国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

現代シリアにおけるイスラームと政治――国家の変容とイスラーム思想の関係(2004-2006)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|特別研究員奨励費 代表者 末近浩太

研究プロジェクト一覧

目的・内容

研究テーマは、現代シリア(=マシュリク)における国家の変容とイスラーム政治思想・運動との動態的関係である。イスラームを分析の中心に据えて、様々なイスラーム政治思想・運動の実証的研究を進めることで、2つのナショナリズム(一国主義とアラブ民族主義)の言説に強く措定されてきたシリア政治をめぐる研究構図を組み替え、新たな包括的な分析枠組みを構築していくことを目的とする。
具体的には、
(1)地域最大のスンナ派イスラーム運動、シリア・ムスリム同胞団の運動の実態の把握
(2)「体制派イスラーム」としてのW.ズハイリーの思想の紹介とその思想的特徴の検証
(3)シーア派イスラーム運動、ヒズブッラーの政治言説ならびに運動の社会的実態の分析、である。
方法論的には、(A)アラビア語の原典解析、(B)フィールドワーク、(C)学際的アプローチ(様々なディシプリンの研究者との交流)の3つの角度から、研究を進める。

活動内容

◆ 2006年4月より立命館大学国際関係学部へ転出

2005年度活動報告

本年度は、第1に、2004年3月に京都大学に提出した博士学位論文「現代シリアにおけるイスラームと政治」の加筆・修正したものを単著として刊行することに取り組んだ。シリアにおいて1960年代から継続する権威主義体制に対して、近年反体制派から強い不満が表明されている。その代表的な勢力としてのイスラーム運動(シリア・ムスリム同胞団)による「民主化要求」の実態を明らかにし、博士論文で取り組んできた19世紀末からのシリアにおける国家の変容とイスラーム思想の関係を、「民主化」や「人権」といった現代的な問題群にまで絡めて論じた。以上の成果は、2005年12月に、『現代シリアの国家変容とイスラーム』(ナカニシヤ出版)として刊行した。
第2に、グローバル化する「イスラーム・テロリズム」の実態とその内在的論理(の一部)を解明するべく、「シリア系サラフィーヤ運動のネットワーク」についてのフィールド調査を行った。2006年2月に3週間、シリア、レバノン、英国を訪問し、文献資料と関係者、研究者との議論・意見交換進めた。そこで浮き彫りになったのは、性急な行動主義を採用するイスラーム主義者たちと、アラブ諸国や欧州において大多数を占める穏健な「中道派」のムスリムとのコミュニケーションがいっそうの断絶を見せつつあることであった。この問題については、さらなる調査が必要である。

2004年度活動報告

研究の目的は、現代シリア(シャーム地方)における国家の変容のなかで、イスラーム思想がいかに形成・発展し、翻って現実の政治にどのように作用しているかを解明することである。今年度は、現代シリアの構成国家のなかでも特にレバノンとシリア・アラブ共和国に注目し、そこで活動するイスラーム運動の内的論理の分析を試みた。
まず、アラビア語原典による文献調査と夏季のフィールドワークを通して、2000年以降のレバノンのヒズブッラーの国内・地域・国際政治の3つのレベルでの戦略・戦術の変容を分析した。ヒズブッラーはその革命理念を変質させることなく、戦略・戦術レベルの巧みな舵取りにより、新たな政治環境に適応している。今日ヒズブッラーはシリア(シャーム地方)政治、特にシリア・アラブ共和国によるレバノン実効支配、シリア・アラブ共和国=イスラエル和平交渉の趨勢を左右する有力な政治アクターとなっている(『現代の中東』論文)。
次に、シリア・アラブ共和国の対レバノン、対イスラエル、対米関係を検討した。ここで注目したのが、上記のヒズブッラーをはじめとするイスラーム運動諸派である。国際関係論的なアプローチの一定の有効性を確認した上で、通常の国家間関係の分析からはこぼれ落ちる傾向のある非国家アクターとしてのイスラーム運動の動向を検討することで、地域性・歴史性に特徴付けられるシャーム地方独自の政治的ダイナミズムを描き出すことを試みた(地域研究的成果)(『国際政治』論文)。
このようなシーア派イスラーム運動を主軸とした研究の一方で、スンナ派のイスラーム政治思想の実態解明にも取り組んでいる。シリア・アラブ共和国最大のイスラーム運動、シリア・ムスリム同胞団の1970年代のイデオローグの政治思想を、アラビア語の原典調査から明らかにした(日本中東学会第20回年次大会にて発表)。この成果は、次年度に論文にして発表する予定である。