国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

ドメスティケーション学の可能性:Sus(イノシシ)属の家畜化の民族考古学(2006-2007)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|萌芽研究 代表者 野林厚志

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究課題の目的は、イノシシ(Sus)属の家畜化の過程における人間側の技術的、文化的所作についての行動モデルによって考古学、農学、遺伝学等の成果をつなぎあわせる、いわゆる「ドメスティケーション学」の分野を開拓するための方法論的課題を検討することにある。
動物の家畜化、植物の栽培化という課題は一般的に、考古学、農学、遺伝学の分野によって扱われてきた。これらの分野における家畜化、栽培化の問題でもっとも重要と考えられるのが、起源地問題である。すなわち、いつの時代に、どこでドメスティケーション(家畜化、栽培化)が生じたのかということが議論の中心とされてきた。一方で、今回の研究の対象となるイノシシからブタへの家畜化の過程は、必ずしも起源地問題を中心的課題とするのは適切とは言えない。それは、原種と家畜種の両者が世界中に分布しているということ、原種と家畜の遷移状態が各地でみられるという理由があるからである。
そこで、本研究全体では各地域で歴史的に行なわれてきたブタの飼育方法について、その具体的な方法を人間側の技術的、文化的所作について明確にし、さらにそれに類した方法が現在行なわれている場合には、具体的な実践方法の民族考古学調査を行なうことによって、考古学的に検証可能な行動-物質文化モデルを引き出すことをねらいとした研究構想のもとで、ブタの家畜化が進行した一つの候補地であるヨーロッパ地域において、当該地域の特徴的な飼育方法である、森林地域における粗放的飼育に焦点あてた調査、研究を展開する。

活動内容

2007年度活動報告

平成19年度は、研究計画にもとづき前年度に実施しなかった地域における文献渉猟、博物館資料の調査、実際のブタ放牧飼育の予備的調査を実施した。具体的には前年度に調査をしたポルトガル側に隣接したアラセナ地方を中心に調査を展開した。
同地域でのブタの放牧飼育の大きな特徴は、それらが産業化されているという点、一方で、飼育形態については伝統的な飼育様式が意識されていたという点である。前者については、地方政府が出資するかたちで、ブタの加工産品を組織的に流通させるシステムが確立されていた。これらは地域の畜産従事者の要請によって実現したものであり、地域ブランド展開の強い要因となってきたことが考えられる。また後者に関しては地域ブランドを保証する背景を土地の人たちが作り出していると言える現象であり、これらを実現するためにハムの博物館といった文化施設建設が行なわれているという点も注目できるだろう。
以上の点をふまえたうえで、本研究は、ブタの粗放的飼育はある一定の飼育スケジュールにしたがったなかに位置づけられる一つの過程であり、決して無計画に行なわれるものではないという点、そうしたことが現代社会の脈絡においては、自然というイメージにむすびついたブランド形成に強く影響するということを仮説的に提示することになった。これらは、人間と動物との関係が、生態学的な利用という点にとどまらず、文化的な脈絡においても考察されるべきものであることを意味しており、動物の社会化という新たな視点での研究に展開するための糸口を与えることになった点において、非常に有意義であったと考えられる。

2006年度活動報告

平成18年度は当初の研究計画にしたがい、国内ならびにイギリスにおける文献渉猟とイベリア半島における堅果類によるブタ飼養の予備的調査を行った。
文献渉猟については、堅果類を用いたブタの飼養に関わる畜産学、歴史学、文化地理学の内容を中心とした基礎資料を得ることができた。これは、申請者がこれまで継続的に行ってきたブタ飼養の文化的、歴史的変遷に関わる研究に、堅果類を利用した飼養という新たな切り口での分析を加えていくことを可能にする重要な要素となる。
イベリア半島における調査では、ポルトガルとスペインの両国におけるブタ飼養の実態を具体的に観察することができた。これらの調査では当初の予想にたがわず、堅果類の林の中における放牧による飼育形態を観察することができた。こうした放牧は、外見上は粗放的に見える部分があるものの、ブタが採餌する堅果類の種類を成長段階で変えたり、幼獣の生存率を確保するために、親子の個体を一定期間一緒に住まわせるなど、人間からの家畜に対する作用がさまざまな点について観察することができた。これらは、ブタの野生種であるイノシシの生態学的な特性に適応したものを多く見られることから、イノシシからブタへの家畜化の段階において、人間側がイノシシに対してとったドメスティケーションに関わる行動と少なからず関連した可能性が考えられる。
こうした点に留意したうえで、次年度の調査、研究を遂行するうえでの調査プロトコールの作成を進めている段階である。