国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

世界文化遺産バンチェン遺跡と地域社会:住民の生活史の視点から(2015-2017)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 中村真里絵

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、1992年にユネスコ世界文化遺産に登録された、タイ国ウドンタニー県のバンチャン遺跡を事例として、遺跡をめぐる地域社会の変容を、住民の生活史に光をあてながら、明らかにすることを目的とする。
1966年の遺跡発見以来、バンチャン遺跡を擁するチャン村は、年代測定に関する議論や出土遺物の骨董品化、世界文化遺産登録、観光開発の波に翻弄されてきた。しかし、こうした側面と地域住民の葛藤についての記録は、断片的なものしか残されておらず、生活史の記録と収集が急務である。本研究は、住民の生活史を整理し、アーカイブズ資料として広く公表するとともに、現在の世界文化遺産の帰属をめぐる議論にも寄与することを目指す。

活動内容

2017年度活動報告

2017年度は、海外調査としては、7月2日から22日、および2月6日より3月6日まで、タイ・ウドンタニー県バンチェンにおいて遺跡や遺物に関わる人びとの生活史について、インタビュー調査をおこなった。調査で得られたデータは以下のとおりである。
(1)村人が所有する遺物:バンチェンの遺物は、博物館に文化財として保存されている物、骨董品として売られた物の他、村人が所有している物がある。村人らが販売せずに所有し続けてきた遺物に着目して聞き取り調査を実施した結果、村人らはそれらを祭壇に飾ったり、お守りとして常に身に着けたり、祭りなどの特別な機会に身に着けたりしており、村人と各遺物には特別なつながりがあることを明らかにした。
(2)遺跡や遺物をめぐる信仰:バンチェンに居住する宗教的職能者への聞き取り調査を通して、バンチェンには遺跡や遺物をめぐる体系的な信仰は見られないことがわかった。しかし、村人はクンチェンサワットという村の発展に尽力した人物を国立博物館内にある祠に祀り、願掛けや御礼参りの際におとずれ、信奉していることがわかった。
(3)観光化をめぐる問題:バンチェン遺跡は世界遺産の一つであるが、国立博物館のほかに目玉となる観光資源が少ないため、自治体主導で様々なイベントを実施し観光化を図っている。その代表的な例である世界遺産祭りについて運営委員や村びとへ聞き取り調査をした結果、観光化をめぐり村人たちが複雑な状況におかれていることがわかった。
以上の研究成果について、2017年7月に国際タイ学会(ICTS13、チェンマイ)、11月に国際人文社会学会(IC-HUSO、コーンケーン大学)にて学会発表をおこなった。8月にはウドンタニー・ラチャパット大学において招待講演をおこなった他、TBS『世界遺産』のタイ特集(11月放映)でバンチェン遺跡に該当する箇所を監修し、研究成果の公開につとめた。

2016年度活動報告

今年度は2016年7月25日から8月25日まで、および2017年2月27日から3月19日まで、タイ国ウドンタニー県、およびバンコクにてフィールド調査をおこなった。昨年度に引き続き、バンチェンに居住する村人たちのライフヒストリーの収集につとめた他、過去の新聞記事等、文献収集をおこなった。国内では南山大学人類学博物館所蔵のバンチェンの土器コレクションの調査を実施した。インタビュー調査で得られたデータをまとめると次のようになる。
(1)バンチェン遺跡をめぐる村人の生活史:バンチェンでは、博物館や公式行事などで積極的に語られる定式化された歴史がある一方で、遺跡や遺物にかかわる個人の経験は明かされてこなかった。後者には盗掘や遺物販売、複製品の製造などが含まれる。今年度の調査ではそれらについて詳細な聞き取り調査を実施し、村人の生活史を明らかにした。
(2)遺物と村人たち:今年度はかつて遺物を掘り出し、販売していた村人らへのインタビューが実現した。それにより、当時に遺物がどのような値段で売買されていたのか、また遺物を掘る際の方法や具体的な決まり事などの詳細を明らかにした。さらに、村人が遺物を売らずに個人的に所有し、お守りとして使用した事例など、村人にとっての遺物の意味付けの新たな側面も明らかになった。
(3)アンティークマーケットの存在:1970年代、バンチェンがそのブームに沸いていた時代には、考古遺物だけでなく古布などがタイ国内外からバンチェンへと持ち込まれ、バンチェンは一大アンティークマーケットのセンターとなっていたことが新たにわかった。これについては引き続き調査を実施したいと考えているが、大きなテーマであること、時間的制約もあることから調査の全体的な進捗状況との兼ね合いをみながら調査にあたりたい。

2015年度活動報告

初年度である本年度は、研究対象地であるバンチェン遺跡の全体像を把握するための参与観察と地域住民へのインタビュー調査を実施した。さらに、タイ人考古学者と日本人考古学者へのインタビュー調査も実施した。得られたデータをまとめると次のようになる。
(1)地域史の整理:地域住民へのインタビュー調査により収集したエピソードを統合し、1966年のバンチェン遺跡発見以降の地域史について整理し、本研究課題を実施する枠組みを確定した。
(2)バンチェン遺跡発見のインパクト:タイ人研究者、日本人研究者へのインタビュー調査により、バンチェン遺跡発見が当時の考古学会においてどれほど大きな影響力を持っていたのかを明らかにした。
(3)遺物の意味の移行:(1)の地域史の変遷とともに、村人たちにとって遺物がただそこにあるモノから価値のあるモノ、そして保護するべきモノへと、その意味付けが変わっていったことを明らかにした。
(4)タイ国家との関わり:バンチェン国立博物館および世界遺産祭りの参与観察により、バンチェン遺跡における展示やイベントの場において、王室との関わりが強調されていることがわかった。また地域住民にとって、1972年に国王がバンチェンに行幸したことが重要な出来事として記憶されていた。こうした王室とのかかわりが現在のバンチェン遺跡の文化の継承と保護において機能していることが予測できる。この王室を通じたナショナリズムと遺跡の関わりについては次年度以降の調査を実施する際の新たな視角となった。