国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

アンデスにおける聖人信仰の展開に関する人類学的研究-聖像の所有と継承に注目して(2017-2019)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 八木百合子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、聖像の所有と継承に焦点をあて、アンデス地域における聖人信仰の展開について人類学的に追究するものである。その際、一般の人々が所有する聖像に着目し、それをめぐる人々の多様な実践を捉えることで、教会や宣教師の活動に力点をおく従来の見方を越え、新たな視点から現代のアンデス地域における聖人信仰の発展のメカニズムを明らかにすることを目的とする。
具体的には、聖像がどのような出来事を契機に所有され、それがいかに取扱われ、その後いかなる人々の手を介して受け継がれていくのかという一連のプロセスとそこに関わる人々の諸関係について現地調査を通じて明らかにしていく。

活動内容

2020年度実施計画

今後は本研究で得られた視点をさらに発展させ、宗教的な領域におけるモノに関する議論の深化をはかりたい。
そのためにまず、宗教的なモノの行く末をめぐる問題、とくにモノの処理を見極めるなかに信仰がいかに関わってくるのかについて追究する。またこれに関連して、宗教の領域における物質と精神をめぐる議論、二項対立的な捉え方に対する問題点などを意識しつつ、物質と聖性の問題について考察を深めていく予定である。

2019年度活動報告

本年度は、聖像(幼児イエスの像)の所有と継承に関して、これまでの調査データを精査するとともに、とくに興味深い事例が観察されたペルー南部のクスコ市に焦点をあて、個々人が所有する聖像の継承プロセスについて分析をおこなった。
その結果、同地域ではさまざまな理由から不要と目された聖像でさえも廃棄されることなく、新たな人の手を介して再び継承のプロセスに取り込まれる点が浮かび上がってきた。この点から、家族のなかで世代をこえて受け継がれてきた聖像が、親族の枠をこえた第三者に引き継がれることでモノとして存続すると同時に、そこには人びとの信仰と関わる問題や宗教的なモノがもつ本質的な特徴が関わっている点が明らかになった。さらにこうした分析結果から、宗教的なモノ(聖像)が従来のカトリック的な枠組みにおいて理解されてきた神々の表象媒体としての機能にとどまらず、さまざまな人びとの信仰をつなぐうえで重要な役割を担う可能性が見出された。
上記の成果をふまえ本年度は、2019年9月にクスコ大聖堂付属サグラダファミリア聖堂で開催された文化遺産と歴史に関する国際セミナーにおいて、国内外の研究者等の出席のもと研究報告と意見交換をおこなった。また、現地の関連機関の協力のもと、アンデス地域の宗教伝統に関する展示企画をペルー・クスコ市で開催し、調査写真などを使った成果の一般公開も実施した。このほか、本研究課題の最終成果として、国内の関連する研究誌等に論文を発表したほか、本課題に関する著書の出版に向けた準備をすすめた。

2018年度活動報告

本年度は、聖像の継承プロセスの解明を目的に、前年に続きペルー南部のクスコ市において調査をおこなった。調査にあたっては、同地域の住民の多くが所有し、幾世代にもわたって継承がおこなわれている幼子イエスの聖像(ニーニョ像)に焦点をあてた。この聖像の場合、とくに12月~1月の時期に各家庭に飾られるため、この時期に複数の世帯を対象に聞き取り調査を実施し、集中的にデータ収集をおこなった。調査においては、個々の聖像の来歴のほか、その継承がいかにしておこなわれてきたのか、それらを実践する人びとのあいだにどのような関係がみられるかについて明らかにすることに主眼をおいた。
これらの調査で得られたデータの分析からは、聖像の継承にかかわる複数のパターンを抽出することができた。主に親族を通じた垂直的な継承や知人を介しておこなわれる水平的な継承のほかに、この地域に伝わる特有の継承方法も明らかになった。聞取りを進めるなかで、この継承は、ニーニョ像のみにみられるものである点も判明した。また、この継承がおこなわれる背景には、譲渡者の親族や社会関係のあり方にかかわる問題だけでなく、同地域における宗教の動向が関連している可能性が浮かび上がってきた。
上記の研究成果に関して本年度は、日本ラテンアメリカ学会の定期大会およびスペイン・サラマンカ大学で開催された国際アメリカニスト会議、国立民族学博物館共同研究において報告をおこなったほか、研究誌等にも日本語およびスペイン語で論文を発表した。

2017年度活動報告

本年度は聖像の所有状況および入手方法の把握を目的に、ペルーにおいて現地調査を実施した。10月にはリマ市にある聖具店街で、12月にはクスコ市で開催さ れる聖像販売市でそれぞれ調査をおこなった。これらの調査から、人びとの聖像所有の経緯のほか、所有者と購入者の関係性について明らかにすることができ た。とくに後者の点からは、聖像の継承にも関わる重要な問題が浮かび上がった。

また、本研究にかかる成果の一部を、日本ラテンアメリカ学会の定期大会およびスペイン・サラマンカ大学で開催されたラテンアメリカ・カリブ社会科学学会 (FLACSO)研究大会において報告した。さらに本年度は、「モノをとおしてみる現代の宗教的世界の諸相」と題する共同研究を立ち上げ、人類学・宗教・美術・ 芸術など隣接分野の研究者を交えた学際的な研究活動を開始した。初年度の共同研究会においては、上記調査結果をふまえ、ペルーにおける聖像の所有と継承に 関する研究を発表したほか、数名の共同研究員とともに「宗教とモノ」に関する現代事情を機関誌の特集記事として報告した。