国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

南九州・薩南諸島・奄美大島における琉球系民俗芸能の研究――境界領域における民俗的異文化イメージの形成と伝承(2003-2006)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(C)一般(2) 代表者 笹原亮二

研究プロジェクト一覧

目的・内容

九州と沖縄の間に位置する薩南諸島・奄美諸島は、物質文化等様々な面において、沖縄と共通する琉球系の民俗文化と日本本土と共通するヤマト系の民俗文化が接する地域である。両系統はトカラ・奄美間の境界線から九州側ではヤマト系、沖縄側では琉球系に大まかに分かれるものの、場所によっては両系統が混在したり、事象毎にずれや偏りが見られたり、実際は相当程度錯綜している。
同様の傾向は民俗芸能においても認められる。奄美以南は琉球系、トカラ以北はヤマト系に大まかに区分されるが、両系統の棲み分けは必ずしも厳密ではない。例えば、ヤマト系の民俗文化が優越する南九州~種子島には、地元の人々が琉球人に扮して演じる踊が各地に見られる。一方、奄美諸島でも琉球系の芸能に混じってヤマト系の芸能が行われていて、民俗芸能は他の民俗文化にもまして複雑な分布の様相を見せている。こうした両系統の民俗芸能のありようは、両系統の民俗芸能の九州や沖縄からの自然的伝播のみによって形成されたのではなく、奄美諸島の薩摩藩領化・琉球薩摩両使節団の頻繁な往来・漁労や交易や出稼ぎを通じた人々の移動等、この地域が経てきた歴史と複雑に関わりつつ形成されたことを予想させる。
本研究ではこうした問題意識に基づき、特に琉球系の民俗芸能に焦点を当てて調査を行いその実態を明らかにする。同時に、それらの歴史的・文化的環境との関連や伝承の今日的変容、更には当該地域内のヤマト系芸能の伝承等にも配慮しつつ多角的に検討を行い、境界領域の異文化イメージの顕現として、それらの形成・伝承の様相の解明を試みる。

活動内容

2006年度活動報告

平成18年度は、徳之島の夏目踊・奄美大島笠利町の八月踊・大和村の豊年祭・喜界島の八月踊・三島村硫黄島の八朔面踊などの現地調査を行ったほか、鹿児島県立図書館・同館奄美分館・徳之島町立歴史民俗資料館・喜界町立図書館などにおいて、文献などの関連資料・情報の調査・収集を行った。また、沖縄県立図書館・沖縄県立芸術大学附属研究所などで、沖縄・奄美諸島の芸能全般に関する文献などの関連資料・情報の調査・収集を行った。その結果、従来は八月踊の分布域として一括して理解される傾向にあった奄美大島・喜界島・徳之島であったが、それぞれの島毎に独特の特徴が認められ、先ずはそれぞれの島の民俗芸能の状況を個別に検討することの重要性が明らかになった。
喜界島の八月踊については、島内各地の主要な民俗芸能となっている点は奄美大島と共通するが、具体的な内容は、踊り手は女性が多く、女性同士の歌掛けが行われていて女性中心である点、み八月ではなく島遊びにおいて行われている点など、奄美大島の八月踊とは様々な相違が認められた。
徳之島では、夏目踊を初め島内各地の踊が奄美大島の八月踊と同系統の芸能として従来は理解されてきたが、み八月ではなくて浜下りに行われている点を初め、奄美大島の八月踊とは様々な差異がみられた。また、同島の田植歌では、薩摩藩の武士を揶揄した歌詞が多数伝わっていて、ほかの島々には見られないこの島の人々独特の芸能を通じたヤマトに対するイメージの表出として注目された。
奄美大島大和村の豊年祭では、八月踊と共に、異様な扮装や化粧や仮面を被った女性によるイッソーと呼ばれる踊が行われていた。これらは、南九州・薩南諸島から奄美大島、更には与論島へと続く仮面の芸能の系譜を考える際に、その間を繋ぐものとして看過できない存在であることが判明した。
本年度は本研究の最終年度として、以上の本年度の成果と、前年度までの成果を集成して本研究のとりまとめを行った。

2005年度活動報告

今年度は、奄美諸島の琉球系・ヤマト系芸能に関しては、与論島の十五夜踊に関する現地調査を行ったほか、沖縄県立図書館・鹿児島県立図書館・同図書館奄美分館などにおいて、文献資料等の関連資料・情報の調査・収集を行った。南九州の民俗芸能に関しては、悪石島の盆踊、種子島の面踊、鹿児島市吉田町の太鼓踊・獅子舞・疱瘡踊、いちき串木野市の田遊び系芸能、金峰町の水神踊において現地調査を行ったほか、鹿児島県立図書館・鹿児島市立図書館などにおいて、文献等の関連資料・情報の調査・収集を行った。その他の日本本土各地の異文化イメージが認められる民俗芸能に関しては、関東地方の獅子舞について、現地調査・関連資料・情報の調査・収集を行った。
その結果、奄美地方の北部、奄美大島・加計呂間島の豊年祭芸能では、仮面の使用、稲作系の農耕儀礼的要素、猪狩りのモチーフ、「ザトウ」の登場といった共通する趣向が見られ、それらは何れも、南九州との関係が想定されるヤマト的な特徴であるが、その一方で、囃子や歌や演者の衣裳などには琉球的特徴が認められ、更には奄美地方独特の歌も用いられていて、全体的に見ると、「ヤマト的+琉球的+奄美的」な芸能という複雑な混合物となっていて、そこには、ヤマト(薩摩)・琉球・中国(琉球経由)との密接な関係において形成され、展開してきた奄美の地域的性格の反映を見ることができた。また、それに与論島の事例も含めて考えると、豊年祭における相撲の盛行という共通点が浮かび上がってくる。それらにおいては、相撲の合間に様々な芸能が行われるという上演形式において共通しているが、それは、どのような芸能でも原理的には取り入れて上演を可能とする極めて柔軟性に富んだ形式であり、それが前述の「ヤマト的+琉球的+奄美的」な芸能という複雑な混合物の上演を可能にしているという、芸能受容の具体的なメカニズムを明らかにすることができた。しかし、芸態レベルで奄美の芸能と旧薩摩藩領の芸能を詳細に比較すると、仮面の形状、猪や農耕の演出など、共通しつつも差異も認められ、一方から他方への単純な伝播を想定するだけでは説明が付かない。従って、それらの関係については、更なる検討が必要である。
そのほか今年度は、関東地方の獅子舞についても、演出や芸態に異国的形象が認められる芸能として調査を行った。調査の対象となった獅子舞は、何れも角のある獅子頭を有する風流系の三匹獅子舞であったが、現在でも、地域内で、夏期の厄祓いや祈祷などの信仰的な役割を果たしている。また、獅子舞の由緒来歴に関する文書を有し、地域における歴史的な位置付けが明確であった。このように、獅子舞と域社会の人々の生活との間に強固な紐帯が存在する場合、獅子舞が本来外来脈の芸能であるという点には、人々の関心が焦点化する必然性は希薄であると理解できた。

2004年度活動報告

今年度は、奄美諸島の琉球系・ヤマト系芸能に関しては、奄美大島において、八月踊・油井豊年祭・諸鈍芝居、沖永良部島について各種遊び踊や三線に関する現地調査を行ったほか、沖縄県立図書館・沖縄県立芸術大学附属研究所・和泊町立歴史民俗資料館・和泊町立図書館・知名町教育委員会・鹿児島県立図書館奄美分館・名瀬市立奄美博物館において、文献・映像資料等の関連資料・情報の調査・収集を行った。薩摩藩領の琉球系・ヤマト系民俗芸能に関しては、薩摩半島において琉球傘踊等の風流系の踊について現地調査を行ったほか、鹿児島県立図書館・鹿児島県立歴史センター黎明館・鹿児島国際大学において、文献等の関連資料・情報の調査・収集を行った。その他の日本本土各地の異文化イメージが認められる民俗芸能に関しては、唐人踊等、趣向に異国的な形象が認められる民俗芸能について、各地で現地調査・関連資料・情報の調査・収集を行った。
その結果、奄美地方各地では、琉球・ヤマト両系統の芸能が、各地域の人々が様々な芸能上演を尽くす豊年祭等の祭の場を母体として受容され、上演されているが、同じ奄美地方でも徳之島以北と沖永良部島以南では受容・上演の様相に違いが認められることが確認できた。特に注目されるのは沖永良部島で、そこでは現在、琉球系芸能的要素がかなり強固に認められるが、明治よりも前からの伝承とされる音楽・芸能には琉球系とはやや異なる独自性がみられること、日本本土との関係を示す口頭伝承や芸態を有する民俗芸能が意外とみられることなど、興味深い様々な問題点が明らかになった。旧薩摩藩領の民俗芸能に関しては、異国・異文化的形象を趣向とする民俗芸能が、願成就やホゼ等、地域の人々により芸能尽くしが行われる祭りの場を母体として行われてきたという、奄美地方と類似の状況があったことが確認できた。
そのほか今年度は、長崎県五島地方に関しても現地調査を行った。同地方は、かつては遣唐使の航路にもなっていて中国との境界領域に位置するが、そうした交渉を伝える史跡等は見られるものの、奄美地方のように祭りや芸能や音楽といった民俗文化レベルでの異国・異文化イメージの伝承はほとんど認められなかった。両地方は境界領域に位置しながら、何故そうした差違が生じるのか、対馬・壱岐・隠岐等、五島と同様の地理的条件にあるほか地域とも比較しつつ、検討する必要があるという新たな問題が浮上した。

2003年度活動報告

今年度に関しては、鹿児島県立図書館・鹿児島県立図書館奄美分館・徳之島町立図書館・天城町立図書館・知名町立図書館等において、琉球人踊・琉球人笠踊などの琉球系民俗芸能、琉球節・上り(下り)口説きなどの民謡や民俗音楽、与論十五夜踊・諸鈍芝居などの奄美諸島の民俗芸能に関する論文・報告書等の関連文献について調査を行い、文献の目録作成及び収集を行った。鹿児島国際大学においては、旧鹿児島女子短大南日本文化研究所所蔵資料の調査を行い、前述の各種芸能の録音・録画資料を収集した。また、鹿児島県立歴史資料館黎明館・中種子町立歴史民俗資料館・知名町立歴史民俗資料館・十島村役場・三島村役場等の諸機関、元鹿児島大学教授下野敏見・鹿児島国際大学教授松原武実・沖縄県立芸術大学助教授久万田晋等の諸氏と面談し、当該地域の琉球系芸能や民俗芸能・民俗音楽に関する情報を収集した。
その結果、琉球系芸能は宮崎南部から鹿児島にかけての旧薩摩藩領と種子島・屋久島、及び与論島・沖永良部島の奄美諸島南部に分布していること、前者は地元の人が琉球の人々に扮する異文化表象的な芸能、後者は琉球の芸能音楽と共通する基盤を有する芸能というように、両者の性格が異なること、奄美諸島各地では、ヤマトの人々や旧薩摩藩の人々に扮したり、薩摩から伝わった、あるいは習ったという伝承を有する、南九州~薩南諸島氏は逆のかたちの異文化表象的な芸能が各地に分布していることが明らかになった。また、これらの民俗芸能は各地の祭礼や催事に際し、一種の風流として不定期に行われてきたものが多く、なかなか実際の上演を見るのが難しいので、現地での情報収集を密にして、上演の機会を逃さず現地調査を行うことが重要であることを確認した。
そこほか今年度は、奄美大島の平瀬マンカイ・八月踊、与論島の与論十五夜踊、種子島の現和の願成就におけるヨンシー踊、屋久島の湯泊の琉球人笠踊について現地調査を行い、上演の次第・芸態・由来などに関して、映像記録の作成や関係者へのインタビューによって各種データを収集した。