国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

インド北・西部における都市型祭礼の変容に関する文化人類学的研究――経済自由化、宗教ナショナリズムと宗教実践との相互連関の民族誌的把握を目指して(2003-2005)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(B)海外学術調査(1) 代表者 三尾稔

研究プロジェクト一覧

目的・内容

インド西・北部の都市のヒンドゥー教的年中祭礼の近年の顕著な傾向として、これまで行われていなかった祭礼が突然挙行されるようになり、大きな人気を博するものがいくつも出来てきているという現象がある。この背景には、1990年代以降の経済自由化による都市中流層の生活様式の変化や同時期にこの層を支持基盤として勢力を拡大したヒンドゥー・ナショナリズムの隆盛など、インドの政治経済の急速な変動があることが考えられる。
本研究では、各々のフィールドに精通した中堅・若手研究者が密接な協力を行うことにより、
1)都市型祭礼の変容はインド北・西部のどの程度にまで共通して見られるか。また都市部から農村部への広がりは見られるのか
2)経済近代化がヒンドゥー祭礼に影響を与えているとすれば、ムスリムの祭礼は何らかの影響を蒙っているのか。それはヒンドゥー祭礼と比較したときどのような特徴を持っているのか
3)祭礼の変容を支えていると考えられるヒンドゥー・ナショナリストの意図は何か。また祭礼参加者はどのような動機で宗教ナショナリズムをも支持してゆくようになるのか
4)宗教祭礼と政治的なイデオロギーとの関係はムスリムではどのような特徴をもっているのか
等の諸点を明らかにし、近年のインドの宗教文化の変容のあり方を文化人類学的観点から具体的かつ多角的に把握することを目標とする。

活動内容

2005年度活動報告

今年度はプロジェクト最終年度にあたり、これまでの調査を発展継続するとともに研究会を通じ各自の研究成果を交換し、この科研による知見の分析と総合を行い今後の課題を展望した。
三尾は17年9月から10月にグジャラート州を中心に調査を行い、ラージャスターン州でも補充的調査を行った。その結果明らかとなった祭礼組織と宗教ナショナリズム団体との複雑な関係に関する考察はOxford大学出版から出版される英文論文集に発表される。
また経済改革とインド文化の変容に関する知見は千里文化財団から出版されたインド・ファッションに関する著作に、イスラーム聖者廟祭礼の変容を長期的な社会変動と関連づけて捉えた論文は『歴史学研究』の論文にまとめた。
八木は8月末から9月に北インドで調査を実施し、祭礼と市民の意識の変化を究明するとともに農村での宗教伝統の変容にも関心を広げ論文を発表した。
また小牧はムスリムの社会や宗教祭礼の変容に関する調査結果を博士論文に結実させる一方、インド北部のイスラーム聖者信仰に関する調査を行い、その知見をいくつかの論文にまとめた。インドのムスリムはイスラーム世界全体の変容からも深い影響を受けており、宗教実践の変容の様相はヒンドゥーとも微妙に異なっていることが明らかとなった。
17年度はこれまで研究分担者であった中島岳志が米国への長期留学をしたため研究協力者となった他、従来同様東海大学講師小磯千尋、大阪樟蔭大学講師金谷美和、大阪外国語大学講師中谷純江が研究協力者として本研究課題に参加し、各自の調査地域での調査を継続しその成果を論文や著作にまとめた。
特に中島がこの科研の成果も組み込んで発表したヒンドゥー・ナショナリズムに関する著作はアジア・太平洋研究賞を受賞するなど高い評価を得ている。研究会は17年の夏と冬に実施し、変容の方向性を同じくしつつもインド各地の社会的・文化的変異によって経済社会変動が祭礼のあり方に与える影響が多様になってくるメカニズムが明らかとなった。その成果は年度末に発行した研究成果報告論文集にまとめられた。

2004年度活動報告

平成15年度の調査においては各自のフィールドでの課題を発見し、問題意識を深化させることに主眼がおかれたが今年度はその問題意識に基づいて、さらに各自のフィールドでの調査を継続することが主目標となった。
三尾は16年10月から11月にかけて、ラージャスターン州およびグジャラート州で秋の女神祭礼の変容に関する調査を行い、新しい都市型祭礼が農村部にまで広がっていることを確認するとともに、その広がりがヒンドゥー・ナショナリスト勢力の農村部への浸透の重要な手がかりとなっていることを明らかにした。その成果はManohar社から出版される英文論文集に発表される。またイスラーム的な聖者廟の祭礼における変容を政治や社会の変化と関連させつつ分析し論文にまとめた。
八木は16年9月にヒンドゥーの聖地ワーラーナスィーで雨季の様々な祭礼を聖地を中心とした都市の社会構造と関連させつつ調査した。また聖地の都市の成立に関しての基礎的な考察を論文にまとめた。
小牧はインドおよびパキスタンにおけるイスラームの動向を南アジアの政治・経済・社会の急速な変化と関連させて分析し、いくつかの論文にまとめた。一連の予備的考察を踏まえて、17年3月にインド・パキスタンでスーフィズムの聖者廟祭礼の調査を実施し、ムスリムの社会変容と祭礼の変容との関連を追及した。
中島はインドのヒンドゥー・ナショナリスト団体の歴史と現状に関して文献調査を行い、それを図書や論文にまとめる一方、16年8月から10月にかけてデリー南部の寺院でフィールド調査を実施した。この寺院はヒンドゥー・ナショナリズムと深い関係を保つ一方、グローバルに展開するヒンドゥーの宗教運動とも関わりが深く、ナショナリズムとグローバリゼーションとの相関が寺院の祭礼から看取できるユニークな事例である。その調査の成果は17年度以降に発表する。
16年度も研究協力者として民族学博物館外来研究員中谷純江、大阪樟蔭大学講師金谷美和、東海大学講師小磯千尋の3名が本研究課題に参加した。中谷はラージャスターン州西部、金谷はグジャラート州西部、小磯はインド西部の大都市ムンバイでそれぞれフィールドワークを継続実施した。
研究代表・研究分担者・研究協力者総計7名の調査全体から浮かび上がるインド北・西部の祭礼の変容の傾向としては、その変容が都市部だけにとどまらず農村部にも急速に及びつつあること、その広がりが多様な電気メディアの普及やナショナリズムの浸透と密接にかかわりがあること、変化の速度そのものが速くなり地域間の相互影響も変化に深く関わっていることなどが指摘できる。
各自の調査が様々な時期に分散したことから、研究会は16年6月に1回実施し、今年度の調査方針について打ち合わせを行った。17年度は研究会を多めに実施し、この科研で得られた知見の分析と総合を行うことが課題となる。

2003年度活動報告

研究初年度にあたる15年度は、研究代表者および分担者が各自調査地域に赴いて予備的なフィールド調査を実施したり日本国内で先行文献の研究を行ったりするとともに、調査結果に基づく研究会を開いて打合せを行い、16年度以降の本格的な民族誌学的フィールド調査の準備を行った。
三尾は15年9月末から10月にかけてインド西部ラージャスターン州メーワール地方の中心都市ウダイプルで1ヶ月弱のフィールド調査を行い、秋の女神祭礼においても祭礼の内容や挙行方式が90年代以降大きく変容している事実を発見し、これにインドの経済自由化や宗教ナショナリズムの興隆が密接に関連することをインタビューや参与観察によって確認した。また祭礼の変容は宗教ナショナリズム団体の媒介もあって都市部にとどまらず農村部や先住民族地域にも広がっていることを確かめた。
八木は8月から9月にかけてインド北部のウッタルプラデーシュ州の農村部で経済自由化や政治の変動が村落の社会や文化に及ぼす影響に関して調査を行ったのち、同州中部の大都市バラナシにおいて予備的な調査を実施した。その結果90年代のヒンドゥーとムスリムの対立がバラナシの祭礼の挙行のあり方に大きな影響を与えていること、また都市の新興中産階層や新たに移住してきた人々がコミュニティ単位で新しい祭礼を始めていることなどが明らかとなった。
一方中島は首都デリーにおいて10月に調査を行い、宗教ナショナリズム団体が祭礼の興隆や変容にどのように関わろうとしているのかをインタビューによって明らかにするとともに、首都圏では祭礼が信仰というよりは消費の対象となりつつある実態を参与観察調査によって確認した。
小牧は国内での文献調査によってインドやパキスタンのムスリムの信仰実践やアイデンティティが90年代以降の政治経済変動にどのように影響され変容しようとしているのかを明らかにした。
15年度は研究協力者として民族学博物館外来研究員中谷純江、大阪樟蔭大学講師金谷美和、東海大学講師小磯千尋の3名が本研究課題に参加した。中谷はラージャスターン州西部、金谷はグジャラート州西部、小磯はインド西部の大都市ムンバイでそれぞれフィールドワークを実施した。各地域の個別事情によって現象形態は様々だが、いずれも90年代のヒンドゥー・ムスリムの対立や急速な経済発展がそれぞれの社会を大きく変動させそれが信仰実践や祭礼のあり方の変容にも現れている。
研究会はフィールドワーク実施前の7月と実施後の12月の2回、民族学博物館で行い、研究協力者も含めた全員が参加して成果を報告し活発な議論を行った。その結果、(1)大都市を中心とした消費社会化に十分注目しつつ、祭礼のベースであるインド北・西部の都市社会、特にその中産階層の特質を明らかにする(2)宗教間の対立と同時に、都市と農村の格差にも注意を払い広域的な祭礼の変容動向を把握する(3)雨期から雨期明けの祭礼に変容が顕著であることから出来る限りこの時期に集中して各地の祭礼を調査して比較を行うといった点が来年度以降の共通の調査課題として焦点化された。
16年度はこのような共通課題を踏まえつつ、各自のフィールドでの調査をより深めることが目標となる。