国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

フィリピン南部の武力紛争と復興・開発過程――地域研研究から考える(2005-2006)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 石井正子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

1)和平合意後の紛争当事者の追跡調査
和平合意後に分裂したMNLF、創設者の死亡で指導者が新たになったMILF、アルカイダやジェマ・イスラミヤとのつながりも指摘されているアブ・サヤフをとりあげ、その組織形態と目的を分析する。具体的には、和平合意後の新たな政治的目標、和平合意前との組織や指導層の連続性と断続、について政治学的に分析をする。同時にフィールドワークにもとづいて和平の可能性を実証的に検証する。
2)中東イスラム社会とフィリピン南部とのネットワークに関する予備的研究
上記の紛争当事者のうち、MILFは中東イスラム社会とのネットワークを強めている。本研究ではエジプトの首都カイロにおいて、同ネットワークに関する資料収集を行う。また、アラビア語の習得につとめつつ、MILFが象徴的にもちいるアラビア文字によるスローガンの意味の理解を試みたい。
3)紛争地域における市民社会の役割
和平合意後の武力衝突再発に対して、市民団体が平和運動を展開する動きがみられる。このような市民団体は、a)マルコス独裁政権下での経験を基盤に形成された団体、b)国際機関等の資金的支援をうけて和平合意後に新たに形成された団体、c)先進国に拠点をおく国際NGO、に大別できる。本研究では、フィリピンを事例に比較研究を行いつつ、冷戦後の安全保障の変化のなかで、市民社会が和平調停や平和構築に果たす役割と可能性をさぐる。
4)「紛争地域の復興・開発支援」および「人間の安全保障」への地域研究アプローチ
復興・開発支援を1)、3)の調査にもとづいて地域の論理のなかに位置づけ、支援の受け手側から検討する。そのうえで、他地域との比較研究を行い、地域社会の人間の安全保障について考察する。

活動内容

◆ 2006年4月より京都大学地域研究統合情報センターへ転出

2005年度活動報告

本研究の目的は、1.和平合意後の紛争当事者の追跡調査、2.中東イスラム社会とフィリピン南部とのネットワークに関する予備的研究、の2点である。本年度は、1.2.の目的に関して、具体的に次の作業をおこなった。
1.に関しては、フィリピンの主要紙であるPhilippine Daily Inquirer のなかから、2000年に発生した暴力事件に関する記事を抽出する作業をおこなった。これにもとづき、来年度に、それらの暴力事件に関わる紛争当事者の動きを分析する予定である。
2.に関しては、エジプトの首都カイロにおいて、アラビア語の習得につとめる一方、フィリピン出身のムスリムにインタビューを行った。その結果、次のようなことが分かった。(1)アズハル大学には、400~500人のフィリピン・ムスリムが在籍し、彼らの多くがPhilippine Student Associationに属していること。(2)アズハル大学に在籍するフィリピン・ムスリムの大多数が、サウジアラビアでのメッカ巡礼やオムラ(小巡礼)を通じて、広くイスラム社会と交流を深めていること。(3)アズハル大学卒業という学歴が、フィリピン・ムスリム社会では高いステータスシンボルとなるため、彼らは、それを活かして政治家を目指す学生がいること。(4)中東イスラム社会とのネットワークや、アラビア語の能力を活かしてビジネスを展開しようとする学生がいること。