国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

ポスト家畜化時代の鵜飼文化とリバランス論-新たな人・動物関係論の構築と展開(2016-2019)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 卯田宗平

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、日本列島と中国大陸、マケドニア共和国における鵜飼文化を対象とし、民族誌的な記述と理論検討を通して人・動物関係をめぐる人類学の議論に新たな事例と独自の見解を提示するものである。具体的には、①上記の三地域の鵜飼文化をフィールド調査によって明らかにし、②各事例を比較検討することで、それぞれの共通性と特異性を導きだす。また、各地のウ類と人間とのかかわりをリバランス論という新たな枠組みで捉え、その類似性と固有性も導きだす。そのうえで、③「生業の対象」としての動物を取り上げた研究成果と対比し、「手段」としてのウ類と人間とのかかわりの特質を明示する。なお、ここでいう鵜飼文化とは、生業技術(ウ類の捕獲や繁殖、飼育、利用)とともに、漁民の生活様式や漁業制度、流通システム、背景としての食文化も含んでいる。

活動内容

2019年度活動報告

本年度は、研究計画に基づいて、バルカン半島に位置する北マケドニア共和国ドイラン湖の鵜飼い漁を対象とし、旧ユーゴスラヴィア時代におこなわれていた漁の漁撈技術を明らかにした。北マケドニアでは、古老や現役漁師へのフィールド調査と既存文献の整理をおこなった。これまでの鵜飼研究においてドイラン湖の鵜飼技術を取りあげたものはなかった。調査の結果、ドイラン湖の鵜飼い漁は毎年初冬にバルカン半島の北から越冬のために飛来する野生のカワウを捕獲し、冬季の漁で利用したあと、翌春になるとすべて放鳥すること、仕掛けが湖岸に定置型であること、一連の操業において複数の漁師たちが個々の役割を分担することという特徴があることを明らかにした。さらに、本年度はドイラン湖の漁師たちがウ類のドメスティケートしない要因も検討した。その結果、ドイラン湖では毎年初冬に飛来するカワウを確実に捕獲できるため、漁師たちは手間と時間がかかる鳥類の人工繁殖をおこなう必要がなく、毎年初春の漁期終了後にすべてを放つことができることがわかった。こうした成果を「旧ユーゴスラヴィア時代における鵜飼い漁の技術とその存立条件」としてまとめ、国立民族学博物館研究報告に投稿した。くわえて、京都府宇治市の宇治川の鵜飼を対象として、2014年から実施されているウミウの人工繁殖にかかわる4年間の記録をまとめ、鵜匠たち3名との共同で論文を執筆した。そして、共著論文「飼育下のウミウの成長過程と技術の収斂化」を生き物文化誌学会に投稿し、掲載が決定した。

2018年度活動報告

本年度は、京都府宇治市の宇治川の鵜飼を対象とし、2014年から2017年までの4年間の繁殖作業を時系列的にまとめ、鵜匠たちがいかにウミウの繁殖技術を構築したのか、飼育環境下のウミウの繁殖生態はどのように変化したのかを明らかにした。既存の鵜飼研究において、ウミウの繁殖技術に関わるものはない。それは、日本の鵜飼においてウミウが産卵し、孵化したという事例がなかったからである。本研究の結果、宇治川の鵜匠たちは、 (1)繁殖作業前に巣材と巣箱を鵜小屋に配置することでウミウに巣造りを促し、そこで確実に産卵させる、(2)巣内の卵をすぐに取りだすことで親鳥にさらに産卵を促し、より多くの卵を確保する、(3)巣内におく偽卵の数を加減したり、巣材を取り除いたりすることでウミウの産卵行動を調整する、(4)孵卵器内部の温度設定や卵の冷却作業によって孵化率や育雛期の生存率を高める、(5)雛に対する給餌や温度管理の方法を確立させることで、晩成性の特徴をもつ雛を確実に成長させる、という技術を構築したことを明らかにした。くわえて、本年度は、中国雲南省大理の鵜飼も対象とし、漁師によるカワウの繁殖技術を記録したうえで、鵜飼が禁止された状況においても人工繁殖を続ける要因を明らかにした。
 これらの一連の研究成果は、卯田宗平・澤木万理子・松坂善勝・江﨑洋子(2018)「鵜飼のウミウの繁殖生態と鵜匠による技術の安定化―宇治川の鵜飼における4年間の記録から」『生き物文化誌学会ビオストーリー』29:96-105、卯田宗平(2019)「カワウの人工繁殖をめぐる漁師の技法と生殖介入の動機―中国雲南省ジ海における鵜飼い漁師たちの繁殖技術の事例から」『国立民族学博物館研究報告』43(4):555-668.にまとめた。

2017年度活動報告

本年度の研究では、(1)日本の鵜飼文化を対象に、従来の鵜飼研究で問われることがなかったウミウの人工繁殖の技術、および雛を飼い馴らす技術を明らかにし、そのうえで(2)中国の鵜飼い漁におけるカワウの繁殖技術との対比から日本の鵜匠によるウミウの繁殖技術の特徴を導きだすことを目的とした。
こうした目的のもとで進めた本年度の研究では、まず京都府宇治市の宇治川の鵜飼を対象とし、鵜小屋で飼育されていたウミウが2014年5月に産卵した要因を明らかにした。既往の鵜飼研究においてウミウの繁殖を取りあげたものはなかった。それは、鵜飼のウミウが産卵し、孵化したという事例がなかったからである。本年度の研究では、茨城県日立市十王町におけるウミウの捕獲作業や、日本各地の鵜飼におけるウミウの飼育方法にかかわる調査を実施し、宇治川の鵜飼でのみウミウが産卵した要因を検討した。その結果、(1)新たに購入するウミウのサイズ要求、(2)日々のウミウの飼育方法、(3)繁殖期前の巣材の有無という三つの要因がウミウの産卵に関係していることを明らかにした。このほか、宇治川鵜飼の鵜匠たちとの共同研究というかたちで、ウミウを産卵させ、それを飼い慣らす技術を明らかにしたうえで、中国の鵜飼におけるカワウの繁殖技術との対比から宇治川の鵜匠たちによる繁殖技術の特徴を導きだした。
これらの一連の研究成果は、卯田宗平「なぜ宇治川の鵜飼においてウミウは産卵したのか-ウミウの捕獲作業および飼育方法をめぐる地域間比較研究」(『国立民族学博物館研究報告』42(2):1-87)、卯田宗平・澤木万理子・松坂善勝・江﨑洋子「宇治川の鵜飼におけるウミウの繁殖・飼育技術の特徴-中国における鵜飼の事例比較」(『日本民俗学』292:1-26)などにまとめた。

2016年度活動報告

本年度は、まず日本の鵜飼において利用されている野生ウミウの捕獲から馴化にいたる技術を明らかにした。そのうえで、人間からの介入を受けたウミウの反応にかかわる観察結果を手がかりに鵜飼い漁誕生の初期条件について検討した。
鵜飼い漁は東アジア地域では中国と日本でのみおこなわれている。中国の鵜飼い漁では漁師たちが自宅で繁殖させたカワウが利用されている。一方、日本の鵜飼い漁では茨城県日立市十王町で捕獲された野生のウミウが主に利用されている。各地の鵜匠たちは十王町から送られてきた野生のウミウを人為的な環境において飼い馴らしているのである。
こうしたなか、これまでの鵜飼研究では野生ウミウを飼い馴らす技術を、ウミウの捕獲から飼育、訓練にいたるプロセスのなかで連続的に捉えたものはなかった。
そこで本年度は、野生ウミウの捕獲技術に関して茨城県日立市十王町の事例を、ウミウの飼育と訓練に関して岐阜県長良川鵜飼の事例をまとめた。この結果、野生ウミウを飼い馴らす過程では、①捕獲直後のウミウを特定の姿勢にすることでおとなしくさせる、②ウミウに頻繁に触れることで接近や接触をする人間を恐れない個体をつくる、③新たに捕獲したウミウをすでに飼育しているほかのウミウに馴れさせる、という三つの技術が重要であることを明らかにした。
つぎに、捕獲の現場でおとりにされたウミウ、人間からの介入を受けたウミウの反応を観察し、野生ウミウの行動特性に関して「新たに置かれた環境に対する若い個体の馴れやすさ」という特徴を指摘した。この特徴は人間が野生ウミウを漁の手段として利用できる条件のひとつであると結論づけた。