国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

農の「EU化」に伴うトランシルヴァニア牧畜の再編に関する文化人類学的研究(2017-2020)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 杉本敦

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、「環境保全・動物福祉・食の安全」に関するEUの畜産基準の導入に対し、ルーマニア・トランシルヴァニアの牧畜民がどのような実践を行って生活を維持し、それをいかに語るのかを、文化人類学的なフィールドワークによって明らかにすることにある。
国家によって牧畜の脱生業化が推し進められる状況に置かれた山村社会と牧畜の再編について研究することで、グローバル化とローカル化の過程を問い直す。また、現代ヨーロッパの牧畜という視点から、流通を前提とした生産活動という問題をも組み込んだ新しい牧畜論の可能性を提示することを目指す。

活動内容

2020年度活動計画

本科研による研究は2019年度を最終年度とする予定だったが、2020年度までの期間延長を申請し承認された。2020年度は、2019年度に積み残した研究計画を実施する他、次の研究にむけて計画を立てたい。
具体的には、国際学会で発表をするほか、書籍出版の準備を行う。また、新型コロナウィルス感染拡大防止の状況にもよるが、2019年度に計画していた補足調査を実施したい。この他、本科研の内容を通文化比較研究に昇華するため、他地域をフィールドとする研究者と共同研究の場を持ちたい。

2019年度活動報告

2019年度は、研究のとりまとめの年度として、補足調査を行うことと研究成果の公表を行うことを計画していた。
補足調査は、2020年3月にパプアニューギニアの東セピック州と東部高地州で実施することを計画していたが、新型コロナウィルス感染拡大防止のために渡航が難しくなり、次年度に持ち越した。
研究成果の公表としては、サゴヤシ学会第28回講演会(2019年5月 於:立教大学)、日本文化人類学会第53回研究大会(2019年6月 於:東北大学)、国際開発学会&人間の安全保障学会2019共催大会(2019年11月 於:東京大学)において口頭発表を行った。このうち、サゴヤシ学会第28回講演会での口頭発表は、サゴヤシ学会第28回講演会優秀発表賞を受賞した。また、日本文化人類学会第53回研究大会での口頭発表は、分科会「グローバル化時代に月経はどう観られるのか―ケガレ・禁忌・羞恥」での発表であり、この分科会メンバーと共に、次年度以降の研究を計画し、書籍の出版も予定している。国際開発学会&人間の安全保障学会2019共催大会での口頭発表の内容は、国際開発学会の学会誌『国際開発学会』28(2)に、論文「パプアニューギニアにおける月経衛生対処に関わる教育と女子生徒たちの実践―月経のケガレと羞恥心をめぐって―」として掲載された。
この他、研究成果の公表として、2019年度は国際学会での発表と書籍出版の準備も計画していたが、いずれも次年度に持ち越しとなった。

2018年度活動報告

本研究の目的は、「環境保全・動物福祉・食の安全」に関するEUの畜産基準の導入に対し、ルーマニア・トランシルヴァニアの牧畜民がどのような実践を行って生活を維持し、それをいかに語るのかを、文化人類学的なフィールドワークによって明らかにすることにある。
平成30年度は、昨年度に行った文献調査とフィールドワークで得た知見をもとに、トランシルヴァニア地方南部のブラショヴ県F村、なかでもM谷と呼ばれる地域において集約的なフィールドワークを行った。昨年度の調査で視察と聞き取りを行った15軒のうち、農業補助金を受けている比較的大規模な畜産農家2軒に焦点を当て、その近隣の小規模農家や親族を含めて直接観察と聞き取り調査を行った。これらを通して、補助金受給までの経緯、受給額とその用途、受給にかかる義務、受給後の生産過程と生産量の変化、機械化の進展具合、流通と消費の方法、これらにおける親族や近隣農家との関わりについてのデータを収集した。そこから、農業補助金受給の条件を満たす、あるいは受給額を増やす上で、隣人や親族との間に土地と家畜のインフォーマルな(場合によっては擬似的な)貸借関係が新たに結ばれていること、それに基づいた労働力や畜産物のやりとりが維持、創出されていることが明らかになった。また、草刈りや干し草の梱包、ウシ用の搾乳機などの機械が導入される一方で、生産スケジュール、家畜の糞尿の排出、その堆肥化、家畜飼養についての福祉状況、畜産物生産の過程については、従来の方法が維持されていた。「環境保全・動物福祉・食の安全」のEU基準に対する牧畜民の意識も低いままであることが明らかになった。

2017年度活動報告

本研究の目的は、「環境保全・動物福祉・食の安全」に関するEUの畜産基準の導入に対し、ルーマニア・トランシルヴァニアの牧畜民がどのような実践を行って生活を維持し、それをいかに語るのかを、文化人類学的なフィールドワークによって明らかにすることにある。
初年度にあたる平成29年度は、EUおよびルーマニアの農業政策の概要と、当該地域における実施状況を把握することを目標とした。まず、文献資料と統計資料、公式Webページの情報をもとに、特にルーマニア国内で行われている農業補助金関係の政策について明らかにした。現在のEUでは、共通農業政策(CAP)予算の減少と共に、「再国家化」・「地域主義」の傾向が強まっており、ルーマニア国内の農業政策にアレンジの余地が生まれていることが明らかになった。特に、補助金の支払い方法、支払い総額の推移、支払い対象者の規定について検討する中で、EUの有機畜産規定を満たしていない場合でも、家畜の大規模飼養者に対しては農業補助金が交付されている状況を把握した。
その後、これらの情報をもとに当該地域でのフィールドワークを開始した。集約的な調査の対象として設定した知己の農家15軒を回り、農業経営の現状と変容、農業補助金の受領状況について聞き取り調査と直接観察を行った。そこから政府による農業補助金支払いの規定と実際とに相違が存在すること、具体的には補助金受領者(申請者)・家畜所有者・土地所有者・土地利用者の間にインフォーマルな貸借関係が新たに生じつつあるという知見を得た。