国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

花街の担い手コミュニティの日常的実践に関する歴史人類学的研究(2015-2017)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|特別研究員奨励費 代表者 松田有紀子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、文化遺産化をめぐる花街の担い手たちの日常的実践を理解するために、過去の「イエ」の営業実態を明らかにした上で、個の商売上の利益と「花街」というコミュニティを併存させる流儀=〈芸〉を歴史人類学の観点から解明することである。
本研究では、「祇園町の伝統」の継承者であり担い手であるお茶屋・置屋の女将や芸舞妓たちの集団を、「担い手コミュニティ」として位置づける。まずは、彼女たちが直面した危機にど際して、「祇園町の伝統」を資源へと転換し、祇園町のネームバリューをいかに形成してきたのかを通時的な視座から示す。
その上で、こうした「伝統」の担い手たちの〈芸〉が、現行の文化財行政との関係においていかに表出しているのかを共時的な視座から調査し、花街の文化財指定をその担い手たちにとって有意義なものとする可能性を長期的な視座から考察する。

活動内容

2017年度活動報告

本研究員の長期的な研究目的は、現行の文化遺産化をめぐる花街の対応を理解するために、過去の「イエ」の営業実態を明らかにした上で、個の商売上の利益と「花街」というコミュニティの存続を両立させる流儀=〈芸〉を歴史人類学的な視座から解明することにある。平成29年度は三年間の調査を経て、2020年の東京オリンピックを見すえた地方行政レベルの支援が、現地における花街という「伝統」の担い手たち=芸妓、お茶屋の女将らにとってどのような作用をもたらしているのかという点について、より正確な現状を把握するにいたった。
平成29年度は前年度までの予備調査および研究実施状況を受けて、京都花街とその担い手らによる新たな実践(地方行政レベルによる無形文化遺産指定とそれを受けての活動)を参照しつつ、当地の業態・業種に即した独自の試みを行う他府県の都市型花街を対象として、その担い手らにインタビューを行った。その結果、地域における新たな観光資源として各地の花街とその固有の文化・慣習が「発見」され、公共事業の一環として支援を受けている実例(金沢、新潟、盛岡、山形、東京、名古屋、京都、大阪、博多、長崎など)を観察することができた。個別の事例における現状とその課題については、『花街の美――継がれゆく芸妓・舞妓の伝統(仮)』(松田有紀子・田中圭子・山本真紗子編著、誠文堂新光社、2018年12月刊行予定)としてまとめ、アカデミズムに留まらない研究成果の還元を目指す。
個別の花街における行政の支援とそれを受けた「伝統」の担い手たちの活動について、現地における有形・無形文化財行政をめぐる実情と新たな<芸>の創出実例を観察した。宴席の減少とそれに半比例する形で増加した新規事業が芸妓らの年間行事予定に組み込まれ、新たな「伝統」が創出されている過程の具体例について明らかにした。

2015年度活動報告

平成27年度において研究員は交付申請書における課題A.文化財指定をめぐるナショナルな法制度の概観、を達成するため、文献調査によって特に「伝統」文化にかかわる無形文化遺産をめぐる行政の動向を分析した。同じく課題C.<芸>において参照される過去の生活史や経験の解明、について明治期の史料より京都市の芸娼妓営業地における業種の分布や営業規模情報を整理し資料としてまとめた。
その後、健康上の理由により平成27年7月からやむをえず研究活動を休止し、課題C.のうち石川県金沢市の調査について計上していた予算を翌平成28年度に繰越した。そのためこの予算を用いて平成28年に石川県金沢市への調査を二回にわたり実施した。平成28年7月の調査は文献調査や現地の調査協力者へのアポイントメントをとる予備調査である。平成28年9月にはインタビューおよび景観撮影を主とする本調査を行った。平成29年度には花街の担い手である芸妓やお茶屋の女将らへのインタビュー、観察を目的とした第二回目の本調査を行う予定である。
平成28年度、研究員はこれまでの調査で得た知見を踏まえて、花街の過去の生活史とその変化を一般社会に伝える為、平成28年11月6日に公開シンポジウム「装いから知る花街今昔」を、立命館大学大学院先端総合学術研究科と共催した。このシンポジウムでは、装い(髪結い、衣装、化粧など)という視点から、三人のパネリストと一名の講師を招き、約30名の一般参加者を得るという十分な結果となった。また前年度より続く文献調査の成果については、論文「異貌の町と名前のない実力者-京都における芸娼妓営業地の土地所有をめぐって」にまとめ、『渡辺先生教授退職記念論文集 異貌の同時代-人類・学・の外へ』(渡辺公三編著、2017年、以分社)に寄稿した。同書は2017年4月末に刊行予定である。