国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

バリ島の「障害」のある役者たちの演劇実践――遊戯性・あいだ性・日常との連続性(2015-2017)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|特別研究員奨励費 代表者 吉田ゆか子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

バリの演劇ではしばしば身体の欠損がジョークのネタとなる。役者(通常は健常者)は麻痺のある不規則な歩き方や吃音を模倣して滑稽な村人役を演じ、観客たちはそれを躊躇なく笑う。このようなバリにおいて、自ら障害を抱えつつ演劇に取り組む者たちがいる。本研究の目的は、身体的損傷を抱えた役者達の演劇活動の実態を明らかにしたうえで、彼らの演技や意図、そしてその社会的受容を分析し、バリの独特なる身体観を明らかにする事である。
バリの演劇では、観客も巻き込んだ即興的なやりとりのなかで演技が生成する。演技は演者と共演者と観客の「あいだ」に生まれる。このような演技の「あいだ性」の効果にも着目し、障害者の芸術活動を自己肯定感やアイデンティティの問題から捉えてきた障害学に対し、新たな視座を提示することも本研究の目的である。また本研究は、身体の損傷をめぐる意味づけや取り扱いについて、日常と上演の差異と連続性を考察する。

活動内容

◆ 2016年4月より転出

2015年度活動報告

本年は、(a)「健常者」の役者による「障害」の模倣表現の特徴整理と、演劇上の効果の分析、そしてそこに表れるバリの身体観を考察すること、(b)現地調査を実施し、実際に障害のある芸能家たちを取り巻く社会的状況と実際の演技内容を明らかにすること、(c)バリ芸能の現代的展開に関してこれまでの自身の研究を発表すること、の3点を行った。現地調査は合計で約5週間行った。
(a)に関しては、国内の学会で、仮面舞踊劇トペンを事例に、口頭発表を行った。障害を模倣する演技の特徴について(1)観客は役柄を演じ分ける演者の腕前を楽しんでおり、欠損の表現がdisabilityというよりも演者のabilityとして楽しまれていること(2)年寄り、異教徒、女、方言など、人間の他の特徴と同列に扱われ、欠損が障害というよりも差異や多様性の表現となっていること(3)観客たちにとって身近な登場人物にのみ現れること、の3点を指摘した。その上で、道化を共同体の外からやってくる「異形の者」ととらえた山口昌男の論と対比し、バリ演劇の、身体の欠損を笑いものにするジョークが、異常な他者を描くものでなく、自分たち自身の多様な身体性を楽しむ遊戯であることを指摘した。この内容については英語論文も執筆中である。
(b)に関しては、視覚障害のある歌手D、構音障害のある女優N、肢体障害のある者たちの作業所兼寄宿舎Sを中心に、上演やその前後に続く日常生活をみせていただいた。また、介助者や共演者など、健常者でありながら、障害のある者たちと共に舞台に立つ人々に対するインタビューも行い、彼らの意図や経験について語ってもらった。なお首都ジャカルタにも短期間滞在し、バリ芸能に関する資料収集を行った。
(c)に関しては、トペンの研究を単著本として出版した。その他、バリ芸能のグローバル化について国際学会で口頭発表した。