類学的研究

研究期間:2018.10-2022.3 代表者 風間計博

研究プロジェクト一覧

キーワード

記憶、感情、史実性

目的

本研究の目的は、虚実入り混じる電子情報が飛び交う現代世界において、他者接触に関する歴史経験の記憶がいかに「史実性」を獲得するのか、想起の場や感情と関連づけて追究することである。
近現代のオセアニアおよび東南アジア島嶼部では、欧米諸国や日本による植民地統治や第二次世界大戦を経て、多くの新興国が独立した。今日に至る歴史動態のなかで、当該地域の人々は、移動して多様な他者と遭遇し、軋轢や戦争に巻き込まれ、また他者との平和的協働を経験してきた。このような他者接触の歴史記憶を焦点化するにあたり、便宜上、1)国民やエスニック集団を統合する公的な集合的記憶、2)個々人の日常生活に根差したヴァナキュラーな記憶の二極を措定しておく。
そして、第一に、2つの歴史記憶の相互関係を見据えながら、人々が感情を伴っていかに集合的記憶および個別経験の記憶を生成、継承し、あるいは忘却していくのかを考察する。さらに、遺物や文書、語りを通して想起された歴史記憶は、静態的な情報に留まることなく、人々の感情を揺さぶり、ときに過激な行動を引き起こす潜在力を有する。そこで第二に、今を生きる人々の歴史記憶が立ち現れる場を射程に入れ、想起が内包する感情および身体的な特性の把握を目指したい。

2020年度

本年度は、共同研究会を4回開催した。特別講師3人を含む8人が発表を行い、総合的に討論した。
ソロモン諸島で戦死した日本兵の遺骨収容活動(深田)、パラオの戦跡観光をめぐる現地日系人を含む多様なアクターの実践(飯高)において、太平洋戦争後70年以上経た現在でも、遺骨や遺物が現在の人々を突き動かす状況が明らかになった。モノに着眼して水俣病の現状をみると(下田)、苦難の記憶が石像を生み出し、モノと記憶が絡み合う様相が看取された。一方、クリスマス島住民は、英米核実験の危険性を感じていなかったが、外部者が知識を導入して放射線への不安が喚起され、被曝の記憶は再編された(小杉)。
紛争後フィジーでは、先住系住民の優遇法制の下、父系社会における母系親族への権利(ヴァス権)が移民子孫の言説に流用され、相互関係が探られていた(丹羽)。「済州4・3」事件以降、分断された住民は、凄惨な経験の語りえない感覚や感情を生起させながら、共存し続けていた(伊地知)。北アイルランド紛争の語りには、悲惨な恐怖体験にもかかわらず、自虐的「笑い」が付随していた(酒井)。スロヴァキアのハンガリー系住民と主流社会の住民は、歴史と言語を巡る微妙な軋轢のなか、日常的平穏を保っていた(神原)。
このように、戦争の痕跡、病いや放射線被曝、エスニックな対立や紛争に関わる他者接触の多様な事例において、歴史記憶と物質性、語りと沈黙、感覚や感情が複合的に絡み合いながら、矛盾を含む複雑な人々の相互行為が生起される様態を明示した。研究発表と討議を通じて、個別の歴史や地域による特異性が明らかにされただけでなく、差異を超えた共通事象を見出す可能性を把捉することができた。

【館内研究員】 丹羽典生
【館外研究員】 金子正徳、河野正治、北村毅、桑原牧子、小杉世、長坂格、西村一之、比嘉夏子、深川宏樹 、藤井真一、森亜紀子、山口裕子、吉田匡興、深田淳太郎
研究会
2020年6月6日(土)13:30~19:00(ウェブ会議)
北村毅(大阪大学)「沖縄のガマにおける集団憑依現象へのアプローチ」(仮)
質疑応答
長坂格(広島大学)「イタリアにおけるフィリピン系若者移住者の未来イメージ」(仮)
質疑応答
全体討論
2020年7月4日(土)13:30~19:00(ウェブ会議)
金子正憲(摂南大学)「インドネシアにおける「日本」をめぐる記憶と変化」(仮)
質疑応答
西村一之(日本女子大学)「「社」から「神社」へ、そしてその後-台湾における日本認識の理解に向けて―」(仮)
質疑応答
全体討論
2020年11月7日(土)13:30~19:00(ウェブ会議)
森亜紀子(同志社大学)「南洋群島に生きた沖縄の人びとの植民地経験」(仮)
質疑応答
藤井真一(国立民族学博物館)「移動の来歴と史実性――ソロモン諸島ガダルカナル島における人的交流の歴史経験」(仮)
質疑応答
全体討論
2020年12月5日(土)13:30~19:00(ウェブ会議(予定))
吉田匡興(桜美林大学)「パプアニューギニア、アンガティーヤ社会での過去語りの諸相:植民地化以降の「他者」経験を中心にして」(仮)
質疑応答
河野正治(東京都立大学)「『外来の人』を始祖とする人々:ミクロネシア・ポーンペイにおける他者接触の歴史と親族関係の想起」(仮)
質疑応答
全体討論

2019年度

民博において研究会を4回(6月~7月、10月~12月)開催する。共同研究会メンバー及び特別講師が、他者接触の記憶と語りに関わる人類学的な事例研究を発表し、総合的に討論する。今年度は、オセアニア・東南アジア島嶼部における移民マイノリティの経験と記憶、太平洋戦争の歴史記憶と語りに関する研究のメンバーによる発表を予定している。また、第2回と第4回の研究会では特別講師を招聘して、ヨーロッパにおける民族紛争の経験と対立の歴史、スティグマをもつ人々の感情と記憶に関する事例研究等を発表してもらう予定である。開始から2年度目であるため、多様な事例研究を題材にして討議を行うことにより、共通する概念の抽出や理論的抽象化の端緒を掴むことを目標に据えて、共同研究を進める。

【館内研究員】 丹羽典生
【館外研究員】 金子正徳、河野正治、北村毅、桑原牧子、小杉世、長坂格、西村一之、比嘉夏子、深川宏樹 、藤井真一、森亜紀子、山口裕子、吉田匡興、深田淳太郎
研究会
2019年6月29日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
深田淳太郎(三重大学)「遺骨収容活動における模倣的振る舞いと死者との接続」
質疑応答
丹羽典生(国立民族学博物館)「紛争後におけるフィジー少数民族の歴史実践の比較分析」
質疑応答
全員「全体討論」
2019年7月20日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
酒井朋子(神戸大学)「長期紛争体験の語りにおけるユーモア:北アイルランド紛争の常態化、倫理的試行としての笑い」
質疑応答
神原ゆうこ(北九州市立大学)「スロヴァキアの民族混住地における対立の外在化と共生の語り――多様化するハンガリー系マイノリティが語る不満と語らない不満」
質疑応答
全体討論
2019年11月30日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
伊地知紀子(大阪市立大学)「済州4・3をめぐる経験と感覚――朝鮮半島と日本の近現代と他者」
質疑応答
小杉世(大阪大学)「クリスマス島における英米核実験――キリバス民間人の視点から」
質疑応答
全体討論
研究成果

本年度は、共同研究会を4回開催した。特別講師3人を含む8人が発表を行い、総合的に討論した。
ソロモン諸島で戦死した日本兵の遺骨収容活動(深田)、パラオの戦跡観光をめぐる現地日系人を含む多様なアクターの実践(飯高)において、太平洋戦争後70年以上経た現在でも、遺骨や遺物が現在の人々を突き動かす状況が明らかになった。モノに着眼して水俣病の現状をみると(下田)、苦難の記憶が石像を生み出し、モノと記憶が絡み合う様相が看取された。一方、クリスマス島住民は、英米核実験の危険性を感じていなかったが、外部者が知識を導入して放射線への不安が喚起され、被曝の記憶は再編された(小杉)。
紛争後フィジーでは、先住系住民の優遇法制の下、父系社会における母系親族への権利(ヴァス権)が移民子孫の言説に流用され、相互関係が探られていた(丹羽)。「済州4・3」事件以降、分断された住民は、凄惨な経験の語りえない感覚や感情を生起させながら、共存し続けていた(伊地知)。北アイルランド紛争の語りには、悲惨な恐怖体験にもかかわらず、自虐的「笑い」が付随していた(酒井)。スロヴァキアのハンガリー系住民と主流社会の住民は、歴史と言語を巡る微妙な軋轢のなか、日常的平穏を保っていた(神原)。
このように、戦争の痕跡、病いや放射線被曝、エスニックな対立や紛争に関わる他者接触の多様な事例において、歴史記憶と物質性、語りと沈黙、感覚や感情が複合的に絡み合いながら、矛盾を含む複雑な人々の相互行為が生起される様態を明示した。研究発表と討議を通じて、個別の歴史や地域による特異性が明らかにされただけでなく、差異を超えた共通事象を見出す可能性を把捉することができた。

2019年10月26日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第2演習室)
下田健太郎(慶應義塾大学)「想起される水俣病経験――移ろいゆく行為者への視点」
質疑応答
飯高伸五(高知県立大学)「慰霊と観光の狭間で――ペリリュー島における戦争の記憶をめぐるエイジェンシー」
質疑応答
全体討論

2018年度

〈2018年度〉 研究会を2回(10月、2月)開催する。初回は、研究代表者が共同研究の趣旨を説明し、メンバー各自が個別研究の方向性と今後の研究計画を報告する。また、研究の理論的枠組みについて、多様な学術的立場から意見交換を行う。第2回は、オセアニア、東南アジア島嶼部における事例研究に基づいて討論を行い、共同研究の方向性について確認する。

【館内研究員】 丹羽典生
【館外研究員】 金子正徳、河野正治、北村毅、桑原牧子、小杉世、長坂格、西村一之、比嘉夏子、深川宏樹 、藤井真一、森亜紀子、山口裕子、吉田匡興
研究会
2018年10月28日(日)13:30~19:30(国立民族学博物館 第4演習室)
風間計博(京都大学)「オセアニア・東南アジア島嶼部における他者接触の歴史記憶と感情の人類学」
質疑応答
研究方針の口頭説明(10分×14人)
全体討論
2019年2月22日(金)13:30~19:00(国立民族学博物館 第4演習室)
風間計博(京都大学)「世代を超えた歴史記憶の継承と感情――フィジーにおけるバナバ人の歌劇と怒り」(仮)
質疑応答
山口裕子(北九州市立大学)「生きている過去と身体:1960年代以降のインドネシア地方社会における集団的暴力へのアプローチ」(仮)
質疑応答
全体討論
研究成果

初年度は、2回の研究会を国立民族学博物館において開催した。第1回研究会では、共同研究会の検討課題および目的、他者接触(植民地・戦争・移民経験等)、歴史記憶、史実性といった鍵概念を軸にして、代表者(風間計博)が基調報告を行った。次いで、共同研究会メンバー各々が、問題関心や研究主題について簡潔に報告し、相互批評のうえで総合討論を行った。この結果、メンバーによる問題意識の共通性および個別の問題関心、今後の検討課題を浮かび上がらせることが可能となった。第2回研究会では、風間計博が、初回の発表を概括したうえで、オセアニア島嶼部の強制移住経験者であるバナバ人を対象として、歴史記憶を再構築する創作歌劇と感情の喚起に関する事例報告を行った。さらに、山口裕子は、インドネシアの東南スラウェシ州において、1969年に勃発した集団的暴力事件(69年ブトン事件)をとりあげ、巻き込まれた人々の詳細な語りを素材とした事例報告を行った。報告の後、参加者全員によって、歴史記憶や語りに内包される矛盾および史実性概念に関する討論を行った。