国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

セルロース系ナノファイバーの紙資料保存への応用(2015-2017)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 園田直子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

19世紀半ばから20世紀初頭に造られた紙の大半は酸性紙であり、世界の図書館・文書館では紙資料の保存が危機に瀕している。酸性紙対策では、脱酸性化処理で紙の劣化が抑制できても、紙の強度は復元できない。一方、既存の紙強化法は、処理後、紙が硬くなる、文字情報が見にくくなる、紙の厚みが増すなどの欠点をもつ。
本研究では、セルロース系ナノファイバーという新材料に着目する。セルロース系ナノファイバーは、セルロースのミクロフィブリルが束になった繊維であるため、紙に対して長期的安定性をもち、また接着剤を使わずに紙に水素結合で結びつかせることができる。ナノレベルの繊維であるため高い透明性をもつとともに、紙表面に塗布してもその厚みは無視できる。本研究では、セルロース系ナノファイバーを紙資料保存で応用する可能性を検証し、既存の劣化紙強化法がもつ欠点を克服した、新しい強化法を提示する。

活動内容

2017年度活動報告

19世紀半ばから20世紀初頭の紙の大半は酸性紙であり、世界の図書館・文書館では紙資料の保存が危機に瀕している。紙の保存を行うために、一般的には紙資料に対する劣化抑制処理(脱酸性化処理)及び強化処理が行われる。しかしながら、既存の紙強化法は、処理後、紙が硬くなる、文字情報が見にくくなる、紙の厚みが増すなどの欠点をもち、実用化にいたる大量強化技術の開発が求められている。
本研究では、劣化紙の上からセルロース系ナノファイバーを効果的に塗工する手法を技術的に確立するために、実験室レベルでの基礎的及び実用的な検討を行った。具体的には、a.材料:紙強化に適したセルロース系ナノファイバーの製造開発、b.手法:セルロース系ナノファイバーを紙に塗布し(付着させ)強化する手法の開発、c.評価:開発した強化法の強度向上効果と劣化抑制効果、ならびに保存図書・文書資料など文化財への適用評価、これらを組み合わせて研究を進めた。
平成29年度は、前年度にひきつづき、セルロース系ナノファイバーを広葉樹晒クラフトパルプを原料とし、研究者チームで独自に調整し、実験に供した。セルロース系ナノファイバーを紙に塗布し(付着させ)強化する手法としては、前年度に効果がみられたフリース法に比重をおいて検討を進めた。これまでの実験結果から、フリース法における最適塗工条件は明らかになっているが、課題として残っていたのが乾燥温度であった。そこで、本年度は乾燥法として、凍結乾燥、真空乾燥、熱による回転乾燥を比較検討した。その結果、真空乾燥は外観に変化を与えず、また強化処理の効果も得られることから、保存図書・文書資料など文化財へも適応できることが実験的に証明でき、強化処理法の実用化が期待できる結果を得ることができた。この成果をもとに、現在、「紙の強化方法」を特許出願中である。

2016年度活動報告

本研究では、セルロース系ナノファイバーという新素材を用いて、新しい劣化紙強化法を提示することを目的としており、a.材料:紙強化に適したセルロース系ナノファイバーの製造開発、b.手法:セルロース系ナノファイバーを紙に塗布し(付着させ)強化する手法の開発、c.評価:開発した強化法の強度向上効果と劣化抑制効果、ならびに保存図書・文書資料など文化財への適用評価、これらを組み合わせて行っている。
まずは、劣化紙の上からセルロース系ナノファイバーを効果的に塗工する手法の技術的確立を優先し、材料としては容易に入手できる市販のセルロース系ナノファイバーを用い、手法としてはフリース法とエレクトロスピニング法の応用の可能性を追究したところ、保存図書・文書資料など文化財への適用が期待できることが判明したが、補強効果の向上が課題となっていた。
そこで、平成28年度は、セルロース系ナノファイバーを独自に調製し、劣化紙強化法の確立を目指した。フリース法においては、最適塗工条件を見いだすにあたって、塗工前の湿潤処理効果の影響、セルロース系ナノファイバーの塗工量、セルロース系ナノファイバーの原料、および乾燥温度について検討した。その結果、湿潤効果が有効であること、原料としては広葉樹晒クラフトパルプが適していること、塗工量が2.0g/m2~4.0g/m2、乾燥温度が80℃~90℃の条件上で、強度向上効果があることなどが分かった。エレクトロスピニング法においては、紡糸助剤として用いた薬剤が経年劣化により酸性物質を放出する可能性があることが判明したため、代替薬剤の検討を始めた。

2015年度活動報告

酸性紙対策では、脱酸性化処理で紙の劣化が抑制できても、紙の強度は復元できない。一方、既存の紙強化法は、処理後、紙が硬くなる、文字情報が見にくくなる、紙の厚みが増すなどの欠点をもつ。本研究では、セルロース系ナノファイバーという新材料に着目し、既存の劣化紙強化法がもつ欠点を克服した、新しい強化法を提示する。そのため、本研究では、劣化紙の上からセルロース系ナノファイバーを効果的に塗工する手法を技術的に確立するために実験室レベルで基礎的及び実用的な検討を行う。
初年度は、劣化紙強化法としてはフリース法とエレクトロスピニング法を対象に、市販のセルロース系ナノファイバーを用いて、最適塗工条件の検討をおこなった。フリース法では、従来の繊維を用いたフリース層を、セルロース系ナノファイバーに置き換える実験を、塗工量、片面加工・両面加工、脱酸性化処理の有無、これらの条件から検討した。結果、片面加工では水分による寸法変化から紙がカールする現象が確認されたが、両面加工により改善が見られた。また、脱酸性化処理を併用すると紙の強度向上が期待できることが判明した。エレクトロスピニング法においては、助剤の濃度を変えて検討した結果、エレクトロスピニング処理によるセルロース系ナノファイバー強化処理が可能であることが確認できた。また、同手法で用いるアルカリ助剤としては炭酸マグネシウムよりも炭酸ナトリウムの方が適していることが判明した。
フリース法、エレクトロスピニング法、いずれの手法においても、強化処理後の劣化紙に硬さはなく、また文字情報が容易に読めることが確認でき、図書・文書資料など文化財への適用が期待できる結果となった。今後の課題は補強効果の向上である。そのために、独自のセルロース系ナノファイバーの製造という材料面での改良とともに、脱酸性化処理の併用の可能性を含め、劣化紙強化法の塗工条件の改良に取り組む。