国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

人類集団の拡散と定着にともなう文化・行動変化の文化人類学的モデル構築(2016-2020)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|新学術領域研究(研究領域提案型) 代表者 野林厚志

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は人類集団の拡散や定着、集団間の接触によって、人間の関わる物質ならびに非物質が変化し、さらにその変化によって人間の行動や社会が変化する原理を解明し、アジア諸地域における新人文化形成の過程を説明する文化人類学モデルを構築することである。そのために現在の諸集団の生業活動、生産活動、象徴化、社会関係等に焦点をあて、継承、製作、使用、流通してきたものの形態や形状、製作手法、材質、使用の脈絡、価値や象徴性、代替、欠失等の変化の具体的な様相が変化する過程、信仰や価値観等の非物質的側面の変異を、フィールド調査、国内外の博物館等の資料の熟覧調査、史料調査を通して明らかにする。また、狩猟採集社会の特性、生態資源の獲得技術、道具の生産様式といったパレオアジア文化史における新人文化の鍵要素を民族誌データの通文化比較を通して抽出し、特にB02班と協働で人類の拡散や定着に関する理論的解析に貢献する。

活動内容

2020年度実施計画

本年度は、領域全体の計画最終年度にあたり、中間評価ならびにこれまでの領域全体における議論をふまえたうえで、領域全体に貢献するかたちでの研究成果の作成と、計画研究B01班の自律的な研究成果の作成を進める。そのうえで、必要に応じた補助的な調査を実施する。具体的には、以下の計画で研究を進める。
1.成果公開図書の編集
領域の他班に所属する研究者と共同で、『新人文化の形成と展開』(仮題)の和書論文集の編集を計画し論文の分担執筆を進める。(1)自然環境と生業の技術誌、(2)人類集団と社会の形成、(3)世界観と生態環境を基本構成とし、新人文化の鍵要素をこれまでの調査結果から考察する内容をとる。また、従前の内容をふまえたうえで、本班独自の成果刊行として英文論集の編集を進める。
2.既存資料、史料の分析と補足調査
これまで収集してきた資料や史料の分析を進めるとともに、成果刊行の準備状況に応じて、国内外の博物館(国立民族学博物館、南オーストラリア博物館等)での資料調査、生態環境への適応(調査地:タイ、インドネシア、台湾、日本)生態資源利用の多角化(調査地:インド、日本)、生態環境と社会関係の相関(中央アジア地域)に関する補足的な野外調査を実施する。
3.研究成果の学術公開
総括的な学術図書の他に、領域主催の研究大会(年2回)、国際シンポジウムでの研究発表、国際学会等での成果発表を進める。研究成果の社会発信は、Webページ等を通じた研究成果、公開講演会を通して一般社会へ直接研究成果の発信を進める。
これらに並行しながら、研究進捗状況を確認するための班内研究会を年度複数回開催し、研究の進捗状況の確認と情報の共有をはかっていく。

2019年度活動報告

本年度は領域の研究計画の4年目で、当初計画にしたがい、生業活動、生産活動、象徴化、社会関係等に焦点をあてた主としてアジア諸地域における民族誌的なフィールド調査を実施した。研究分担者、研究協力者はそれぞれの専門とする地域での研究を深めるとともに、他班に所属する研究者と共同研究や共同での成果発表を進めた。特に生態資源利用の多角性について、当該地域の旧石器研究を進めている領域他班の研究分担者との共同研究をすすめ、遺跡周辺の資源地利用の エスノアーケオロジー調査、植物資源の道具への利用の民族誌調査を通して、考古学的記録の解釈に資する知見の蓄積にすすめた。
これらの成果を活かすかたちで「東アジア-東南アジアにおける人類の拡散:生態資源と利用法の多様性からのアプローチ」を統一テーマとした領域の研究大会を本計画研究班がホストとなり国立民族学博物館で開催した(2019年12月14日、15日)。現生人類の拡散の鍵を握ると言われてきた小石刃の東南アジア、東アジア地域における動態が議論された。 熱帯モンスーンから温帯森林にかけた環境差のある地域を対象に、1)考古学的記録における利用資源(食料・道具)の特 徴、2)狩猟採集行動や植物資源利用行動の多様性、3)古代西ユーラシア人と東アジア人の分岐(古代 DNA 等)の分析等を中心としながら、「小石刃がたくさんある地域」と「そうでない地域」の比較を通して、石器の違いを超えた共通性が資源利用をはじめとする文化的な行動から見えてくるかいなかを論点の一つとした議論の展開を行った。
また、ホモサピエンスの象徴行動に関する研究成果の公開の一環として、国立民族学博物館特別展示「驚異と怪異―想像界の生きものたち」(2019年8月29日から11月26日)を開催するとともに、領域の他班の研究者も分担執筆し『ビーズでたどるホモ・サピエンス史―美の起源に迫る』を刊行した。

2018年度活動報告

本年度は領域の研究計画の3年目であり、当初の計画にしたがいながら、生業活動、生産活動、象徴化、社会関係等に焦点をあて、主としてアジア諸地域において、継承、製作、使用、流通してきた事物が変化する過程のフィールド調査、国立民族学博物館や国内外の博物館等に収蔵されてきた歴史資料の熟覧調査、史料調査を実施した。これらの調査において班員が本年度に意識したことは、領域内で進められ蓄積されているデータ解釈のための理論的な貢献の方法を具体化させることである。例えば、生産者集団内における技術継承の様式の民族誌的な解明や、道具利用行動の経時変化の記録といった、現在の集団を対象とする文化人類学、民族誌的研究の強みの部分を活かした調査、研究が進められた。
同時に、研究成果の中間的な公開を本班の研究としてだけでなく、他班や外部研究者と協働しながら進めることに力点をおいた。日本考古学協会第84回総会(明治大学2018 年5月)では、A01班との合同セッション「新人の拡散と先住集団との文化的交替-完新世考古学・民族学からみた展望-」を、国際狩猟採集社会会議(CHAGS XII Universiti Sains Malaysia 2018 年7月)では、A01・A02班の班員と海外の研究者とともに合同パネル 'Comparative studies of huntergatherersin Asia: from nomadic to sedentary lifestyles for long-term periods (I)'を主宰した。また、大阪日本民芸館との共催による『シンポジウムバスケタリーと人類』といった他機関との協働も同時にすすめ、領域ならびに計画研究班の最終的な成果の達成にむけての検討を行った。

2017年度活動報告

当初の研究計画にもとづき、(1)計画研究班全体で進める課題として、生態資源の獲得技術、道具の生産様式とい ったパレオアジア文化史における新人文化の鍵要素を民族誌データから抽出することを進めた。具体的には研究代表者らが所属する国立民族学博物館において、研究資料(狩猟具、運搬具)の実見会を実施し、世界的な分布や系統性の調査、議論を進めた。また、B02(数理モデル)班と共同で、1980年代に集積された東南アジア諸民族の文化要素のデータを再検討し、ベイズ推定理論等を活用した現在の統計理論にもとづく分析とその文化人類学的解釈を行った。これらの成果はB02班主催の国際ワークショップ、領域主催の研究大会で発表している。
また、 (2)研究分担者、連携研究者が専門性を活かした課題への主な取り組みとしては、1)東南アジア諸地域(タイ、フィリピン、マレーシア)において、狩猟採集社会における生態資源獲得について、2)南・東南アジアの境界領域において、編製品を中心とする生産技術の発生のメカニズムを、3)中央アジアにおいて、居住空間、墓制・信仰と生態環境との相関性を、現地調査によって検証した。また、4)人間の象徴行動の系統的変化を図象の通文化的比較によって検証した。これらの成果については主として領域主催の研究大会での速報的発表を行っている。
情報環境の構築は、研究代表者の所属機関で整備しているデータベース環境を活用し、フィ ールド調査の各種データと博物館資料を統合する技術面(入力システム)とソフト面(メタデータ設定)について、研究代表者が連携研究者、プロジェクト研究員と検討を進めた。
主催班として領域全体の研究大会(5月)を実施した。また、国内外の学際交流の活動として、フランスのミュゼ・ド・ロム(人類博物館) より狩猟採集民研究の第一人者を招聘し、人類集団の移動と生態学的適応に関する講演と討論を実施した。

2016年度活動報告

2016年度は、研究計画にもとづき、領域研究推進のために計画研究班が担う研究の内容を戦略的に組み立てる研究会合を実施するとともに、研究戦略立案と試行をかねた予備調査、博物館の資料調査を行った。 具体的には、研究代表者、研究分担者、連携研究者が、1)生業活動の変容に焦点をあてた野外調査ならびに文献渉猟を、中国東北部、タイ、台湾で行い、少数民族とマジョリティとの接触による集団サイズの変化、生業様式の変化の動態に関する予察を実施、2)社会関係とものの変化に焦点をあてた野外調査ならびに文献渉猟を中央アジア(カザフ、クルグス、ウズベク等)を対象に行い、集落の形成と住居の変遷との関係、生産組織の時代的な変化とものの移動や生産品の変化との関係についての予察を実施、3)生態資源から人工物が生産される過程、生産構造とその技術に焦点をあてた野外調査ならびに文献渉猟を南東アジアにおいて行い、関連する基礎データを収集、4)生態環境への応答として生み出された生物イメージの、異なる環境の間での比較を行うための基礎資料の収集を、文献渉猟ならびに国内外の博物館の資料調査を通して行った。
これらの成果や得られた知見は、領域で実施した2回の研究大会、並行開催した国際ワークショップ等で逐次発表するとともに、国際世界考古学会議でパネルを組織し、国際的な研究成果の発信を行った。また、新人文化を大きく特徴づける象徴化の営みについての議論を深め、研究代表者、研究分担者が所属する国立民族学博物館の特別展「ビーズ-つなぐ、かざる、みせる」を通して、一般社会への成果の発信を行った。
領域の研究計画の一つの柱である新人文化の動態の理論モデル構築にむけ、計画研究B02「数理モデル」班と協働して研究を進めるための研究会合を開催し、次年度以降に本格的に着手していくための方向性を確認した。